未来への翼

 天凌祭開催式・定例演目「満天の空と約束の鐘」終了後。
 開催式の興奮冷めやらぬ学生達の傍ら、琴音は一人寮の自室に居た。
 そして、その机には在りし日の『Rainbow Ignition』の5人が写った写真があった。

「心愛、みみ、一花、紗良……。私はこれからもやっていくよ。だから、天国で応援していてくれ……」

 その表情は何処か悲しそうな、それでいて何処か晴れ晴れとした表情をしていた。

――――――――――

 琴音は場所を移動し、軽音楽部の部室へと向かった。
 他の部員は既に寝ているか、あるいは天凌祭の最終チェックで忙しいのか、部室は琴音一人だった。
 琴音は鞄からノートを取り出し、作曲のアイデアを出そうとしたが、そこに一人の学生が部室の扉を開けた。

「ここにいましたか。琴音先輩」

 天凌祭開催式・定例演目の音響スタッフの一人、土浦翔だ。

「どうした土浦。ここは部員以外立ち入り禁止だぞ」
「それこそ琴音先輩はどうして公演後早々とあの場から立ち去ったのですか?」
「別にいいだろう。後は演者達の世界だ。裏方の私はお呼ばれされてないよ」
「僕も裏方ですが、色々と話したんですけれどもね。琴音先輩の音楽は皆口を揃えて素晴らしいと言っていましたよ」
「……それはありがたい話だな」

 音楽を褒められた事に対して、琴音は固い表情のままであるが、少し嬉しそうな素振りを見せた。

「それで、どうして土浦はここにいるんだ? まさか、誰かに私を探すように命じられたか?」
「そのようなつもりはありませんよ。僕はただ、琴音先輩と話がしたくて、何となくここにいるかなと回ってみたら居ただけですよ」
「……それはまたご苦労なことだ」
「それに僕も、外野なので話が分からないところがあるんですよ。後は当事者同士で話してもらえればと思って、抜けてきたっていうのが本音です」
「私だってアマゾンとか霊脈とかの話は詳しく知らないぞ。……さすがに学園内がアマゾンになった時はどうしようかと思ったが」
「ああ、あれは本当に大変でしたね……」

 2人はその時の事を思い出し、揃ってため息を吐いた。

「それで何だ? 土浦は私と話したいんだったな。それは構わない。立ち話もアレだから、部室に入ったらどうだ」
「さっき立ち入り禁止だと言っていたじゃないですか」
「部員の許可があれば問題ない。椅子はそこにある」

 琴音は土浦に部室に入るよう促した。

――――――――――

 土浦が椅子に座ると同時に、琴音に話しかけた。

「そう言えば琴音先輩は天凌祭当日に何か出し物はあるんですか?」
「まぁ、天凌祭関係の楽曲はもう各所にデータを渡してあるし、軽音楽部のブースでも今回、私の劇伴集を発売するが、置かせてもらっているだけだからな。特に当日私がやる事は無い。せいぜい、楽曲を提供した舞台を見学させてもらうよ」
「投票期間中にそんな事をやっていたんですか……」

 裏で色々やっていた事に対し唖然とする土浦。

「まぁ、それはそれ、これはこれといったところだな。劇伴集についても、過去に作曲した音楽の詰め合わせだから、提供した演劇チームへの許可取りの方が面倒な位だよ」
「そんなものなんですか……」
「そう言う土浦だって、今年は天凌祭の中庭ステージでずっと音響スタッフをやっているようだな」
「そうですね。開催式と同じステージなので、注目度の高い場所ではあると思います」
「私の後輩バンドもそこで演奏するから頼んだぞ」
「琴音先輩に言われるとプレッシャーですね……ははは」

 土浦は乾いた笑いをした。

「……だが、音楽の依頼を行ったせいで、全ての努力を演劇の主役を目指す活動に注げなかったのは確かだな」
「そんな事はありませんよ! 先輩は十分頑張ったと思います!」
「いいや、本気で4人を生き返らせたいと思っていたのなら、私は音楽活動を放り出してでも主役になる方法を考えていたよ」

 いきなり琴音が自嘲めいた事を言いだし、土浦は少し焦っていた。

「勿論、4人を蘇らせたいという気持ちに嘘は無い。だからこそ、私は立候補した。だが、私はそれ以上に音楽家として、天凌祭をより良いものにしたいと思っていた!」
「琴音先輩……」
「むしろこの立候補は、いつまでも4人の死を引き摺る私からの決別のためにしたのかもしれないな……」
「……」
「目指す事が難しく、例えそれにありつけたとしても本当に4人が蘇るか分からない奇跡。そんな不確実な事を夢見るよりも、私の音楽を評価して依頼してくれた天凌祭実行委員会、そしていくつかの演劇チームの期待に確実に応えたいという事を、今回の件ではっきりと捉える事ができたよ」
「……」

 あくまで冷静に自分の事を分析する琴音に対し、土浦は小さくも、しかし決心を固めた声で言った。

「……僕は本気でRainbow Ignitionの4人には蘇ってもらいたいと思っていました」
「……土浦?」

 土浦の声が急に大きくなる。

「だってその4人は琴音先輩にとって大事な人達ですよね! 妹だっていますし、ルームメイトだっている。そんな人達が琴音先輩の前から居なくなっていいわけありませんよ! 天龍寺さんの提案に乗ったのも、琴音先輩一人では厳しいと本気で思ったからです! そして最初は役者としては別の推しがいるとは言いましたが、実際はやはり専門の役者が主役を務めるべきか、それともそんな事は気にせず琴音先輩に票を入れるべきか大変悩みましたからね!」
「土浦……お前……」
「これはRainbow Ignitionのファン以前の問題で、琴音先輩にはその大事な人達とまた一緒になってもらいたかったのです! 心愛ちゃんも、一花さんも、鳴門先輩も、みみさんも、琴音先輩の前に戻ってきて欲しかった!!」

 そこまで話した土浦の目には涙が浮かんでいた。
 その様子に、琴音の目にも涙が浮かぶ。

「ああ! 私だって心愛、みみ、一花、紗良には戻ってきて欲しかったさ! けどさぁ、私だって音楽家としての意地とプライドがあるんだよ! 依頼をそう簡単に断る訳にはいかないんだよ! その事に対して4人が私を恨むなら、それでも構わないさ! ただ、今でも私はあの時のRainbow Ignitionが最高だったという事は、頭の中に入れて欲しいさ!」

 2人の涙は号泣へと変わっていた。

――――――――――

 しばらく泣いた後、落ち着いた琴音は未だ泣く土浦に話をした。

「土浦……そこまで私の事を思っていてくれたのか……。すまないな」
「……構いませんよ。琴音先輩の気が済んだのであれば」
「私はもう大丈夫だ。天龍寺とのライブで気づいていたが、どんなに願おうと、当時の音楽は戻ってこない。ならば、新しい私の音楽で、当時の音楽を越えてやろうではないか。伊達に不屈と言われている訳では無いからな」
「琴音先輩……」

 ふと、琴音のスマホが震えた。

「ん? これはメッセージか? ……全く、これで10件目だぞ」
「どうかしましたか?」
「ああ、冬の定例発表会の作曲・編曲依頼だ。天龍寺とのライブ以来、とにかくこの手の依頼が多くてね。ああいう事を言ったばかりではあるが、正直、全ての依頼を受ける事はできない」
「10件も……僕の演劇チームは受けてくれるのですか?」
「土浦のところは確実に受けるつもりだ。また、前夜祭の人気投票で上位だった者の依頼も優先して受けようと思っている。そうでない依頼は後輩の作曲家を紹介するつもりだよ」

 その言葉を聴き、ほっとする土浦。
 一方で別の疑問も浮く。

「しかし琴音先輩、依頼を受けるのはいいのですが、今年高校3年生ですよね。今後の進路はどうするのですか?」
「ああ、その事か。実はもう大学は合格している」
「ええっ!」

 いつも作曲ばかりしているイメージだったのにと土浦は唖然とした。

「確かに天凌学園では一定の評価を得ているが、まだまだプロになる為には勉強が足りないと思ってね。音楽系の大学への進路を早めに決めていたんだよ。休学期間が心配だったが、実績のお陰で上手く推薦を取る事が出来たよ」
「凄いですね……」
「むしろ、今後の依頼で力を抜くと合格取り消しになり兼ねないみたいだから、しっかりと依頼は受けないとと思っているよ」
「それなら安心なのですが……」
「それよりも、来年は土浦が高校3年だろう。今後天凌学園を引っ張るのは土浦達だろうが」
「まぁ、確かに僕は来年高校3年なのですが……やっぱり先頭に立つのは白露さんや深林さんのような気がするんですよ……」
「ほぅ。確かに白露や深林は今回の出来事で目立ったな。来年の天凌学園の台風の目となるのは間違いないだろう」

 その事は琴音も認めつつも、彼女の目は強く土浦の事を見ていた。

「だが、目立つ事だけが全てでは無いだろうし、前に立つ事だけが全てでは無いだろう。土浦は何故役者でも無いにも関わらず演劇専修科に残った?」

 演劇専修科に所属するほとんどの学生は入学当初、役者など、パフォーマーを目指して入る。しかし、その後もパフォーマーとして活躍できるのは演劇専修科でも一部であり、才能が無い者はパフォーマーの道を諦め普通科に転科となるか、ステージに関わる別の仕事を学ぶために、演劇専修科に残りつつもステージからは離れ、裏方作業に徹する道を選ぶ事になる。
 琴音も土浦も、演劇専修科に残りつつも裏方作業に徹する事を決めた学生だ。
 演劇専修科に残った理由を問われ、悩みつつも土浦は静かに語った。

「……覚えていますか? 僕、琴音先輩のおかげで音響の事を勉強し始めたんですよ」
「ほぅ……そう言えばそうだったな」

==========

 中学一年生、土浦翔は悩んでいた。
 確かに自分は子役としてある程度の経歴を積み、天凌学園演劇専修科にも推薦で入る事ができた。
 しかし、自分の身体が成長するに従って、子役としての立場が無くなり、かつ演劇専修科には自分を凌駕する才能を持つ役者が数多く存在したのだ。

 最初の頃は土浦も役者として張り合っていた。
 それでも、才能ある者達との差は開くばかりであり、次第に土浦は役者として諦めを感じるようになった。
 課業後の自主練習には参加せず、所属していたパソコン部で、演劇専修科とは関係が無い生徒と共にパソコンをいじっていた。

 そんな中、土浦はある一人の生徒の事が気になっていた。
 パソコン部の集まりに参加しないにも関わらず、時々パソコン室に入っては、横に楽器のキーボードがあるパソコンを動かし、黙々と作業をする女子生徒だ。
 リボンの色から、土浦の一つ上の先輩だということは分かったが。

 土浦は気になりつつも、直接声を掛ける勇気は無かった。
 そこで、土浦はパソコン部顧問の滑川に、女子生徒の事を聞く事にした。

「先生」
「ん? どうした? 土浦」
「時折パソコン室に来て、キーボードをいじる女子って誰ですか?」

 滑川はそう聞くと、感心したかのような顔をした。

「ああ、あの生徒の事か。彼女は羽曳野琴音っていう名前で、俺が掛け持ちで顧問をやっている軽音楽部の部員だな」
「軽音楽部……? パソコン部ではなく?」
「おっと、説明が必要だったか。羽曳野は演劇専修科に所属しているが、役者ではなく作曲を専門に勉強している生徒で、作曲したい時はここに来ている」
「作曲にパソコンが必要なんでしょうか……?」
「そこも説明が必要だったか。確かに一見作曲にパソコンは関係無いように見えるが、コンピュータ上で作曲し、コンピュータ上で演奏する、所謂DTMが盛んに行われていてだな。土浦もボーカロイドという言葉は聞いた事があるだろ」
「はい」
「それもパソコンで作られた音楽だ」
「へぇ」

 パソコンで音楽を作る。素朴な疑問だったが、土浦は初めてその事を知った。

「確かに天凌学園は楽器を演奏できる生徒が多いから、作曲を専門としていても、演奏は彼らに頼むといったケースが多いからな。DTMで作曲するという生徒は羽曳野位かもしれない」

 そう言った後、「上層部に頼んで仕入れたが、使い道が無かった音源を羽曳野のおかげでようやく活かす事ができたんだよ!」と滑川は熱弁するが、土浦は知らん顔だった。

「先生! そんなにべらべら喋らないでください!」
「お……おおっ、すまない」

 あまりにも喋るので、滑川は作業中の琴音に注意された。

「……羽曳野さん……」
「ん? 確か土浦と言ったな」

 土浦はこの機会にと、琴音に話しかける事とした。

「す……凄いですね! パソコンで作曲するなんて!」

 土浦は褒めるものの、琴音はあまりいい顔をしない。

「……凄くはないさ。私は、ピアニストとしては平凡だったからな……」
「ピアニスト……?」
「小学生の頃、ピアノをやっていてな。コンテストでも賞を取りそれなりに自信はあったが、天凌学園には私以上に才能があるピアニストだらけで挫折したんだよ……」
「ああ……」

 僕と同じだ。と土浦は琴音に対し勝手に思っていた。

「それに、私は既にある音楽を演奏するだけでなく、自分でも曲を作ってみたいという漠然とした気持ちがあった。その事を軽音楽部の顧問の滑川先生に相談したところ、DTMをやってみないかと勧められた。それからだ」

 そこに滑川が「いやー色々な生徒にDTMをやってみないかと勧めたんだが、なかなか本気で誘いに乗ってくれる生徒が居なかったからなぁ」と付け足す。

「……もし宜しければ、羽曳野さんの作った曲、聞かせてもらえませんか」
「私の作った曲か……まだ作曲理論の勉強中だから恥ずかしいな……」

 土浦の頼みに、少し照れつつも、琴音は自分の作った曲を再生する準備を進めた。

「先生、この場でスピーカーを使って再生しても構わないでしょうか」
「ああ、俺は構わないよ。他のパソコン部の部員も大丈夫か?」

 滑川がそう聞くと、パソコン部の部員は全員、首を縦に振った。
 琴音は楽曲の再生ボタンを押した。

 それは歌が無いインストだった。
 しかし、まるで星空の綺麗さと全天の雄大さを同時に表現したような楽曲だと、土浦は思っていた。
 そしてそれが、そのまま映画で流れていても全く不思議ではない程度に巧みな楽曲だとも思った。

「す……凄いですね」

 土浦を含め、その場に居た全ての人が、琴音の楽曲に聞き入っていた。

「ありがとう。しかしそれでも、生演奏の迫力には敵わないと、私は思っている」
「そうなんですか?」
「だから私は専攻は作曲だが、軽音楽部ではキーボード奏者として、生演奏を続けているよ」

 そこに滑川が、「軽音楽部は普通科や芸術専修科の生徒も所属する部活だから、羽曳野が入った時は音楽の天才来たると大騒ぎになったし、実際羽曳野はキーボード奏者としては学園でもトップクラスだな」と補足を入れる。

「ま、いずれは演劇の劇伴もやってみたいところだ。学園にパソコンで作曲をしている生徒は少ないからな」
「羽曳野さんなら、きっとなれますよ」
「そうだろうか? まだ天凌学園では生演奏を録音するという手法が一般的だからな。そこの考えが変わってくれれば、あるいはといったところだな」

 琴音はそう言い、作曲の作業へと戻った。

――――――――――

 土浦は、琴音の事を素直に凄いと思っていた。
 勿論、楽曲の巧みさもある。
 しかし、一度ピアニストを目指しつつも、そこから外れ、作曲者を目指しているという琴音の考えに惹かれた。
 僕も、羽曳野先輩のように、別の道を見つける事はできるのだろうか……土浦はますます自分の事について悩んだ。

 琴音がパソコン室で曲を流した一件から、土浦は琴音と話をするようになった。
 琴音からは音楽の事を、土浦からは役者の事を、互いに教え合った。
 その話を聞くうちに、土浦に一つの考えが思い浮かぶようになった。

 ある日、土浦は滑川に相談した。

「……なるほど、土浦は音楽関係に進みたい訳か」
「はい、僕も羽曳野先輩のように、音楽で輝きたいと思っています」
「しかし、土浦は子役だろう。演劇専修科の必修科目として音楽の知識はあっても、それで演劇専修科音楽コースとしてやっていくのは非常に難しいと思うぞ」
「そうですよね……やはり普通科に転科した方がいいのでしょうか」

 そう土浦が言うと、滑川は悩みながらもこう返した。

「いや、音響スタッフ専門としてなら、今から音楽コースでも全然やっていけると思う」
「音響スタッフですか?」
「所謂裏方だな。演劇やコンサート、レコーディングで音のバランスを調整する人達だ」
「それは分かりますが、どうして僕に?」
「音響スタッフは多くの機器を使うから、少なからず羽曳野から音楽の機器について教えてもらい、かつパソコンも使い慣れている土浦にはうってつけの立場だ。それに、天凌学園では役者から裏方に回るのが早いと、それだけ裏方のキャリアが豊富という事になる。学年が高くなるにつれ、重宝される立場になれる可能性が高いぞ」
「そうですか?」
「更に言えば、いくら天凌学園演劇専修科といえども、そこから役者を目指し、有名人になる事は非常に狭き門だ。一方、裏方なら役者程狭き門という訳ではなく、将来の生活も安定しやすい。どうだ? 音響スタッフ。目指してみないか?」
「はい!」

 その滑川のアドバイスで、土浦は音響スタッフを目指す事を心に決めた。

==========

「……なるほどな、滑川先生の勧めもあったわけだ」
「そうですね。実際今、音響スタッフとしてある程度の地位を得ているので、滑川先生には本当に感謝しています」

 土浦が音響スタッフを目指した理由を語り終えると、琴音は静かに納得していた。

「確かに最初から全て納得した訳ではありません。しかし、音響スタッフとして経験を積んでいくうちに、『こういう形で演劇に関わるのもありなんだ』と気づくことができました」
「私も演劇と関わって、劇伴も面白いなと思うようになったからな」
「裏方として演劇専修科に残った理由は……それが自分にとってやりがいを感じられたとしか言いようがありません」

 土浦がそこまで言うと、琴音は微笑んだ。

「……そうだ。何も前に立つだけが仕事ではない。裏から支える仕事だって立派なものだ。だから土浦は白露や深林といった前に立つ人を精一杯支えていろ。そしてそれを誇れ」
「そうですね。少し自信を失っていたのかもしれません」
「……全く、土浦も音響スタッフとして前夜祭に参加したんだぞ」

 琴音は少し呆れていた。

「そうだな。私は卒業する前にライブを1回やろうと思っている。小規模なステージで、私の音楽を聴いてもらいたい人に招待状を送り、思い残す事無いような演奏をしてから天凌学園を去る事とするよ。別に招待状を受け取ったからといって聴くも聴かぬも自由さ。なんなら誰も観客が来なくてもやるつもりだ」
「そのライブ……僕も来てもいいですか」
「勿論だ。土浦には最初から招待状を送るつもりでいる。後は軽音楽部の部員や顧問の滑川先生。おっと、天龍寺や長門、至神にも送らねばな。いや、開催式の主要スタッフには全員送った方がいいのか……?」
「送る人、結構多いですね」
「まぁ構わんさ。それを含めても招待状を送るのは50名程度さ。なに、全員は来ないだろうよ」
「少なくとも僕は来ますけどね」

 卒業ライブの構想を聞き、土浦はいいなぁと思っていた。

「僕からもいいですか。琴音先輩」
「どうした? 土浦」
「実は僕、天凌祭で2時間だけ空いているんですよ。その間、天凌祭を一緒に回る事はできませんか」

 土浦がそう言うと、琴音は呆れていた。

「ほぅ、それは天凌祭で男女二人が一緒に回る意味を知って言っているのか」
「それは分かっていますし、実際琴音先輩とはそういう関係ではないかと言い出す輩がいる事も分かっています」
「全く、私と土浦は関係が近いとは言え、ただの作曲家と音響スタッフの関係だというのに」
「それでも僕は、琴音先輩と一緒に活動できる最後の年なので、琴音先輩と一緒に演劇を見たいですし、模擬店にも寄りたいと思っています!」
「……」

 しばらく琴音は喋らず、土浦はかなり緊張していた。

「……ならいっそ付き合うか? そっちの方が面倒が無くていいだろう」
「琴音先輩、僕はそういうのを抜きにして回りたいと言ったのであって……」
「そんな事をすれば新聞部が嗅ぎつくのは間違いないだろう。だったらこっちから付き合っている事を言おうではないか。それとも彼女が私じゃ不服か?」
「いやいやいや、琴音先輩を彼女に出来るなんてファンにとって最高の事ですよ! ……僕はガチ恋勢じゃないですが」
「そう言うのであれば付き合っても問題無いよな。なに、名目上の話さ。私が卒業したら適当に別れればいいさ」

 いきなり付き合うと言われ、かなり焦る土浦。

「分かりました! 僕はとりあえず琴音先輩と付き合う事にします!」
「そうだな。とりあえず付き合おう」

 その後、琴音が小さな声で「まぁ、とりあえずじゃなくてもいいんだけどな……」と付け加えたが、土浦にはそれが聴こえなかった。

――――――――――

 こうして、琴音は土浦と共に天凌祭を回る事となった。
 その後、琴音が土浦と付き合っている事が天凌新聞に載り、琴音のガチ恋勢が撃沈する事になるのだが、それはまた別の話。

 そして琴音の卒業ライブの話が天凌新聞にすっぱ抜かれたため、招待制をやめ、多くの天凌学園の有名人をゲストとして招き入れ、最終的には1000人を超える来場者数と1万人を超える同接者数を誇る天凌学園史に残るライブとなった訳だが、それもまた別の話。

 

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