アイと絶佳の  

『心を合わせて鐘を鳴らせ。――過去の己に悔いなきように』
『心を合わせて鐘を鳴らせ。――あなたの今を拒まぬように』

 

 俺の名前は、観月 藤十郎。
 ちょっと真面目過ぎるところが玉に瑕(と人から言われがちな)演劇専修科1年生だ。

 あの鮮烈で刺激的な舞台、『満天の空と約束の鐘』で幕を開けた11月の天凌学園祭は、見事な盛り上りの中でその次第の一切を終了した。

 前夜祭の舞台で主演を演じきった誇らしき我がルームメイト、四波平 月張が鐘に掲げた願いは、果たしてその宣言の通り、学園に穏やかで騒がしい、懐かしい雰囲気を取り戻すに至っている。
 曰く、『みんながバカやって喧嘩したりして、けど、笑ったり泣いたり出来る学園生活』が、この学び舎の日常として帰って来た訳だ。

 

 季節は、冬になった。

 祭りの熱もゆっくりと冷めていき、気付けば年も明けて。
 来るべき「ふんどしの日」に備え、アクション科の仲間連中は、目下どうやって四波平を引き続き伝統行事に巻き込むかという算段を始めているところだ。
 ……まあ、四波平と五十鈴さんのあの関係を、いわゆる恋愛関係としてまとめるのも筋が違うような気もするが。

 実は俺も現在、特定の相手はいなかったりする。
 昨年のバレンタインの時期に高校3年だった当時の彼女は、遠方の進学先へ卒業していった後、二ヶ月ほどで音信不通になった。
 夏に連絡が取れた時には、新しい環境をエンジョイしている様子であり。
 明確に言葉にしたわけではないけれど、その電話のタイミングでもって互いの関係は自然消滅、という認識でいるのは恐らく間違ってはいないだろう。
 こちらの卒業まで碌に会えもしない遠距離恋愛では、さすがに続けるほうが非現実的というものだ。事情を話した四波平からは凄い顔で見られたが。

 そんな訳で、今年のバレンタインについては俺にもふんどしの魔の手が迫りつつある。
 結構本気で嫌だ。やはり祭りは外から眺めるのが楽しいと思う。

 

 ……実は今、気になっている先輩がいる。

 あの舞台で、共に為すべきことを為すために共謀し、共にスポットライトを浴びた舞台上のパートナー。
 白露 アイ先輩……あの必死な想いを演技に乗せる横顔が、長い睫毛が、瞳が。脳裏にこびり付いて離れない。

 というところで、最近は積極的にはならないように気を使いつつ、お近づきになるチャンスを伺う日々だったりする。

 キャラが違うって言うな。書いてる人が違うんだから。

 今日は、白露先輩と四季巡先輩が食堂に居ることをクラスメイトから聞いたため、放課後にふらりと立ち寄ってみたのだが。
 

「じゃあ、……じゃあ、アイは私が誰かのお嫁さんになってもいいって言うの!?」

 ふたりを避けるように広がった生徒の輪の中、四季巡先輩の声が響いた。

 ちょっと修羅場っぽい。

 

・ ・ ・

 

「……ッ!」

 お嬢様が瞳を滲ませながら、人波を退けて食堂を後にする。
 また逃げられてしまった。不謹慎だけれど、何だか懐かしさを感じてしまう。

 わたし、白露 アイは溜息をひとつ吐くと、すぐに彼女を追いかけようとその場を離れ……られなかった。
 どうにも足が動かず、そのまますとんと椅子に腰を落とす。

 胸が重苦しい。いつも吸っているはずの空気が、暗く、纏わりつくような気持ち悪さがあった。

 ……なんと、応えてあげればよかったのだろう。

「お嬢様……」

 『記憶の地平線レミニセンス・ホライズン』がたった今の光景を鮮明に思い出させる。
 思えば、朝からお嬢様の様子はいつもと違っていたように見えた。

 

「お見合いの話が、来たの」

 食堂で頬を寄せ合って、お嬢様は内緒話を始めた。わたしは目を丸める。
 ここで話すんです? というツッコミは喉の奥に引っ込めた。

 お嬢様の表情が、いたって真剣だったからだ。

「お母さんが……いずれ大人になったら考えるようになることだから、経験しておくのもいいんじゃないか、って。外出許可も、お店も用意している、って……」

「そう、ですか……」

「……私、行きたくないな」

 ご両親の提案に、お嬢様が明確に異を唱えるのは珍しい。
 だが……事はお嬢様個人の問題というわけでもない。

「アイも、行って欲しくないよね……?」

「…………いえ、わたしは」

 四季巡家の問題。ひいては、その従者たる白露の家の問題だ。
 いずれ必ず話題になることが分かりきっていた、わたしたちの家を繋いでいく役割。それに直結する話である。

 ここに意見することを、わたしの立場で主張することは躊躇われた。
 安易にお嬢様の立場を悪くするようなことは発言できない。
 だが、様子を見るために口にした、次の言葉がきっとよくなかった。

「お母様の仰った通り、お会いだけはしてみたほうがいいのでは、ないですか……?」

「え……」

 それが、お嬢様にはショックだったみたいで。

 ふたりの間にある温度差のようなものを突然感じてしまったようで。それであんな風に取り乱して、叫んでしまったのだろう。

 

 わたしたちの関係は、絶対不変のものではない。

 主人と従者。
 それだけと言うにはわたしたちの一緒に過ごした時間は長く、親密なものだった。
 天凌学園に入り、寮での同室の生活が始まってからは、それまで以上にどんな時も側にいるのが当たり前になっていた。

 頼れる唯一の家族のように。
 互いを理解した恋人のように。
 時に悲劇すら共にするつがいのように。

 わたしたちは、ふたりの間にある想いを尊いものだと信じている。
 わたしは、お嬢様を愛している。
 お嬢様は、わたしのことを愛してくれている。
 朝を迎える度に、わたしたちはずっと、その想いを確かめあってきた。

 けれど……それでも、それだけ信じている想いであっても、それは永劫のものではない。

 互いの家を存続させるため、わたしたちには卒業後の道が存在している。
 お嬢様は四季巡本家における、今代の長女である。
 跡取り、世継ぎ。古い価値観を持った言葉かもしれないが、わたしたちには生まれ育った環境そのものであり、全てなのだ。
 お嬢様には、その肩にかかる期待と、背負うことになる役割がある。

 従者の役目は、基本的には仕える主人の配偶者が決定するまで、とされている。
 家も近く、その後も互いの交流が消えるわけではないが、それでも四六時中を共にすることは出来なくなる。

 家に定められたこの関係は、期限付きのものなのだ。

 お嬢様も、それは絶対に理解していて。
 でも、それを意識したくはなかったのだろう。現実として捉えたくはなかったのだろう。
 ましてや、わたしから……想いを誓い合っている相手から、それを突然現実的なものとして突きつけられたのだ。ひどく、残酷なことをしてしまったかもしれない。

 考えを巡らすうちに、どんどん罪悪感が沸いてきた。
 食堂の中だということも忘れ、ひときわ大きなため息を漏らす。

「おやおや、なんだかお困りの様子ですね?」

 だから、それを聞く人が周囲に居る、ということを失念してしまっていた。

「んふふ、どうスか迷える後輩ちゃん、そのお悩みごと……」

「『シン・神様ちゃんを囲む会』に任せてばっちり解決してみませんか!?」

 ひえっ。

 わたしは、留めることも叶わず、情けない悲鳴を漏らしてしまったのだった。

 

・ ・ ・

 

 ハローハロー! 二週間ぶりの神様ちゃんです!

 まずは『シン・神様ちゃんを囲む会』まわりの学園の組織関係の変化について、ざっくりと解説させてもらっちゃうぜ!

 学園の自警団めいた組織として急速に力を付けていた四波平 月張くんナミーくんさんの『月組』は、天凌祭の終了と同時にきっぱりと解散宣言が出された。
 自身で掲げたマニフェストの通り、平和な学園生活が戻ってくることを確信していたのだろう。
 あまりの鮮やかな手並みに、彼の株は上がるばかり。天凌学園、彼氏にしたい男子ランキング(新聞部調べ)の最上位に彼の名が躍り出ていたことも記憶に新しい。モテモテだ!

 一方、神様ちゃんの『囲む会』についても、『月組』解散と共にちょっとあり方を見直すことにした。
 自警組織はもういらない。この学園で、互いを諫め、縛るものはもう存在しない。
 けれど、その中で居心地の悪さを感じてしまった人を守る場所は、必要だと思った。
 そんな助け合いの場として、神様ちゃんはリニューアルの提案をした訳である。

 神様ちゃんを囲む、というのは今はニュアンスが異なるのだ。
 学園にいる皆が、出来れば誰一人取りこぼしなく『バカやって楽しむ』ために、互いに囲み囲まれる、そんな助け合いのネットワーク。
 ただのサークルからちょっとした共同体に成長しつつあるのが、我が『シン・神様ちゃんを囲む会』なのである。ででーん。

 と、いうわけでうっかり食堂に通りかかった神様ちゃんこと至神 かれんと、名誉幹部メンバーの夢魔原 千寿サキュバスパイセンの最強コンビが、迷える白露 アイつゆちゃん先輩を見かけたと言うわけだ。

「あ、あの結構です……」

 即お断りされた気がするけどあーあー聞こえなーい。
 そりゃあ先輩だって人に打ち明けづらい悩みもあるだろう。
 あんなにも共に凌ぎを削った相手なんだから知らぬ仲でもなし、遠慮なぞ無用である。

 ……うん? いや、そんなに絡みなかったかも?
 なんかこっちからの誘いを無下に断られた記憶はある気がする。掲示板参照。

「問答無用、つゆちゃん先輩はこういう機会でもないと他人を頼らないって知ってるぜ☆」

「あの、つゆちゃん……ってもしかしてわたしのことですか……?」

「あー、神様ちゃんの名付け、独特スからね。慣れるとたのしいスよ?」

 突然我々に捕捉されたつゆちゃん先輩は、大いに動揺している様子だ。
 白露 アイ先輩。過日の舞台において、この先輩も大いに存在感を示し、学園内で一躍有名になったひとりである。

 まず顔がいい。

 元々美男美女揃いのこの天凌において、そこからさらにマジマジのガチで顔がいいのでそりゃあもう男子が放って置かないのである。
 あんまりにも気品と色気があるものだから、実は付き人とか言いながら、つゆちゃん先輩もどこぞの凄い家のお嬢様なんじゃないかと疑っているくらいだ。

(作者注:あってます)

 そんな先輩がいつも一緒の四季巡お嬢様と喧嘩して食堂でひとりため息を零す。
 こんなの皆狙うでしょうが。誰だってそーする。神様ちゃんもそーする。

 お前もそのひとりだぞ、と目だけで観月くんをちらりと牽制。
 あっ、視線に気付いて目を逸らしおったぞ。分かりやすいヤツめ。

 というわけで、モテモテの先輩が男の子に話しかけられてますます話がこじれる前に、神様ちゃんたちがさっさと攫ってしまおう、と夢魔原パイセンと即時合意した次第である。

「い、至神さん……夢魔原先輩……?」

「一個だけ選択肢をあげるぜ、つゆちゃん先輩……気絶してちょっと人に言えない×××な夢を見ながら攫われるのと、大人しく攫われるの、どっちがいいですか?」

「ご指名なら全力出すスよ~」

「ひえっ……」

 はーい。一名様大人しくなりました。ご同行願います。

 

・ ・ ・

 

「なるほどなるほど、事情は飲み込めたのです」

 至神さんの強制的な任意同行により、わたしは『シン・神様ちゃんを囲む会』のいくつかあるという部室のひとつ、「秘密の相談室」に通されていた。
 手段は強引だったものの、あの二つの舞台を共に演じきった仲間、として見てくれているのだろう。話を聞いて、力になってあげたいという想いが真っ直ぐに感じられたため、わたしは素直に身の上を打ち明けることにしたのだった。

「お見合い、止めなくていいんスか?」

 ピンク色のいい香りのお茶を出しながら、夢魔原先輩が優しく声を掛けてくれる。
 異様に様になるのでそのお茶もちょっとだけ妖しく見えるが、触れないでおこう。

 人と話すと、考えは要約され整理されるものだ。
 さっきはあんなに揺らいでいたのに、今のわたしはちゃんと応えることが出来た。

「……止めたいです。だって、まだわたしたちは……」

 わたしたちは、まだ、学生で。
 この檻ギムナジウムの中で、精一杯、大人になる最中だから。

「わたしは、絶佳お嬢様を……愛しているから」

 

「ひゅう☆」

「かっこいいスね」

 至神さんと夢魔原先輩が、楽しそうな顔でこちらを覗いてくる。
 頬が熱い自覚はありますが、そ、そんなに変な表情をしていましたか……?

「方針が決まっているなら話は早い、ってね。ちょい待っててね、つゆちゃん先輩!」

 言うが早いか、至神さんは勢いよく部屋を飛び出していく。
 夢魔原先輩は、ニコニコしながら先程のお茶を勧めてきた。

「言われたとおり、待ってるといいスよ。神様ちゃん、人の為に動けてる時がいちばん楽しいんスから」

「そう……ですか……」

 

「あ、ちなみにそのお茶は媚薬入りっス」

「!!!! ……えほッ、ゲホ!」

「嘘。ごめん。サキュバスジョークっス」

 あまりにあんまりな冗談を受けて盛大に噴き出したお茶を吹きながら、先輩が笑う。

 本当にここを頼ってよかったのだろうか……?
 わたしは涙目のまま、差し出されたティッシュを受け取った。

 

・ ・ ・

 

「お待たせ~~~!!」

 20分ほどで至神さんが戻ってくる。
 部屋の入口のドアを開け放つと、すうっと息を吸ったのち、自信満々に大声を発した。

「お見合いをブチ壊す三銃士を連れてきたよ!」

「お見合いをブチ壊す三銃士!?」

 思わず復唱してしまった。至神さんは何も気にせず続ける。

「精神破壊の専門家、酒力 どらいぶクンブーくんさん!」
「うっす、よろしく」
(まぁ……以前に比べるとだいぶ毒気は抜けちまってますけど?)

「物理破壊の専門家、飯綱 千狐ちゃんせんちゃんさん!」
「がんばります、よろしく」
(って至神さんの台本に書いてあるけど! 暴力は頑張りませんよう……!?)

「環境破壊の専門家、深林 さぐりぐりちゃん先輩!」
「よっす!!!! どうも!!!!」
(アマゾン最高! アマゾン最高! あなたもアマゾン最高と言いなさい!)

「こいつ、直接神様ちゃんの脳内に……!?」

 突然、見知った皆さんが続々と部屋に入ってくる。なんか画風も違う気がする。
 何を。何を見せられているんだろう。

 
「これで戦力は充分! いざお見合い会場に乗り込んじゃうぜ☆」

「ま、ままま待ってください! 待って!」

「えー? 確かに学外でこのメンバーが思い切りやったら軽く法には触れるかもですけど」

「そうじゃなくて!」

 

「お見合い、週末です……」

「へっ」「は?」「えっ」「ふむ」

 固まる一同。

 なんでこんなに申し訳ない気持ちにさせられているのだろうか。
 俯くわたしの横では、けらけらと笑い転げる夢魔原先輩。
 至神さんは三銃士から非難の目を向けられて小さくなっていた。

 結局、その後はせっかくだからと皆でお茶を囲み。
 近況を語り合ったりしながら解散をしたのだった。本当に何??

 

・ ・ ・

 

 

 ふたりの寮の部屋に戻ると、まだアイは戻っていないようだった。
 
 前みたいに時計塔に籠ろうものなら、きっとすぐに見つけられてしまっていただろう。
 あんな恥ずかしく叫んで逃げ出した手前、直後に捕まっては目も当てられない。しばらく学園敷地内をうろついて、日が暮れるまで時間を潰してしまった。
 まだ私を探させてしまっているかもしれない。
 スマホには通知が無い。……連絡のひとつも入れたほうがいいだろうか。

「……」

 
 一日中考えていたことを、また頭の中で反芻する。

 正しいのは、アイなのだろう。
 
 私たちの関係は、いつか終わってしまうもの。
 閉じたこの世界でだけ、許されてきたもの。
 いずれ終わることは間違いなくて、それはきっと、抗いようはないもので。
 納得出来ないふりをして、現実を見ない演技をしているだけなのだ。

 それでも私には、この部屋がずっと……私の中の全てだった。
 ずっと、ここに私の世界があった。

 ふたりで何度も、同じ夜を越えた。
 ふたりで何度も、同じ朝を迎えた。
 ふたりで何度も、同じ言葉で愛を誓い合った。

 それを信じ続けることは。それを信じ続けて欲しいと願うことは。
 それこそ、鐘に誓わねば叶わないような奇跡でしかないのだろうか。

「好き……」

 悲しくて、悔しくて、苦しくて、情けなくて、なんだか少し可笑しくて。
 胸の前で両手を握り締めながら、祈るみたいに。
 この世で最も愛している人の名前を呼んだ。

「アイ……好き。好きだよ……」

 

「わたしもです、絶佳お嬢様」 

 
 とびきり優しい声色で、背中から言葉がかかる。
 とたんに涙がこみ上げてくる。そのせいで、すぐに後ろを振り返ることが出来なかった。

 ああ。ああ。……やっぱり、私はこの気持ちを信じたい。
 信じられる限り、信じ続けていたい。

 

「おかえり……アイ」

「はい。ただいま帰りました」

 

 涙で顔をくしゃくしゃにしたまま、私は振り返り、そっと両手を広げる。
 ふわ、と良い香りを乗せて、アイはそのまま私を抱きしめてくれた。

 

 

・ ・ ・

 

 

「深林さんから聞きましたよ、新聞部で明日発表になる話」

「?」

「今月末の定例発表会、演専二年演目の主役……お嬢様に決まったんですね」

「あ……」

 お嬢様は、自分で言いたかったのに、と少し頬を膨らませた。

 天凌学園の定例発表会は、毎年1月に開催される、その年度最後の学内外向けの公演だ。
 普通科や芸専でも盛り上がりを見せるイベントだが、やはり花形は演専である。
 専修科内でもいくつかに分かれた学年、科内において、オーディションで主役が決定される仕組みであり、そこに絶佳お嬢様が抜擢された、という嬉しいニュースだった。

 この話が聞けた、というだけで『囲む会』でのお茶会はすごく有難いものだった。
 至神さん、夢魔原先輩、酒力さん、飯綱さん、深林さんに心の中で感謝する。

 思えば、お嬢様はわたしを誘って演劇専修科に入ったものの、演技に対しての姿勢、熱量については、人一倍であるとは言えない様子であった。
 卒業後に家に戻るのが確定していたからこそ、学生限定の習い事として身が入らない部分があったのだろう。

「本当は、お芝居、すっごく興味あったんですよね。……じゃなきゃあんなに円盤持っていませんもの」

「そ、そうだよ。……なんだか恥ずかしいな」

「天凌祭以降、一生懸命稽古していましたもんね。留守にされたことも何度かありましたけど、あの時も……?」

「……うん。いろんな人のところに行って、教えて貰ってたの。天龍寺ちゃんとか、五十鈴ちゃんとか」

 出てくる名前に、なんだかすでに懐かしさを感じる。
 間違いなく、今この学園で一線級の実力を持つ人たちだ。
 茶会もそうだったが、今日は随分とあの日々を思い返す日になっている。

 お嬢様は息を大きめに吸うと、意を決した様子でわたしを見つめてきた。
 

「私……主役になったよ。私、私ね。これからも……三年生になっても、卒業後も。出来るなら、役者として……頑張ってみたい」

 迷いながら言葉を紡いでいても、その瞳は、真剣で、真っ直ぐで。
 こんなにしっかりと自分の意見をわたしに話してくれたのは、はじめてかもしれない。

「私は、役者として……アイと、あなたと、今度は主役の座を争いたい。一緒の舞台に立って、ふたりで……最高の演技がしてみたいの」

 眩しい。

 そうか。そうですね。

 あの日々が。鐘を鳴らすためのあの日々が、主演を目指したみんなの輝きが。
 絶佳お嬢様の心に、炎を灯したんですね。

 

 あなたは、ひとりの表現者プレイヤーになったんですね。

 

「だから……だからね。私、まだ、お見合いは嫌だよ……。アイと一緒にいたいよ……!」

 その希望には、その願望には、『愛の言霊』の能力は一切付与されていない。
 それでも、ここまで言われてこの人の為に尽くさないのは、わたしの在り方に反する。

 わたしは、お嬢様の心からの訴えに強く頷いた。

「その我が儘を、そのままぶつけましょう。わたしもお嬢様と競いたい。競ってみたいです。……来年も、その先も、場所を変えても……鐘はまた鳴るのですから!」

 

 

 ふたりで緊張しながら電話をかけると、四季巡のご両親はふたり揃って出てくれた。

 わたしからは、画面越しでもふたりの顔を見るのが久し振りで。
 電話をかけたことを本当に喜んでくれている様子が、無性にくすぐったかった。

 これは単なる、お嬢様の両親への、ひいては四季巡家全体への我が儘だ。
 天凌学園に入る時に貰ったモラトリアムの期間を延ばしてほしいという、純粋な我が儘。
 自分たちの役割、役目に反する主張をふたりにぶつけることに、まだ恐怖はある。
 わたしとお嬢様は電話の画面に映らないところで、しっかりと互いの手を握り合ったまま、懸命に言葉を紡いだ。

「わたしはお嬢様と夢を追う時間を、出来る限り続けてみたいのです……図々しい話であるのは承知の上なのですが……」

 わたしの本当の両親である、四季巡のお父様、お母様。
 このふたりに、こんなお願いをするのは生まれてはじめてのことだった。
 
 緊張しながら、隣ではお嬢様が言葉を続けている。
 どんな答えが返ってくるかは分からない。
 けれど、しっかり握った手が、互いの固く決まった意思を示していた。

 

 やがて画面の先から返って来たのは、穏やかで優しい笑顔であった。

「大切な娘たち・・・が、こうして本音でやりたいことを伝えてくれたことが、とても嬉しいよ」

「大丈夫、応援します。貴女たちふたりの好きなことを、思い切りやってみて」

「あ……」

 ぽかん、としてしまった。
 画面通話だから、こっちの表情も映っていることも忘れてしまうくらい。

「~~~~ッ!」

「ひゃ……!?」

 お嬢様は言葉も出なくなって、わたしに抱きついてくる。
 アーッ! 待って思い出しましたこれ画面通話です! 見られてますよお嬢様!

 電話口からはくすくす笑う声。
 昔からふたりは本当に仲良しだね、と微笑ましく見守ってくれている。

 わたしはお嬢様にほとんど押しつぶされながら、精一杯の感謝を伝えた。

 

 
 

・ ・ ・

 

 

 電話の後。

 スマホで至神さんに、お見合い中止の報告とお礼を送ったら、なんだか良く分からないスタンプが沢山返って来た。たぶん祝福してくれているのだろう。
 後でお菓子を用意して、改めてあの部屋にお礼に伺おうと思う。

 いま、お嬢様はわたしのベッドの上で、わたしと一緒に寝転んでいる。
 いろんなことがあって疲れてしまったが、お互い表情は笑顔であった。

 

 わたしたちの関係は、絶対不変のものではない。

 私たちの関係は、いつか終わってしまうもの。
 閉じたこの世界でだけ、許されてきたもの。

 ――そうだとしても。

 頼れる唯一の家族のように。
 互いを理解した恋人のように。
 時に悲劇すら共にするつがいのように。

 ふたりで何度も、同じ夜を越えた。
 ふたりで何度も、同じ朝を迎えた。
 ふたりで何度も、同じ言葉で愛を誓い合った。

 ――いつかそれが終わるとしても、今は。今だけは。

 互いが互いのためにこの気持ちを信じていられるならば。
 

 

「……アイ」

「絶佳お嬢様」

 

「今度は、私が相手だよ」

「はい、嬉しいです。……でも、負けません」

「うん……」

 

「……愛しています」

「私も……愛してる……」

 

 

 

 また、きっと鐘は鳴る。

 何度でも。それを目指す詩人がある限り。
 詩人を目指す演者がある限り。

 祝福と、願いを込めて。

 天凌の鐘は。満天の空に響くのだ。

 

 fin

 

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