アマゾンの中心でアイを叫んだ悪魔

ガンガンと、頭の中で鐘が鳴る
舞台の主演に立つ夢を見ているのか
それともただの二日酔いなのか
それすら俺には分かりやしない

人生に酔っぱらっているが故に!
生き方が千鳥足故に!

真似偉MONEY示威&狂うJANGLE 覇不屈PERFECTS

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アマゾンの中心で
アイを叫んだ悪魔

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ロータリー。
『奇跡の演劇』の主演候補者たちが向かい合っていた。

『ミス・パーフェクト』 天龍寺あすか
『悪魔』 酒力どらいぶ
『密林の伝道師』 深林さぐり

酒力どらいぶと深林さぐりは、寮の自室の扉に挟まれていた手紙に従いこの場に来ていた。
即ち、誘い主は天龍寺あすか。
神様ちゃんとの一戦を経て本気で主演を目指すことを決めた天才が、この場に海千山千の曲者を呼び寄せたのだ。

前振りも挨拶もなしに、天龍寺あすかはよく通る声をロータリーに響かせた。

「ワタシと、酒力先輩、どっちの演技が上なんでしょう?分からないなぁ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・?」

天龍寺あすかの突然のパスの意図を理解し、上等とばかりに笑いながら酒力どらいぶも続けた。

「そいつは奇遇だ天才様!俺も悩みがあってな・ ・ ・ ・ ・ ・ ・!果たして俺と天才様、どっちが熱い演技が出来るんだろうな?」

深林さぐりの前で、両者は謎を口にした。疑問を口にした。悩みを口にした。
これは明確な挑発。アマゾンへ呼んでみろ、という誘い水。

深林さぐりは全開の笑顔でその挑発に応えた。
挑発とも理解していなかった。ただ全力で、アマゾンならば悩みを解消できると思った。

「お二人ともお悩みですか!!?でしたらアマゾン!アマゾンにはすべての答えがある!!ホンギャラ!」

かくして我々探検隊はアマゾンの奥地に向かった──。

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深林さぐりの生み出したアマゾン空間にて両者は対峙する。
真白に照り付ける太陽からはジリジリと音が聞こえるほどだった。

「…よぉ、なんでアマゾンを舞台にしようと思ったんだい?」

当然の疑問に、100点の笑みで天龍寺あすかは答えた。

「酒力先輩の演技、見る人によっては毒じゃないですか。支持率を競う状況で、出力を気にした演技されたら勿体ないですから!」

「…フフフ、俺が全力を出せるように気を使ってくれた、ってわけかい。嗚呼、『アマゾンのおかげで勝負に集中できる』!」

後半の台詞はやけに演技がかっていた。
そのノリに天龍寺あすかも同調する。

「ええ、そうです!『アマゾンのおかげで謎が解ける』!だからワタシ、心の底からこう思うんです。」

密林に、透き通るようなシャウトが響き渡った。
 

アマゾン、最高・ ・ ・ ・ ・ ・ ・!!!」
 

深林さぐりの『天凌スペシャルさぐりちゃん探検隊シリーズ』は疑似的な疑問解消装置である。
酷く歪で乱暴ではあるが、アマゾンに飛ばされた者にとっての悩み・疑問・謎を確かに解消する。
それは深林さぐりの

「アマゾンの奥地に行くことは人間が体験しうる最高の経験だと信じているし、あらゆる問題に対する最高の回答だと信じています!!」

という熱情から来るものであるし、幼き病弱である自分を救ってくれたアマゾンへの感謝に根差すものだ。

逆に言えば、深林さぐりの能力は
疑問解消の邪魔を出来ない・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

アマゾンの脅威によって疑問が解消しなくなってしまった…。そんな事態を引き起こしてしまっては“深林さぐりの考えるアマゾン”ではなくなってしまうからだ。

現在、天龍寺あすかと酒力どらいぶにとっての疑問は明確だ。

“果してどちらの演技が上なのか?”

その疑問に対する解決方法は誰でも分かる。
互いに演技をぶつけ合えばいい。

 

仮にここで、アマゾンの力を全く借りないで演技勝負をしようとしたならば、

「より大きな試練を乗り越えた方が真の勝者ではないでしょうか!!」

などと深林さぐりの曲解が入りアマゾンエゾヒグマが乱入していたかもしれない。

もし二人が、アマゾンを拒否し逃げようとしたならば、

「お二人はまだアマゾンの魅力を知らない!勿体ない!あまりにも!!勿体ない!」

などと深林さぐりの情熱が盛り上がりアマゾン地下ダンジョンにご招待されていたかもしれない。

しかし二人は
「アマゾンのおかげで勝負に集中できる」と言った。
「アマゾンのおかげで謎が解ける」と言った。

天龍寺あすかに至っては笑顔で「アマゾン最高!」と叫んだ。

そして今まさにアマゾンの恩恵による誰も邪魔の入らない舞台で疑問が解消しようとしている。
ここで害獣やトラップを発生させることは、謎の解消を邪魔すること。
深林さぐりの能力原理に根本から反してしまう。

故に、深林さぐりのアマゾンは二人に牙を向けない。

 

天龍寺あすかの「アマゾン最高!」という言葉が全くの虚言であるということ
天龍寺あすかの心はアマゾンに対して欠片も波打っていないこと

これらに深林さぐりが気付けたなら話は違っていたかもしれない。

しかし天龍寺あすかの「アマゾン最高!」は心の底からの叫びである。
満面の笑顔は心からの喜びを意味している。
ガッツポーズは生命の謳歌に満ち溢れている。

 

少なくとも深林さぐりの目にはそう映ってしまった・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「本当、アマゾン、最高ね」

ガッツポーズと共に、美しい笑顔を天龍寺あすかは見せた。

今ここに、アマゾンは舞台装置になり果てた。

■■■

「…で、演目はどうするんだい?」

「そうですね…『羅生門』で如何でしょうか?先輩」

その言葉に、空気が軋む音がした。
酒力どらいぶは胸元からスキットルをとりだし、琥珀色の液体をがぶりがぶりと飲み込んだ。

「それを選ぶってことは…俺を知っているな?俺が一番得意な演目だと、他の演劇部を潰した演目だと調べた上で選んだんだな!?本気で演りあうってぇんだなぁぁあ!!?」

悪魔が、アマゾンに現出する。
ただ立っている。それだけで、何かに切り替わる気配がした。

その気配を無視して、天龍寺あすかが仕掛ける。
ゆらり、と天龍寺あすかの周囲の空気が歪んだ気がした。
それは決してアマゾンの過酷な暑さが生む陽炎などではなかった。

『ある日の暮れ方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。』

静かに、それでいて染みわたる声で台詞が吐かれた。

「えっ」

深林さぐりは思わず声を漏らした。
天龍寺あすかが台詞を発した瞬間、太陽が燦燦と照らすアマゾンが冷たい雨降る夕闇と化した。

当然本当に気象が変化したわけではない。
ただ天龍寺あすかの立ち振る舞い、表情、空気感、声音は、付近の人間に密林に満ちる薄暗い闇を幻視させた。怖いほどの天才的演技力。まさにパーフェクト呼ばれるに相応しい能力。

───その恐怖すら感じるほどの演技を前に、酒力どらいぶは笑った。

にぃぃっ、と。口の端が耳に届かんばかりに鋭く歪ませ、犬歯を、いや、もはや牙と呼んで過言でない何かをむき出しにして、ギラギラと笑った。そうして、台詞を返した。

『広い門の下には、俺の他に誰もいない。ただ、所々塗りの剝げた、大きな円柱に、キリギリスが一匹止まってやがる』

“下人”として地の文を台詞に置き換えて放つ。

「えっ」

深林さぐりは再び同じように声を漏らした。
彼女の眼前に、確かに羅生門が、薄汚れひび割れ放置された羅生門が揺らりと立ち上がったからだ。
一流の役者同士が共通のビジョンをもって演技をぶつけ合った結果、確固なる世界が生まれていた。

互いに一歩も引かない演じ合い。
一瞬でアマゾンは洛中となり、太陽は地に落ち闇が広がり始めた。

 

(ううむ!これは何というか…無理ですね・ ・ ・ ・ ・!)

深林さぐりは二人の演技を見て強く思った。
彼女の参戦理由は、
「アマゾンは最高なんだ!奇跡何するものぞ!」
というアマゾン至上主義である。

しかし、演劇素人の彼女であっても二人の演技力の圧倒的高さと、
「奇跡のために演劇をしているわけではない」という方向性は理解できた。

この二人には、「アマゾンは奇跡より凄い」と魅力を幾ら語ったとて、候補者レースから降りる道理がない。
先に対戦した飯綱千狐や白露アイとはベクトルが全く違うのだ。

(むぅ!アマゾンの方が奇跡より凄い!と理解いただいて候補者から降ろす予定でしたが…ちょっと方針変えないと、私が主演に立って「アマゾンの方が最高ですよ!!」というのは難しそうですね!)

どうしようか少し考えたが、目前の素晴らしい演技に意識が持っていかれる。

(今日のところはいったん諦めて、まずは今後のために最上位層の演技を見ておくとしましょう!!)

クレバーなところのある深林さぐりは早々に今日の勝利を捨てて先を見据え始めた。
ただの観客としてアマゾンのちょうど良い感じの岩に腰を下ろした。

 

この一連の流れを、物陰から見つめるものがあった。
新聞部所属、深林さぐりのパートナー、物部鎌瀬である。

今回も、もしかしたら記事になるかもしれないと深林さぐりから事前連携を受けてこっそりアマゾンに紛れ込んでいたのだ。

「…凄い…!こんなにも熱い演劇一騎打ちを記事にしないのは新聞部魂に反します!」

物部鎌瀬は、魔人能力『超速攻精確報道』によって文章をアマゾンの奥地より直接紙面に印刷することが出来る。
 

~現実世界:新聞部部室~
 

「おい!物部の能力が作動してるぞ!…5分後に本格的な記事を送るから、ロータリーで配布しろ?バカ売れの記事になる??…お前ら!すぐに準備しろ!今度の特別号も爆売れじゃあ!!」

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天凌学園新聞82号
【緊急スクープ!!『ミス・パーフェクト』天龍寺あすかVS『悪魔』酒力どらいぶ 演劇一本勝負!】
取材・執筆 物部鎌瀬

まずは普段のゴシップ調ではなく固い文体でお届けすることをご容赦願いたい。
何せ、今筆者の目前では天凌祭の主役を目指す候補者同士の演劇一騎打ちが行われているのだ。
場所はロータリーから転移したアマゾン。予定通りに進んでいるのであれば、読者諸兄はロータリーにてこの新聞を受け取っているだろう。まさにその裏の空間で物事は進行している。

ひとりは中学部ながら優勝候補の筆頭、パーフェクトと名高い天龍寺あすか(以下天龍寺)。
ひとりは三つの演劇部を廃部に追い込んだ『悪魔』、酒力どらいぶ(以下酒力)。

二人の鍔迫り合いは、天凌学園に所属し平均以上には演劇に慣れ親しんだ筆者であってもお目にかかったことがないほどの至高のぶつけ合いとなっている。

極力詳細に、出来うる限りの観察眼をもって皆様にお届けすることが新聞部として在るべき姿と思い、こうしてリアルタイムで記事を届けている次第である。
筆者が今まさに感じている熱を、少しでも多くの読者が受け取っていただければ之に勝る喜びはない。

二人が選んだ演目は『羅生門』。
酒力の得意分野に天龍寺が飛び込んだ形だ。

一騎打ちが始まり、最初に目を引いたのは酒力の表現力…いや、憑依力だ。
始まって数分もしないうちに、筆者には酒力が“下人”にしか見えなくなった。

勿論現代社会に生きる筆者は下人と接したことなどない。にもかかわらず、“そう”としか言えない存在がそこにはいた。困窮し、薄汚れた衣服が、だらしなく伸ばされた無精髭が筆者の目には映った。

酒力はその憑依力に、独特の作品解釈を加え天龍寺に迫る。

『雨が止んだって、どうしようという当てもねえ!ちょっと前に旦那には暇を出されちまった!』

『手段を選ばないとすれば…“すれば”!“すれば”!いつまでたっても結局“すれば”だ!』

地の文を台詞に置き換え下人の心情を語るのだが、粗野な物言いには全体的に危うさが漂っているように感じた。例えるならば、深く考えずに闇バイトに手を出すフリーター…といったところだろうか。もっと言うならば、“ノリ”、“その場の空気”、“社会のせい”などを原因に犯罪に手を染めそうな浅慮さが滲んでいた。
勿論筆者は『羅生門』の展開を知っているが、この下人は老婆に対して原作以上の蛮行を勢いでしてしまうのではないか?という奇妙な緊張感があった。

酒力は下人に卑近で現代的な味付けをすることで、周囲の感情を引き込み巻き込み“先”に興味を持たせ物語を回していく。その姿はまさに悪魔的な技術と魅力があった。賛否が分かれそうな下人の解釈もこちらの心情を揺らがせるのに一役買っている。

対して天龍寺。

天龍寺は老婆が出るまではナレーションとして下人の独白と掛け合いをするのだが、このナレーションが鋭利で冷たい。寒々とした夕闇を現出とさせる。荒廃した洛中の環境が浮かび上がるようだ。
感情を含んでいない物言いなのに情景が強く浮かぶのは如何な魔法か?

その冷たくも深いナレーションは、
恐怖、不満、怒りを隠さずに一喜一憂する酒力の下人の演技とよく合い、舞台を引き締めていた。

この温度差が下人の孤独、社会との隔絶と不理解を際立たせていると感じた。
ナレーションが状況の説明に徹し、冷たく振舞うからこそ、

果してこれは社会が冷たいのか?
それとも下人が空回りしているだけで“よくあること”なのか?
お前も“下人側”ではないのか?

そんな問いを観客は投げつけられる。

この関係性に、異端扱いされ悪魔と呼ばれ周囲を潰しながら演劇に勤しむ酒力と
天才と謳われ王道の演劇道を歩む天龍寺との比較を見るのは行き過ぎであろうか。

筆者が悩むうちにも舞台は進んでいく。

────間もなく下人が羅生門に上り老婆と出会う。六分の恐怖と四分の好奇心に動かされて。

下人と老婆
酒力と天龍寺

両者が相まみえるときそこには────

 

続きは天凌学園新聞83号で!
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■■■

 

「おいコラ新聞部――!!」
「結局ゴシップ的な売り方してるじゃねえか!!」
「阿漕な商売しやがって!」

「うるせぇー!文句なら物部に言いやがれ!」
「アマゾンに直接行く方法がない以上、うちの新聞買うしか情報はないんだぞ!」

ロータリーが怒号に包まれる中、一人の少年の澄んだ声が響いた。

「アマゾンに直接行く方法がない?貧乏人の発想は貧弱である!」

声の主は、『阿保坊』、鐘捲成貴であった。

「黒畠!例の準備は出来ているか?」

教育係の黒畠の名を呼ぶ。

「は。万事抜かりなく準備できております」

「話が早い!では早速、飛ぶぞ!!アマゾンへ!!こんな面白いもの、僕に見せないなんて許すわけにはいかない!!」

『アマゾナイト・デーモンコア事件』でアマゾンの脅威と面白さを知った彼は、

「アマゾン、面白いな?何かあったらすぐに深林さぐりのところに行けるようにしておこう!アマゾンが発生したら即ワープだ!」

とお付きに無茶振りをした。
鐘捲グループお抱えの魔人能力者には、マーカーをつけた対象へワープさせることが出来る能力者が存在したので、幸せそうに寝息を立てる深林さぐりの体に、こっそりマーカーを付けた。

鐘捲成貴は、金の力で何でも解決する。
その行動の前に法律も倫理感も関係ない。

候補者の一人である白露アイと対峙した時は就寝中に部下を使って拉致させたくらいだ。

当人に無断でマーカーをつけるなどジャブ扱いである。

「ハーっハッハッハ!『ファンスティックスカイ・イリュ〜⤴︎ジョンショー』!!」

 

『阿保坊』がアマゾンへ跳んだ。

 

■■■

 

『阿保坊』がアマゾンに跳んだまさにその時、
酒力どらいぶ扮する下人と 天龍寺あすか扮する老婆が向かい合っていた。

一触即発。互いの演技のぶつけ合いが拮抗し、弛みはじける直前であった。

深林さぐりの胸元から突然飛び出た鐘捲成貴。
その突然の事象に、天龍寺あすかにほんの僅かながら隙が生まれた。

天龍寺あすかは、『俯瞰症』を発動し自らを見下ろして演技をしていた。
完璧超人として在るための悲しい癖か、演技しながらも周囲への警戒を怠っていなかったのだ。

その結果、深林さぐりから少年が飛び出てくるという異常事態を明確に目撃した。
目前の演劇相手に注ぐべき意識を、ほんの僅かではあるが鐘捲成貴に割いてしまった。

その隙を見逃す酒力どらいぶではない。
ここが勝負どころとばかりに全霊を込めて動き始めた。

 

酒力どらいぶの演技の根源にあるのは、嫉妬である。
器用に生きている奴が許せない。
自分より才能のある奴が妬ましい。
自由なやつが眩しい。

(天龍寺あすか…お飾りの演技かと思っていたが…本物だ…丁寧で、基本に忠実で、それでいて華のある演技だ…)

そんな演技に立ち向かうにあたり、自分には酒がいる。
自らを陶酔させ理性を飛ばし悪魔的トリップを決めなくては、“上”の世界に辿り着けない。

自分の器がもう少し大きければ、素直に彼女を称賛し高め合うのだろうか。
…そんな道もあったのかもしれないが、酒力どらいぶには無理だった。
卑屈さも惨めさも、虚無な生き方も知らない顔で、これが王道でございますという風に振舞う天龍寺あすかが苛ついて仕方なかった。

しかし、そんな薄汚れた感情から生まれる美もある。
泥濘の底からしか咲かない花があるように、汚い感情から生まれる閃光も間違いなく存在する。
それでいいと思った。みっともなくて薄汚れていても、それが俺なのだと、アマゾンに咆哮が響いた。

酒力どらいぶという汚泥から生まれた眩い光は、天才に真正面から噛り付いた。

 

『では、己が引剥ぎをしようと恨むまいな!己もそうしなければ、饑死をする体なのだ!』

 

まさに悪魔のような、陶酔的な人を狂わせる演技を酒力どらいぶは放った。
下人は老婆から衣服を剥ぎとり、したたかに蹴り飛ばした。
羅生門の死骸の上に投げ出された老婆は、虚無の瞳で下人を見つめる。

 

────そこには、本物の虚無があった。
洛中の闇のような虚空が、老婆の瞳の位置にぽっかりと広がった。

 

天龍寺あすかは、全ての演技を解き、自らの内面に在る虚無を瞳に乗せていたのだ。

【自身の虚無性は見せずに社会に好かれるようにすれば“マシ”に生きていける】

そう悟った幼き日から、天龍寺あすかは常に仮面をかぶって生きてきていた。
他者に好かれる存在として完璧に振舞い、伽藍洞の心を持っていることなど誰にも気づかせなかった。

その天龍寺あすかが、常に保っていた演技を薄皮一枚残さず捨て去り、素の自分を老婆に映した。
こうしなければ勝てないだとか、そういった打算の結果ではなかった。
天龍寺あすかは、ただより良い演技を目指し、その結果として“普段の演技”を一瞬忘れ去ったのだ。
それほどまで、酒力どらいぶとの演じ合いは白熱したものであった。

 

 

「参った」

 

 

その演技を見た瞬間、酒力どらいぶの口から、我知らず降参の言葉が飛び出た。

■■■

天龍寺あすかが見せた虚無の演技。

一般人であれば、「凄い演技だ」で終わっただろう。
演劇に詳しい人であれば、その異質と言っていいほどの深い虚無を込めた瞳に鳥肌を立てただろう。
一流の役者であれば、今までと方向性がまるで違う演技に驚嘆しただろう。

しかし、酒力どらいぶはその一歩先に在った。
ともに『羅生門』を作るために、演劇というこの上もなく濃い交流をした酒力どらいぶは、天龍寺あすかの虚無の演技に真実を見た。すなわち、

【こちらの虚無が、天龍寺あすかの本質である】
【誰にも好かれる天才、『ミス・パーフェクト』としての生き方は虚構である】

と気が付いたのだ。今まで誰も疑いもしなかった真実に、一瞬で辿り着いたのだ。

酒力どらいぶは、天龍寺あすかが嫌いだった。
正確には、妬ましくてしょうがなかった。
勉強もできる、スポーツも出来る、家柄もいい、性格も良くて人に好かれる…
そんな天才様が、わざわざ演劇の世界に土足で踏み入って我が物顔をしていることが癪で仕方なかった。

しかし、違ったのだ。
自分が今まで嫉妬の瞳で睨んでいた相手は、天龍寺あすかが演技により作り出した仮初の存在だったのだ。

自らの虚無を常に押し隠し、心を見せず、二十四時間別の存在として振舞う。
その在り方を、人はどう受け止めるだろうか?

騙しやがって、と憤るだろうか。
可哀そうに、と憐れむだろうか。
滑稽だ、と嘲るだろうか。

人それぞれ反応は違うだろう。
ただ、酒力どらいぶの心に去来したのは、無上の敬意であった。
虚無を抱え、それでもそれを感じさせず美しいものでいたことへの感動であった。

(この舞台では勝ってるかもしれないけどよォ…)

先ほどまでの怒りと熱に満ちた下人の演技は消え失せた。
代わりに、妙に清々しい諦めの表情があった。

『────参った。貴様のような婆に付き合っているうちに雨が強くなってしまったではないか』

もはやそれは、下人の台詞か酒力どらいぶの台詞かは分からなかった。

『俺は去る。俺は走る。二度と振り向かずに。───この、黒洞々たる夜を』

 

 

アマゾンは、最後の台詞と共に消え去った。

■■■

 

~現実世界:ロータリー~

全てが終わり、アマゾンから面々は戻ってきていた。
ロータリーには、物部記者の書き上げた「天龍寺あすか大勝利!『悪魔』の敗北宣言!」という号外が舞っていた。

(…主演からは一歩遠ざかっちまったなぁ…)

酒が抜け、元の陰鬱な面が姿を現した酒力どらいぶは背を丸めてその場を去ろうとした。

「酒力どらいぶ…だったな!」

その背を、いつものナルシスト丸出しの、無駄に輝く笑顔が引き留めた。

「僕の前でそんな陰鬱な顔をするんじゃあない!!貧乏人が鬱陶しいぞ!」

何言ってんだコイツと酒力どらいぶが顔を歪ませるより早く鐘巻成貴は畳みかけた。

「僕は…僕はキミの演技に惚れたぞ!!キミほどの実力者が、背を丸める世界など間違っている!そして間違いは正さねばならない!!金の!万能の力で!キミの立つ舞台を用意してやろう!!さぁ!どこで演りたい!」

馬鹿を言うなと返そうとしたが、酒力どらいぶの耳にも鐘巻成貴の無茶苦茶な噂は届いていた。何よりその熱がこもったキラキラ光る瞳が本気を伝えてきた。

「…気に入ってくれたなら光栄さねぇ。ただお坊ちゃん。俺ぁ、他人のご用意した舞台で演るつもりはねえよ。気持ちだけは取っておくさぁ」

慇懃無礼に断りを入れるが、鐘巻成貴は一切引こうとしない。
やれやれと言った空気感で、次なる願いを告げた。

「分かりましたよ…じゃあ、コイツ・ ・ ・を合法にしちゃいただけませんかねぇ?」

胸元のスキットルを取り出し、中身の酒をちゃぷりと揺らす。
20歳未満の飲酒を合法にしろと、法律を変えろという無茶振り。
適当にあしらうつもり満々の無理難題であったが、『阿保坊』は酷く真面目に受け止めた。

「む!少々待ちたまえ!!もしもし父上?一つお願いがあるのですが…ハイ、厚生労働省にですね…裏で…ハイ、十億程度で?」

あ、これやっちゃったか?と酒力どらいぶが後悔するころには話は終わっていた。

「この学園内での未成年飲酒は特例として許可させたぞ!あとはこれを全国に展開するために…」

「待った待った!十分!そんだけやれば十分!」

あまりのスピード感に肩で息をする。

「えぇ…マジに許可取ったの?どうやって?」

「この学園は特例が多いからな!保健室による蘇生があるとはいえ、学内の殺人行為がおとがめなしになっているような状況、飲酒くらい軽く通せるさ!」

「うわ…学園からメルマガきた…『校則変更のお知らせ』…本当に合法になっちまったよ」

嫉妬する気も起きない程の強大な権力。莫大な財力。
…そんな権力の持ち主が、酒力どらいぶの演技に惚れたと言った。

(俺も、案外捨てたもんじゃないかもな)

酒が抜け、陰鬱な状態に戻り背が丸くなっていた酒力どらいぶであったが、ほんの少しだけその背は真っすぐに伸びた。天凌祭が近づき、秋めいた爽やかな風がロータリーを吹き抜けた。

 

「…どうせ合法になったなら、お二方、一杯どうだい?」

 

何か吹っ切れた表情で、酒力どらいぶは天龍寺あすかと深林さぐりに盃を差し出す。
琥珀色の煌めきが、ロータリーの枝垂桜を美しく映した。

「おお!いいですねえ!アマゾンの儀式で何回かやりましたが、良いものですよね!」

何かとんでもないことを言っている深林さぐりを無視して、天龍寺あすかは盃を取った。
少し前の彼女であれば、やんわりと断っていただろう。
合法であったとしても、校内での飲酒など眉をひそめる人の方が圧倒的に多いからだ。
『ミス・パーフェクト』として選ぶ“マシ”な生き方では決してない。

しかし、それでも、至高の演じ合いのあとの熱が体に満ちた天龍寺あすかは自然に盃を取った。
それは、彼女自身にも理解できない不思議な行為だった。
初めて、自身でも理解できない不合理に任せて盃を取るその表情は、ロータリーに吹く秋風と相まって酷く美しく儚げであった。

その儚さに一瞬心囚われたことを恥じ入りながら、酒力どらいぶは盃を掲げ叫んだ。

 

「畜生!カンパイだ!!」

 

酒力どらいぶの用意している酒は酷く度数が高かった。
天龍寺あすかは盛大に噴き出してしまった。

勝利の美酒は強烈に天才を酔わせた。

 

 

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