祝福されざる願い星

千狐は見ていた。前夜祭にて。
 

千狐は見ていた。観客席で。
 

千狐は見ていた。鐘が鳴らされるところを。

 

時は前日まで遡る。
 

「まさか文化祭『前日の夜』に演劇を行って鐘を鳴らそうとしてる奴がいるなんてな……」

文化祭前々日から前日に変わった頃、すなわち深夜。
舞台は整えられ、劇は進んでいた。

参加しているのは五十鈴陽乃、白露アイ、天龍寺あすか、四波平月張、深林さぐり、酒力どらいぶ、至神かれん、飯綱千狐……
誰も彼も劇の主役を目指す有力者たちだ。

「だが、俺たちは皆ここにいる。わざわざ深夜に叩き起こされてまで、だ」

那須先生から伝えられた情報は、彼ら彼女らの間に衝撃が走った。
ここで奇跡を起こしてしまうと言うなら前提も何もかも覆る。全ての争いは無に還る。
全てを棚上げにしてでも共同戦線を張るべし、と臨時の協定を結んで集まった。

「つまり、私達ではない。じゃあ、誰が……?」

その疑義を止めるように指を振るは深林さぐり。

「なぁに、簡単なことです。その謎の解決と企みの阻止、両方同時に行ういい方法を思いつきました。皆さんはちょっと離れててくださいね」

その場にいた他の全員、何をするか予想がついたという顔をしながら離れていく。
さぐりは思案しながら単独で舞台に近づいていく。

天凌スペシャルさぐりちゃん探検隊シリーズさぐりののうりょく』は、自分ひとりで行くならともかく、他者を巻き込む場合は誰かの問が必要である。
それをどう言わせようか考えていた矢先、舞台にいるうちの一人が叫んだ。

「深林さぐり、何故ここに!?」

手間が省けた。その問い掛けへの答えを探すようにアマゾンへの異空間が開く。舞台の全員を巻き込むように。

「南米に潜むUMA、チュパカブラの正体とは!?」

別の一人の問いかけに従い、もう一つ開く。その異空間の先に。

「あっ、えっ、ちょっと、いや興味はありますけど」

「アポロ13号が宇宙人に攻撃されていたというのは本当なのか!?」
「スマトラ奥地の超古代文明の正体とは!?」
「ナスカ地上絵に隠された暗号とは一体!?」

異空間に吸い込まれながら次々浴びせかけられる謎。それらはマトリョーシカのごとくアマゾンの中に別のアマゾンを作り出す。

「ピラミッドによる神秘のパワーの源は!?」
「ストーンヘンジの建設目的とは一体!?」
「日本に存在するキリストの墓の正体とは!?」
「月の裏側の都市は実在するのか!?」

さぐりと舞台にいた人物たちは次々と多重アマゾンに吸い込まれていった……。

 

~~~

 

八人いた人影はもはや一人。飯綱千狐のみである。

「あれ、千狐ちゃん?」

さぐりのその呼びかけに答えることはなく。

「さぐり先輩、この前はほんと、ひどい目に遭いました。アマゾンに一人で放り出されたんですから」

「それはまぁ」

「だから先輩、あなたも一人で放り出されてください」

後ろにあった崖から身を投げ出す。さぐりが慌てて後を追うも、彼女の姿はすでになく。
アマゾンにいるのはさぐり一人。

彼女の能力は巻き込んだものの体力を糧に成立している。
一人で行く場合は自己内で循環するので問題はないが、今回は同行者ぎせいしゃ八人分を八回。
それが突然消え失せたらどうなるか。のべ64人ぶんの受けるべき負担を残ったさぐりが負うことになる。
魔人ですらグロッキーになるレベルの負担64人分。そんな負荷を一度に浴びれば自分に還元されると言ってもひとたまりもない。
魔人能力の維持など出来るはずもなく……。

 

~~~

 

「うまくいったみたい。あとは帰ってきたところを捕まえれば、解決ね!」

『俯瞰症』により範囲外からさぐりの能力の起動を確認したあすかが宣言する。

「それはどうでしょうか、先輩」
「えっ」

その言に異議を唱えた飯綱千狐は、彼女の肩に手を置き……

「――!」
「遅い!」

轟ッ、という音とともにとてつもないスピードで飛び出し、

「何でこっちに!?」

至神かれんを巻き込み、三人まとめて舞台の壁に激突した。

「不意打ちで一人、直線で巻き込めたのが一人。なら司令塔コマンダー癒し手ヒーラーを潰すが道理、ですよね」

他の二人が気絶したのを確認し、二人に対して印を結ぶ。

「大丈夫、死んではいません。ぎっちぎちに金縛りようりょく載せただけですから、50尾ぶんくらい?」

その言葉と同時に、さぐりがどさりとなにもないところから現れた。起き上がる様子はない。

「こっちも、疲れ果ててるだけです。まぁ突然起きられても困りますから、はいっと」

同じようにさぐりにも金縛りようりょくを載せる千狐。その所作に、いつものようなほわほわした様子は一切ない。

「あと、四人……」
「お前……そんなやつじゃなかったはずだろう!」
「ごめんね。何でもするって決めてたから」

月張の声も届かず、

「じゃあ、あの情報は私達をハメるため……?」
「奇跡を先取りしようとしてるのは本当。そして、その情報を流したのも、わたし」
「どうして……」
「不意打ちよりは自分で迎え撃ったほうが楽だし」

アイの疑問もサラリと流し、

「じゃあ何か? 演劇を台無しにしようってのか?」
「そもそもそこまでして、何をするつもりなの?」
願いが叶えきせきがおきれば、分かります。だから……」

どらいぶと陽乃の問いかけも碌に答えず、

『邪魔しないで』

その姿が光の粒となって唐突に消え失せる。

「な、何だ……?」

彼女の突進を警戒していた四人は呆気にとられる。

「何処かへ逃げたのかしら?」

これまでの挙動から、千狐の最終目標が鐘を鳴らすことなのは明らか。揃って鐘楼を見上げる。

再び、轟音。気づいたときには狐少女が四人、それぞれに超速でタックルを仕掛けるところであった。もう手遅れ……

「なわけねぇ! こんなの茶飯事だッ!」

他の三人と違い、スタント経験豊富な月張は質量弾に対する対処を心得ていた。
培ってきた反射神経、そして彼の魔人能力、『真偽体』。格闘演技をまことにする能力。
その二つを以て、襲い来る狐を掴み、投げ飛ばす!

ギャッ、と苦悶の声とともに投げた狐は霧散する。
だが、それで終わりではない。他の仲間を討ち倒した三人が残っている。

「何がお前をそうさせたかは知らねぇが……さぁ、来いよ!」
「やはり一筋縄ではいかないですね、月張先輩!」

千狐の一人がそう言うと、三人ともまっすぐ飛び出してくる。
時間差で当たるタイミング。しかし。

(まずは右、次に左……そして、ここだ!)

冷静に手刀と中段蹴りで左右から襲い来る弾を散らし、右ストレートで正面の千狐を……

「火の玉は殴れる?」

突如方向転換しながら狐火を飛ばす三人目の千狐。

(!? いや、俺なら、出来る!)

腕の角度を変え、バットのフルスイングのごとく薙ぎ払う。狐火は地面に叩きつけられそのまま消える。

(よし、次の動きは)

彼の思考はそこまでだった。態勢を立て直そうとしたところに後ろから・・・・飛びかかられたのだ。
月張の視線の先には狐火を放った千狐がそのまま立っていた。

単純な話である。彼女は舞台の八人とみんなで一緒にいた一人の他にもう一人待機していたのだ。
他の千狐が消えればその待機していた千狐に集い、改めて分身を作れるという寸法である。

そんな説明を聞くこともなく、月張は千狐の妖力に意識を押しつぶされたのであった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

妖力の大半を他の皆の足止めに使い、疲労困憊。だがもはや、彼女の道を妨げるものはない。

不格好で、我欲エゴに塗れた愚かな演劇。

だけど、いや、だからこそ、前夜の演劇として成立する。

勝者しゅやくはわたし。あとは鐘を鳴らすだけ。

 

「――と思っているのでしょう?」
「!?」

 

鐘楼の前に突如現れた人影。先程まで影も形も見当たらなかったはずなのに。

「那須、先生……!?」

千狐に名を呼ばれた彼女は、ニコリと微笑むと、ぱち、ぱち、とゆっくり拍手しながら近づいてくる。

「頼んだのは情報の伝達だけだったはず……」
「来てはいけないとは言われなかったけど?」

先を睨み、千狐は戦闘態勢を取る。

「那須先生でも……邪魔するなら容赦はしません」
「あら、戦ってもいいんだけど……私は邪魔する気はないけど?」

その言葉に、千狐はあっけにとられた顔をする。

「さ、鐘を鳴らしなさい。何故通すかその理由がわかるから」
「は、はぁ……」

ゆっくり鐘楼に近づき、鐘を鳴らす。
……何も、起こらない。

「これが、私が止めなかった理由」
「なんで……」

千狐はガクリと肩を落とす。
かんらかんら笑いながら那須先生は彼女の肩にぽんと手を置く。

「よくよく考えてほしいんだけど、前夜が前日の夜だなんてそんな解釈きょっかいが通るわけ無いでしょ」
「うぅ……いい考えだと思ったんだけど……」
「でも、まぁ、主な参加者は全員ノビちゃったからね。貴女のせいだけど」

あたりを見回すと死屍累々……いや死んでるわけではなく気を失ってるだけだが。

「よく考えたらこれ、どうしましょ……劇に出るわけだし……」
「今日一日くらいなら誤魔化せるわよ」

あっけらかんという那須先生。

「それって、先生、まさか……」
「やるべきことは、わかるわね?」
「……はい」

こうして、千狐は倒した皆に成り代わり……。
七人それぞれの行動を模倣し……。

 

(全部一人で芝居を行うことになったのでした。これが本当の一人芝居、なんてね)

 

千狐かのじょは見ていた。前夜祭にて。

(これを願えばわたしの命は散るかもしれない)

千狐かのじょは見ていた。観客席で。

(それでも構わない。わたしのために使われた命を返すに過ぎないのだから)

千狐かのじょは見ていた。鐘が鳴らされるところを。

(願わくは、我が願い、この鐘に懸けて叶え給え!)

千狐かのじょは見ていた。主役じぶんの手によりそれが為されたことを。

 

……何も、起こらない。

(どうして?)

だが、劇は続いている。

(なんで?)

劇は、続けなければならない。

(こんなことって……)

 

劇は表面上、つつがなく、滞りなく終了し、文化祭の始まりが宣言された。

千狐が成り代わった皆については那須先生がうまいこと誤魔化したらしい。

 

~~~~~

 

その後、千狐は保健委員に入ることになった。表向きはいろいろやった結果ここが一番性に合っている、ということにしている。
実際の目的は、那須先生の後継ぎとしての修行と……もう一つ。
前夜祭の鐘の奇跡について問いただすためである。

「結局、奇跡は起きなかったのかって? いいえ、確かに奇跡は起きたわよ」

「誰も彼も勘違いしてるけど、『奇跡が起きる』だけであって、『願いが叶う』なんて言ってないわよ」

「そしてその奇跡は、『半世紀に渡る天凌学園の安定』」

「それの何処が奇跡か、って?」

「この魔人だらけの学園で、問題が起きないほうが不思議ってものよ。他の魔人学園とかそりゃもう運営が大変って話だし」

「効果の切れ目の年は流石に不安定になるけど儀式の主役をあえて相争わせることで他の問題を抑える」

「長年の知恵ってやつね。今回はいつもよりゴタゴタが大きかったけど、うまいこと後継者も見つかったことだし次回はゆっくりできそうね」

「他に聞きたいことはある?」

 

「……わたしは、生きていて、いいんでしょうか」
「いいんじゃない? 過去が捏造されたものだからって未来まで否定されたわけじゃないし、思い出なんていくらでも作れるものよ」
「……そう、ですね」
「じゃ、ちょっと思い出作りがてら二人でお出かけしよっか」
「えっ、でもまだ業務時間中……」
「もう一人の貴女が留守番すれば大丈夫。ほら、行きましょ」

こうして天凌学園の生徒たちはその実態を知ることもなく、奇跡によって今日もまた平穏に暮らしていくのであった。

 

Unsung Wishstar The End

 

 

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