遺灰土、咲埋泥、血赤蜜毒

僕は私は俺は君は
僕を私を俺を君を
何処に行く
如何に救う

一人ぼっちの行列に
並んだままで得られる答えを

忘れたふりして逃げ出した
臆病で、狡い己

Dangerous Gymnasium SS Ring the Bell

Front battle Front line最前戦域最前戦線

遺灰土HIGHED咲埋泥THE ILED血赤蜜毒CEEARS MEAD

―――さぁ、乾杯だ。
―――HIGHEDハイド THE ILEDジキルト CEEARS MEADチアミード

◆  ◆  ◆

古い映画がある。旧いふるい映画がある。
1940年、血みどろの内戦が終結したスペインにある小さな村が舞台のお話。
ミツバチの養蜂で生計を立てている父と共に住む家族のお話。
内戦で傷ついた父と母と、二人の姉妹のお話。
姉を持つ、まだまだ幼き妹のお話。
妹はまだまだ幼く、死を知らない。
死ぬと言うことを、いまだに知らない。

映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

◆  ◆  ◆

―――夢を見ていた。過去に一緒に観た映画の記憶。
甘いチュロスを齧り、コーラで喉を湿らせて観た映画の記憶。
祖父がいて。あの子がいた。映画の記憶。

映画の中で、姉妹はとある怪物の映画を見る。
閃光と轟音の中で生まれた、生き物の残骸で無理やり人の形を保った怪物モンスターの映画を。

フランケンシュタインと言うタイトルの映画を観て、映画の怪物に脅える妹は姉に質問する。

【なぜ、モンスター彼女あのこを殺したの?なぜ、みんなは彼を殺したの?】

姉はそれにこう答える。

【あの子は殺されていないし、モンスターも実は死んでいない、映画は全部作り物だから】
【彼らは精霊のようなものだから、一度友達になれば、いつどこにいても呼び出せる】

妹はまだ幼く、死を知らない。
死ぬと言うことを、いまだに知らない。

―――夢を見ていた。過去に一緒に観た映画の記憶。
甘いチュロスを齧り、コーラで喉を湿らせて観た映画の記憶。
祖父がいて。あの子がいた。映画の記憶。

映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

妹はまだまだ幼く、死を知らない。
死ぬと言うことを、いまだに知らない。

この物語が何故私の琴線に触れたのかを、『私』は知らない。
ただ、映画を観た後に静かに涙を流していた『私』を静かに抱きしめてくれた記憶を覚えている。

今日もまた、『私』は目覚める。
死者かこ残骸おもいでを置き去りにして、私は生きている。
ああ、所詮月は。
太陽のまがいものなのだ。

◇  ◇  ◇

月曜日。朝。授業を受けに校舎に向かう。
ふと、天文台が目に入る。巨大な樹林に埋め尽くされている天文台を。

ある一生徒の異能により作られた巨大な樹林。立ち入って消息不明になった生徒もいるとかで現在天文台は立ち入り禁止になっている。
樹林も断ち切る『強力な嵐を操る異能』を持った男のロリと櫻嵐の先導者とも呼ばれる『樹林の迷宮という嘘も見抜ける』異能の少女のコンビが今そこを攻略しているとかいないとか。

・・・本来ない筈のものが生えている天文台は、何か芸術品のようにも見えた。
とある著名な芸術家が作った巨大な塔。パラボラのような顔とユーモラスな手を生やした、丁度今の天文台のようなシルエットの巨大な塔。
太陽の塔と言うんだったか。

じくりと、胸が痛む。
ああ、もうと。太陽という単語を見つけては痛む胸に反吐が出る。
太陽という名前の反吐おもいでを呑みこみ、内腑を灼かれながら月は校舎へ向かう。
ふと見ると天文台は何故かキノコ雲を上げて崩壊していた。

月曜日。朝。授業を受けに校舎に向かう。
ああ、所詮月は。
太陽のまがいものなのだ。

◆  ◆  ◆

古い映画がある。旧いふるい映画がある。
まだ幼い子役が己の名前と役割の名前を区別することが出来なかった故に、登場人物の全てが役者の実名で演じられた映画がある。
主人公である幼い子役は、その未だにおぼろな自我を持って様々な『死』を思わせる経験に触れ、己を形作っていく。

言葉を発しない幼い子役の、台詞のない主人公の映画。
『死』を思わせる経験を通じて、最後に自我を確率した主人公は己の名前を呼ぶ。
映像では名前を呼んだことにはなっているが、実際には彼女は口を開いてはいなかったのだけれども。

映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

◇  ◇  ◇

「ウィ~~・・・トプトプトプ、ヒック」

月曜日、放課後。廊下の端で男を見る。
男は生徒ではなかった。過去に敗北した屈辱を払拭するために狂気に身を染めた一人の修羅であった。

その身は滅びることはなく。己の孫を贄としてまで戦場に赴こうとして。そして今。
再び夢破れた彼は今はこうして酒浸りの日々を送っている。学校で。
このまま廊下を渡るのは危険だと思った『私』は、偶然通りがかった風紀委員長を見つけて呼びとめた。通報しました。

逃げる修羅。追う風紀委員長。開き直るジジイ。ピンチだ風紀委員長。あ、ジジイが特攻服を着た暴走族に轢殺された。
夢破れた後でも日常は。愛すべきドタバタでハチャメチャな日々は。ゆっくりと亜音速で通り過ぎていく。
時間はいつか。この傷を癒してくれるのだろうか?

問うべきは今ではない。今はその資格はない。
まだ私/俺は、運命の舞台に立っているのだから。
月曜日、放課後。

私/俺は。

◆  ◆  ◆

古い映画がある。旧いふるい映画がある。

主役の少女が父と森に入ったとき、あるキノコを見つける。
そのキノコは猛毒を持つキノコであり、危険であるためにキノコを見つけた父はそれを処分する。

足で、踏み潰す。

ぐしゃりと。

危険なキノコは、そこで命を終えたのだ。
幼い少女は、まだ死を知らない。

映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

◇  ◇  ◇

かげろうのような美少年と、自動人形のような美青年が図書室でたむろしていた。
二人は本を読みながらも、雑木林の方を見ていた。

アイツのことが頭から離れない。
アイツの言葉が耳から剥がれない。
アイツの悉くが口から吐き出される。

【で、どうッスかお二人とも?悪い話じゃないとおもうんスよ、これ】

雑木林の方角に建っている、巨大な何らかの建築物。
それにまつわる様々をけせらけらと騙る詐欺師が踊っている。

【あんたたちは、要らないでしょ?自分が手に入れることもできない奇跡なんて】
【手に入らなくなった奇跡なんて。見送ってやる価値なんてないでしょう?】

二人は、同時に顔をしかめる。
感情にまつわる異能を持つかげろうと自動人形は。
感情を大きく動かしそうにもないその白磁にも似たかんばせを歪ませた。
感情が。どす黒く巨大ななんらかの感情が。

人の形ぼくらのかたちを歪ませる。

雑木林の方角に建っている、鋼のおまじないによる巨大な何らかの建築物。
それにまつわる様々なエトセトラを騙る詐欺師が目前で踊っている。

【ね、ね?だから。だから】

あの中庭で起きていることは。
あの雑木林で作られている建築物は。

【天凌祭、俺達で乗っ取っちゃいましょうよ】

荊木きっどは。

【こんな牢獄、ぜんぶぜーんぶまったいらにしてやるんスよ】

この学園を。

◆  ◆  ◆

古い映画がある。旧いふるい映画がある。

とある田舎町に、二人の姉妹がいた。
妹はまだ幼くまだ言葉も喋れない。
姉は健やかに育ち、妹を引っ張ってやんちゃの盛りで。
妹が怖がるようなことを堂々とし、友人と悪戯したり、親たちをからかったり。
姉は、妹がやってはいけない言われているようなことが出来た。
姉は、妹にはまだ出来ないことがいっぱいいっぱい出来たのだ。
そんな姉に。妹は。

映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

この物語が何故私の琴線に触れたのかを、『私』は知らない。
ただ、映画を観た後に静かに涙を流していた『私』を静かに抱きしめてくれた祖父/姉のことを覚えている。

今日もまた、『私』は目覚める。
祖父/姉かこ残骸おもいでを置き去りにして、私は生きている。
ああ、つまり『月張/月乃わたし』は。
太陽のまがいものなのだ。

◇  ◇  ◇

月曜日、中庭で。

三人の魔人が激突する。

「天才の弟」四波平 月張。
「天凌の陽光」五十鈴 陽乃。
「悪魔」酒力 どらいぶ。

単なる純粋な演技による競い合い。
何か波乱があるわけでもなく。
決着は票が動くその時まで分からない。

この後、次の投票まで、彼らは中庭で存分に競い合うことになる。

かれらの疾走は見るもの全てを灼きつくす。
灼きつくし。魅了して。後に残るは全てが色褪せて見える灰色の世界。

かれらのことが頭から離れない。
かれらの言葉が耳から剥がれない。
かれらの悉くが口から吐き出される。

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色。

ああ、

あの時の体験のせいで

ああ、

われらの脳は灼かれ

ああ、

人生がイカれてしまった

ああ、

その様を。存分に演じるその様を

ああ、

生徒たちは

じったりと、我らの瞳に光が灯る。
瞳は極彩色の涙をこぼし、流れた後に灰色の世界しか映さない。

【ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた】

――――時間はいつか。この傷を癒してくれるのだろうか?

【広い門の下には、この男のほかに誰もいない】

そんなこと、あるわけがない。
この傷は、一生われらの人生に残るのだ。

【どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない】

なんでわれらはあそこにいないのだと。
なんであそこにいられなかったのかと。

【選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、餓死をするばかりである】

極彩色の演者たちは悉くを灼きつくし、演劇から離れられない亡者たちを残して去っていった。
将来への不安だの才能だのと言ったくだらないものは、彼らの心には残されていなかった。

【外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである】

下人の行方は、誰も知らない。

◆  ◆  ◆

古い映画がある。旧いふるい映画がある。

1940年、血みどろの内戦が終結したスペインにある小さな村が舞台のお話。
一人の少女が村の片隅の廃墟に逃げ込んだ、脱走兵を見つけるお話。

少女は、その脱走兵が。追われて疲れ果てた顔をしたその兵士が。
人の死体を掻き集めて作られた、映画の怪物と重なって見えていた。
生き物の残骸で無理やり人の形を保った怪物モンスターに。

【彼らは精霊のようなものだから、一度友達になれば、いつどこにいても呼び出せる】

少女は、廃墟に父の衣服や家の食料を持っていくようになった。
精霊と、友達になったのだ。

◇  ◇  ◇

彼は、人の形をしていた。

【酒力 どらいぶの能力には条件が存在する】

鬱屈して鬱陶しく陰鬱な碧色。

【該当する魔人能力者がとある感情を発露している状態を視認することで対象にスイッチが形成される】

碧色の髪を伸ばした。蒼褪めた肌をした。人の形をした馬。

【形成されたスイッチは、対象が禁忌と考えていることを行うことで発動条件が満たされる】

碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬が、極彩色の呪いを吐く。

【発動条件を満たしたとき。対象の精神は特定の感情を想起するようになる】

古代ギリシャ人は、とある特定の感情を抱くとき、
身体から過剰の胆汁が出ることによって顔色が悪くなると信じられていた。
それは蒼褪めたような顔色であり、その時顔は碧色になるのだと言う。

【その感情の名前は、嫉妬と言う】

酒力どらいぶが何かに嫉妬している姿を見たものは。
己が『やってはいけない』と思う行動を取る度に。
嫉妬の感情が思い出と共にフラッシュバックするようになる。

”ナマエノナイカイブツ(お前は誰だ)”

それは、ただ。それだけの能力だ。

◆  ◆  ◆

脱走兵などいつまでも隠れられるわけもなく。
精霊は突然少女の前から姿を消した。
廃墟には血の跡が垂れた足跡が残されていた。
踏みにじられた赤い痕は、いつか父が踏みにじったキノコに似ていると、そう思った。
少女は。死というものに触れた。

――――映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

この物語が何故私の琴線に触れたのかを、『私』は知らない。
ただ、映画を観た後に静かに涙を流していた『私』を静かに抱きしめてくれた祖父/姉のことを覚えている。

今日もまた、『私』は目覚める。
祖父/姉かこ残骸おもいでを置き去りにして、私は生きている。
ああ、つまり『月張/月乃わたし』は。
太陽のまがいものなのだ。

いずれまがいものとして落ちる時が来るのだろうか?
極彩色の光をこぼし尽くして、灰色になる日が来るのだろうか?
少なくともそれは今ではない。だけど。
いずれ、灰色になった時。

月張/月乃わたし』は。

◇  ◇  ◇

「まあ」
「誰が勝ってもいいけどさ。勘違いしないでよね?」

そう、誰が勝とうと構わない。
舞台の用意が二倍になるのなら。
二倍儲けることができるから。

守銭奴は、にやりと笑う。
「あたしはね、あたしが儲かればそれでいいだけなんだからねっ!」

そもそも奇跡が起きる舞台とはなんだ。
魔人とは個人の強い認識で世界を捻じ曲げる存在。
それが集団となって一つの言説を真実として認識したとすれば。

その認識は、求める熱は。アツければ熱いほどいい。
ならば。
そこに金を入れれば熱が入り。
そこから産まれる熱は更に金を呼ぶ。

「奇跡を起こすのは鐘じゃなくて場。だったらアイツの話に乗ってやってもいいんだよね」
「失敗しようが成功しようが、失敗した奴も成功した奴も」
「アイツが居れば今年の舞台には誰もかもが釘付けにならずにはいられなくなる」
「あの舞台、資材を集めるためにどうするつもりなのか・・くふふっ」
「かーねーがーうーごーくーぞー・・・!!」

誰が勝とうと構わない。票が売れなくても構わない。
金をくべれば熱になり、熱を作れば金が産まれるなら。
それがアタシの異能の真骨頂だ。
そう言える八百桜こそが、そういうことが出来るあたしこそが最強の守銭奴であるのだと。

この熱がどこからもたらされたものなのか、八百桜は知らない。
ただ、彼女はいつの間にか禁忌を犯すことに少しだけ、抵抗がなくなっていた。

「これぞ一獲千金、二段構えの策!」

その笑顔は、花開くように可憐なものであったという。

◇  ◇  ◇

―――コイツは、俺の人生における【毒】そのものだ。

酒力どらいぶは嫉妬する。常に彼は極彩色の呪いを吐く。

ただ、それだけ。

ただ、それだけのはずなのだ。

なぜこいつはそれだけのために酒を呑むのか。
それだけのために命をかけるのか。
だだ、それだけのことと言うには、余りにも彼は―――

心が灼熱する。

酔っぱらうように演技をし、酒を呑み舞台に臨み、極彩色の命を反吐のごとく吐き捨てて。
彼は今日も走り続ける。
止まれば求めるものに二度と追いつけぬ。
止まれば二度と求めることかなわぬ。
止まれば最早、二度と。
そう分かっているかのように。

許せないのだ。
自分よりも異能さいのうのある演者まじんが。

許せないのだ。
自分よりも自由のある演者にんげんが。

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色。

そう、彼は。

余りにも器が小さいのだ。

だから。

誰が勝とうと構わない。
誰が勝とうと関係ない。

雑木林の方角に建っている、鋼のおまじないによる巨大な巨大な建築物。
あれは、舞台だ。あの舞台で天凌祭を沸かすのだ。

酒力どらいぶは、禁忌を犯して選ばれるはずのない彼は。
横合いから正々堂々、真向から不意打って天凌祭をかっさらう。
異能が原因で演劇の道を断たれた者がいる。
通常を押し付けられることで道を断たれた者がいる。
劇をしたい奴で愚連隊を築くのだ。

選ばれた奴は、天凌祭に立つといい。
その演劇に俺達の舞台も殴りつける。
共に踊れ。お前らには俺達の演劇と競い合う俺達の演劇の相方になってもらう。

勝者も。敗者も。傍観者も。諦観者も。魔人も。一般人も。生徒も。先生も。学園の中も外も。

見られずにはいられない位の事態を起こして、見られずにはいられない舞台で魅了してやるのだ。
天凌学園よ。「通常」を強制する牢獄よ。
通常を強制し禁忌を課した上で演じられる定例おきまりの演目よ。

俺達は、ここにいるぞ。

灰色の燃えカスたちが、敗色に塗れようとも、焼きに行くぞ。

お前たちを。

◇  ◇  ◇

――――映画の名前は『ミツバチのささやき』と言った。

フランシスコ・フランコによる独裁政治が終了する数年前に製作されたこの映画は。
非常に検閲が厳しい中で作られたこの作品は。
想像力や反抗心を奪われ、言いなりになってる民衆=ミツバチとして現行政権への批判、隠喩を込めた作品と言われている。

とても静かでともすれば退屈ともとられかねないこの映画は、それでも尚根強いファンを作っている。
少女は、いくつもの死と理不尽に触れながら、常識と現実に流されるように時が過ぎていく中で、最後に自己を獲得して終了する。
確たる意志を得たことを、視聴者に見せて、この映画は終わるのだ。

少女は怪物と仲良くなりたかったのか。脱走兵と仲良くなりたかったのか。
いつかきっと、しがらみやくびきを超えて手を取ることができるのだろうか。
分からないがその日まできっと、私はそれらのことを忘れない。

これはそういう、祈りの映画だ。

◇  ◇  ◇

云わなかったが
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけわしいみちをあるくだろう
そのあとでおまえのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまえをもう見ない

――――宮沢賢治『春と修羅 第二集』より

 

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