それは中等部1年の4月のことだ。
同じクラスの後ろの席に座る、深林さんに悩みを相談した記憶。
お嬢様の付き人として天凌学園に強引に入学させられたわたしには、当時まだ魔人能力が発現していなかった。
身体能力は既に魔人能力者としての水準に達していたため、入学を咎められるようなことは無かったが、それでも未覚醒者として学園に居ることには心地の悪さがあって。
後ろめたさや、気の引ける想いを、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
気さくで話しやすい雰囲気の深林さんだから、ついそんな話をしてみたところ、
「なるほど分かりました！ では参りましょう！」
「え？」
わたしはそのまま深林さんと二週間ほどのアマゾン滞在を経験することとなり。
なんやかんやあってよく分からないけど、結果的に自分の『記憶の地平線』を知覚するに至り、ボロボロになりながら帰って来た、という思い出がある。この数行の情報量おかしくないです？
二週間もお嬢様に会えないのは生まれてはじめてのことで。
心配をかけてしまったかと思ったら、現実側の時間は2時間しか進んでいなかったらしい。
とたんに全身から力が抜けて、数日寝込んだことをよく『覚えて』いる。
……出来れば、二度と行きたくない。
そんなことを思い出したのは、もしかしたらフラグだったのかもしれません……。
・ ・ ・
天凌学園本校舎の3階の隅に、ひっそりと理科室が存在した。
時刻は夕方。窓から入ってくる傾いた日差しは廊下を橙色に彩っている。
「失礼しまーす、白露さん……は、まだ来ていませんね」
深林 さぐりは、友人の白露 アイから誘いを受け、この理科室までやって来ていた。
誘い主はまだ着いていないらしく、夕焼けの色に染まった部屋に人気はない。
鞄の中のスマホで連絡を取ろうかとも考えたが、すぐに合流できるだろう。さぐりは授業でもあまり訪れる機会のない部屋の中をなんとなく見やった。
ガラスケースの中にはビーカーやらフラスコやら、実験用の容器が収められている。危険そうな薬品や、動物のはく製などは特に見当たらない。
ふと、奥の部屋から人の気配を感じた。
「白露さん？」
理科準備室のほうでプリントを受け取っていたのかと得心し、隣の部屋へのドアに手を掛け、開く。
居ない。
理科準備室は、隣に比べて雑然としている。大小さまざまな形の薬品に、専門書、地球儀やら模型やら、首から上が無くなっている骨格標本……部屋の想定された収納量に収まりきらない物がそこらじゅうに溢れていた。
先程の気配は、もっと奥の部屋から感じ取れた。
「やあ」
「わあビックリした！ 白露さ……じゃないですねどちら様ですか？」
理科準備室のさらに隣。廊下に接続されていない奥まった部屋は、掛けられたパネルによれば地学室というらしい。
顔を覗かせるなり知らない人から声を掛けられ、さぐりは上ずった声で応答してしまった。
「白木 鉛。ここを居場所としている者さ」
精巧な人形のような佇まいの色白の青年は、涼しげな笑みを浮かべながら壁にもたれかかっている。
不思議な雰囲気の生徒であった。
「深林 さぐりです。……どうしてまたこんなところに？」
「事情があってね。君は？ 噂を聞いて来た訳ではなさそうだけど」
「私は人を待っていまして！ ところでその事情、よければお聞かせ頂いても？ ひょっとしたら、アマゾンに行けば解決するかもしれませんよ？」
「アマゾン？ ……ああ、君があの……」
「？」
白木はさぐりの言葉を受けると、神妙な面持ちになる。
そっと歩み寄ると、さぐりの顔の手前に自身の手をかざした。
「本来はルール違反なんだけど、風紀委員……“北極星”からのお達しもある。その願望、取り出させて貰うよ」
「なん……？ うひゃっ」
さぐりの目元が一瞬光ったのち、次の瞬間には白木の手の中に青緑色の石が握られる。
白木の能力『空白の標本箱』により、さぐりの中にあった『アマゾンの奥地には全ての答えがある』という想いが取り出された。
さぐりは自身の能力により、かねてから風紀委員に危険人物と見なされている。白木の元にもその情報は前委員長の時期から伝わっており「見かけたら取れ」という指示を受けていたのだ。
「大河を思わせる神秘的な青緑の長石……天河石だ、凄いね」
「あ、あれ……？ アマゾ……あれ？」
夕日に透かしながら石の輝きを確かめる白木の向かい側で、さぐりの身体から力が抜ける。心の支えを急に無くした心地で、しかしその失ったものの正体が分からない。
「なんでしょう……？ 心にぽっかり穴が……アマゾンに大穴が開いたような……」
だが。
「こ……これは……」
彼女の想いは。
「こんな状態は……」
「？」
「こんな状態は『アマゾンに行けば解決する』のでは……？」
「な……っ！？」
彼女の想いは、石として抽出されたとて無くなるものではないのだ。
白木は、目の前の少女がその胸の内に『同じ輝きを放つもう一つの天河石』を宿す瞬間を、確かに目にした。
「すごい……！」
たとえ石にして奪ったとしても、きっかけがあれば同じ想いをまた抱く人は存在する。
だが、こんな早さで、全く同じだけの想いの力が現出するのは初めてのケースだ。
白木は、手にした石を改めて確かめる。
「おや？ その手の中のものは何です？」
と、それを見つけたさぐりが興味を持った。
「君のアマゾンに対する想いだよ。本来は口にすることで君の中に戻るんだけど」
もう新しいのが出来てるんだよなあ。
そう続けようとした白木の言葉を待つ前に「なるほど！ では頂きます！」とさぐりが石を飲み込んだ。
飲み込んだ！
「オッ！ オアアッ！ アマゾン！！ アマゾンー！！」
さぐりの身体がガクガクと震えながら光りだす。
己の心の支えとなるような極めて強い想いがそのまま2倍になったとき、その人の心はどうなってしまうのだろう。
白木は興奮が抑えられず、口の端が上向きになる。目の前にいる、自身の能力を凌駕して見せた存在が興味深くて仕方なかった。
そこに、
「遅れてすいません、深林さん、こちらですか……って」
「オアアーーッ！！ オアアアーーーッ！！」
「ふ、深林さーん！？」
地学室から聞こえた物音を頼りに、白露 アイが遅れてやってくる。
待ち合わせていたはずの相手は、ガクガクと震えながら光っていた。
「オアアーーッ！！ オアアアーーーッ！！」
「こ、これは一体……？ 何が起こってるんです……！？」
その言葉をトリガーとして、天河石ふたつ分の想いを核として暴走したさぐりの能力が部屋の全てを……いや、学園の全てを包み込んだ。
天凌学園史に残る魔人能力暴走事件、
『アマゾナイト・デーモンコア事件』の発端である。
NOW LORDING……
（tips）
【天河石】Amazonite K[AISi308]
長石族の中の微斜長石に属する天然石であり、大河を思わせる青色から青緑色をしている。正確にはアマゾン川流域の産出はないが、アマゾン川流域の鉱山で採れる青緑色の別の鉱物と混同されたことが名前の由来とされる。
モース硬度:6～6.5
・ ・ ・
天凌学園がその敷地一帯ごとアマゾンに飲み込まれて、一日が経った。
突然の出来事に対し当初こそ学園全体の混乱は大きかったが、そこは多数の魔人能力者の集う学び舎である。幾人もの生徒や教師の皆の活躍により、今は一端の落ち着きを取り戻していた。
知人の範囲で特に目立った人について語ると、まずは四季巡 絶佳お嬢様だろう。
ちょうど友人の放送部員と一緒に放送室にいたお嬢様は、パニックになりかけていた学園全体にアナウンスを繰り返して皆を落ち着かせてくれた。
「幸い施設は学生寮を含め無事が確認されています。焦らず、周囲の人と無事を確認しあって下さい。大丈夫、私達は魔人能力者の集団です。このくらいのトラブルは皆が協力すれば大した障害にはなり得ません」
心理的な落ち着きを得る、というのは非常時において極めて重要なことだ。
お嬢様の声には不思議な魅力がある。本当にこの事態が大事では無いように感じてしまうのだから、凄い。
程なくして、風紀委員長の水流園 星夢さんが合流。放送室に情報を集約しつつ、彼女の能力『道標』で救助が必要な人の情報を共有、速やかに生徒全体の無事を確保していった。
鐘捲 成貴君も「こんなこともあろうかと！」と言いながら『ファンタスティックスカイ・イリュージョンショー』を発動し、学園のそこらじゅうから防災グッズを出現させた。生徒と教師全員が余裕で一ヶ月は暮らしていけるだけの備蓄量だ。これ、普段から仕込んでいたんでしょうか。
水は、備蓄のほかに敷地の「枯れない噴水」が本当にアマゾンでも枯れなかった。
予備電源が切れた後は、対応する能力者が何人かで協力しながら電気やガスを供給。
戦闘に長けた能力者の生徒たちは既に周囲の探検を始めている。
わたしと深林さんといえば、光に包まれた直後に保健室で復活。
風紀委員や生徒会に詰問されたが、ふたりとも自分たちが原因であることは分かっていても、帰り方については全く思い当たることが無いままでいた。
ちなみに白木先輩はどこに隠れたのか、見つけることが出来なかった。
「うーん。やっぱり帰る方法は自分たちで探し出すしかありませんね！」
やたらと元気な深林さんと共に、わたしはこの状況を終えるための何かを探すことになったのだった。
・ ・ ・
「ひゃっ……ひゃあ！ サソリ！ サソリです深林さんっ！！」
「大きいですか！？」
「おっきいです！！！」
「なら大丈夫！ サソリはデカいほど毒が無くて危険がないんですよ！」
「象くらい大きかったら別の危険があると思うんですが！？！？」
・ ・ ・
「この遺跡、歩く端から崩れていくんですけど！？」
「アマゾンにはよくあるタイプの遺跡ですね！ 急いで行きましょう！」
「このタイプがよくあったらほとんど全部無くなってるんじゃ……？」
「それでもどうしてか無くならない！ いやあ、アマゾンって凄いですねぇ！！」
・ ・ ・
「見てください白露さん！ アマゾンエゾヒグマが居ますよ可愛いですね！」
「アマゾ……何？」
「あっ、でも目を合わせちゃ駄目ですよ？ アマゾン復讐の獣である可能性もあります」
「アマ……何？？？」
・ ・ ・
一週間が過ぎる。
わたし達は、連日の探検でもろくな手掛かりを見つけられないままでいた。
略すにも程がある、と思うかもしれないが、基本的にはトンデモ生物やトンデモギミックに出くわして、命の危険があって、それをなんとか回避して……の連続であった。
お、思い出したくもありません……。
皆、アマゾンでの生活に疲れが出て来ているようだ。
敷地がまるごとあるとはいえ、普段の学園生活とは根本的に異なる状況だ。無理もない。
深林さんだけは、何故だかずっと元気いっぱいだった。
今朝も過剰に軽やかな動きで、遠出の為の大きなリュックを抱えている。
今日は一緒にどこまで行くんだろうか、とげんなりしながらそれを見ていると、友人から声が掛かった。困惑した顔をしている。
「深林さん、白露さん、ちょっと見て欲しいものが……」
「やや！ 小薬さん、どうしました？」
「部室棟の、旧スペイン部の部室から変な光が出ていて……これ」
言いながら、小薬さんが手元に抱えたバスケットボールくらいの包みを広げる。
中からは、水晶で出来た人間の頭蓋骨が出てきた。
「ひえっ……」
「これは！ アマゾンにあったという失われた都市エルドラドの秘宝！ 『水晶髑髏』！！」
深林さんは突如現れた物騒な宝物に興奮している。
ところで水晶髑髏はアステカ文明では？ わたしは訝しんだ。
「旧スペイン部に所属していた折井 りあな先輩、これを探して行方不明になった……って話だったけど」
「折井先輩は見事髑髏を見つけていたのですね……早速これをエルドラドに返しに行かなければ！！」
あっ。ハリウッド映画のほうですこれ。
水晶髑髏をアマゾンの奥地に返しに行く話と言えば、思い当たるのはひとつしかない。
小薬さんは髑髏を渡すと、そそくさと去ってしまった。偶然見つけてしまったものだ、持っていたくない気持ちはものすごく分かる。
このタイミングで明確な『アマゾン関連のアイテム』が出てくる。
十中八九、この現象を元に戻すヒントになっていると思われた。
「うーん、アマゾンのどこかに、スカルをお返しする場所があるはずなんですが……」
深林さんも考え込んでいる。
わたしも、記憶を整理してみることにした。これが映画をモチーフにしているなら、伏線は既に提示されているはずだ。
順に思い出していけば、何か見落としたヒントがあるかもしれない。
『記憶の地平線』によって自身の記憶を『巻き戻す』。
一週間で体験したことが、周囲の状況、詳細まではっきりと『思い出せた』。
エゾヒグマ、遺跡、サソリ……訪れた遺跡は全部壊れたし……もっと前、この事件の発端は何だったか？
『巻き戻す』、『巻き戻す』。
ガクガクと震えて光る深林さん、地学室と白木先輩、理科準備室、理科室、夕焼けの廊下……待って、今何か……理科準備室、薬品棚、専門書、地球儀、模型、首から上が無い骨格標本……骨格、標本。
首から上が……『無い』。
ハッとして顔を上げる。心配そうにこちらを見る深林さんと目があった。
「白露さん？」
「わたし、エルドラドの場所が……分かったかもしれません」
・ ・ ・
理科室は学内だというのに、多種多様な植物が生い茂り、とてもそのまま入っていける状況では無かった。
アマゾナイト・デーモンコア事件の爆心地だ。どうなっていても不思議ではない。
深林さんと慎重に周りを確認した結果、窓側から地学室に侵入することを提案。
わたし達は外から不法侵入のような格好で、目的の理科準備室に向かうことにした。
果たして、準備室内であの骨格標本がわたし達を出迎えた。
一週間前に見た時のまま、首から上が無い……頭蓋骨がちょうど乗せられる状態で。
「なるほど、こちらの標本に水晶髑髏をお返しすると」
「気を付けて下さいね、深林さん。映画の通りなら……」
元の神殿に戻された水晶髑髏は、戻した者に未知のパワーを……『未知なる知識』を授けるはずだ。
わたし達は、おそるおそる髑髏を骨格標本にあてがった。
ピタリ、と首の骨が吸いつく。
すると、ふいに水晶髑髏の眼が輝きだした。
「こ、これは！」
「水晶髑髏の……パワー……！？」
眼から溢れ出した光は集まり、光の柱になりながら壁に向かうと、理科準備室の壁にかかったスクリーンに四角の形に広がった。
見たことがある。
プロジェクターだこれ。
拍子抜けするわたしを余所に、水晶髑髏の光から映像が映し出される。
薄暗い理科準備室で、わたし達だけを観客とした映画が、静かに上映されはじめた。
「これ、って……」
それは、わたしがこのアマゾンを深林さんに発現させるきっかけになった言葉。
深林さんの身に、何が起こっているのか。何が起こってきたのか。
その謎を解き明かす、答え合わせ……彼女の『過去』を映し出すものだった。
・ ・ ・
病院。
小さな少女が、両親に連れられて診察室から出てくる。
幼少の頃の記憶だ。当時のさぐりは体が非常に弱く、体力も無かった。
少し走れば過呼吸を起こし、学校は休みがちで、入退院も繰り返していた。
両親はさぐりに精一杯の愛情を注ぎ、彼女に不自由のない生活を与えてあげたいと強く思っていた。
彼らは献身的に働きさぐりを支え、結果として日中の彼女は家でひとり、ベッドの中にいることが多かった。
必要なものがあれば何でも取り寄せてね、と渡された端末の中のショッピングサイト。ひとりの時間を長く過ごす彼女にとって、それはまさに魔法のようなものであった。
ここで検索すれば、あらゆるものが手に入る。
食料、日用品、おもちゃ、洋服、ゲーム、映画……幼い彼女の孤独は優しく彩られた。
ある時、興味を持って取り寄せた図鑑で知った『アマゾン』。
魔法のショッピングサイトと同じ名前をした、南米の奥地に存在するこの地球上で最大にして唯一の神秘とされる場所。
このサイトにあるものは、きっと全てここから送られてくるのだと、さぐりは強く信じるようになる。アマゾンには全てがある。全ての答えがある。
両親の愛を一身に受けながら、望むものに囲まれて生活をする。
体は弱くとも、紛れもなくこの時、深林 さぐりはこの『王国』の主であった。
「深林さんは、そうしてアマゾンに憧れるようになったんですね」
「……ええ、ええ。そうですね。そんなはじまりでした。よく覚えています」
「今はとっても元気だから、なんだか意外です。大変だったんですね……」
言いながらアイは不思議に思う。
これが彼女の発現した能力への憧憬であるなら、今の彼女の体の強さは。
昔の面影が何処にもない、この日焼けした元気な同級生の力の源は。なんなのだろう。
映像は続く。
スクリーンに一気に多種多様な緑が広がる。
幼少のさぐりが、はじめて能力を発現した際の記憶。
彼女の思い描く『アマゾン』への最初の旅に巻き込まれたのは、彼女の両親であった。
突然、家族3人が見知らぬ熱帯林へとワープさせられる。
病弱な娘を抱えた両親の恐怖はいかほどであったろう。
過酷な環境、人の力が及ばない領域の大自然の脅威。両親はさぐりを守りながら命からがらアマゾンで生き延び、やがて「この現象そのものが娘の覚醒した魔人能力である」という答えに辿りつき、現実の世界に帰ることが出来た。
4日程の旅であったが、気を張り続けた両親は帰還と共にしばらく疲労で倒れてしまう。
酷い目にあった後なのだし無理もない。
さぐり自身は実はこの体験を楽しんでいたのだが、両親には無理をさせてしまった申し訳なさが残った。彼女はそこから元気にふたりを看病し、本調子に戻るまでの数週間、休みなくふたりに寄り添い続けた。
さぐりは、その間もずっと元気だった。
病気がちで体力が無かったことなんて、忘れてしまったみたいに。
「……」
「……まさか」
しばらくして、魔人能力者であることが発覚したさぐりは天凌学園への入学を勧められる。
自身の能力に『天凌スペシャルさぐりちゃん探検隊シリーズ』という名を与え、彼女はこの学び舎へ入学してきた。
人の悩みに寄り添い、人をアマゾンの奥地へ誘い、解決して、解決して、解決して、解決してきた。
先日、飯綱 千狐と共にアマゾンへ行った映像が流れる。
彼女もあのアマゾンの天文台で、問題の答えの欠片を見出し、無事に帰って来た。
その後、彼女は疲労から倒れ、しばらく学園を休んでいる。
魔人の体力がある者であっても例外なく、アマゾンから帰還した者は。皆。
「わたしも……倒れ、ました」
アイは『思い出す』。さぐりによってアマゾンで自身の能力を見つけ、帰って来た時のことを。
全身から力が抜けて、数日寝込んだことを。覚えている。
さぐりは、その間もずっと元気だった。
「深林さん……あなたの能力は」
「私の、能力は……アマゾンの奥地へ行って、答えを見つけて……」
その代償として、体力を奪う。
深林 さぐりの能力の本質は、願望の対価としてのエナジードレイン能力である。
水晶髑髏が、彼女の能力の謎を全て、さらけ出した。
・ ・ ・
「そ……んなつもり、ない、んですよ」
深林さんがよろよろと座り込む。
自分の身体の丈夫さは、彼女がずっと知らずに人から奪い続けてきたものだと知って、困惑しているのだろう。
「深林さん、大丈夫です、大丈夫」
今は学園の皆が、全校生徒がアマゾンにいる。彼女が奪う体力の総量はいかほどだろう。
これまでも深林さんの能力で死者は出ていないという。きっと命までを要求するような能力ではないはずだ。
「はくろ、さん、私……」
それも、今まではそうだっただけだとしたら？
深林さんはきっとこう考えている。今回は能力の暴走がきっかけだった。いつもとは状況が違う。
もし、彼女の能力で誰かを殺してしまうようなことになったとしたら？
彼女は、その奪った命を使って今後を生きることになる。その残酷な想像に耐えられないでいる。
深林さんは、熱帯林の中でもかいているところを見たことがないほど、汗まみれになっていた。呼吸が激しく、目からは涙が滲んでいる。
「……っ、は……ッ！」
「深林さん！」
まずい。
自分の能力を否定してしまっている。
魔人の力は認識による現実の改変、歪みの現出だ。
今まで無意識で頼ってきた『人から得てきた体力』を手放した時、彼女はどうなってしまうんだろう。
さっきの映像で、過呼吸に苦しむ少女の姿が目の前の同級生に重なった。
同じ症状。過換気症候群だ。
対処しないと最悪は意識を失う可能性もある。
二酸化炭素濃度を上げてあげないと。周囲を見回すが手近な袋は見つからない。
苦しそうにこちらを見上げる深林さんと目が合った。
助けなければ。
わたしはとっさに『思い出した』漫画で見た方法を選んだ。
接吻である。
「！ ……っ……」
「……」
落ち着いて。落ち着いて。
大丈夫です、大丈夫ですから。
ああもう、なんでこんな時にお嬢様のことを思い出すんでしょう。
わたしはお嬢様のものですから安心してくだ……何をひとりで考えてるんですわたしは。
しばらく唇を塞いでいると、深林さんが手をぱたぱたさせてきた。
先ほどまでの苦しそうな表情が無いことを確認し、そっと顔を離す。
深林さんは口を開けたままこちらを見て、そのまま慌てた様子でそっぽを向いた。
頬も赤くなっていたように思う。申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「落ち着きましたね」
「……っ、ええその、お、おかげさまで！」
「よかった……って、あれ？」
周囲の雰囲気が先程までと違うのに気が付いた。
高温多湿の熱帯林独特のものから、からりと冷えた秋の深まる、感じ慣れた空気感へ。
準備室の外、窓の向こうには、既にアマゾンは広がっていなかった。
事実に気付いた何人かの生徒が、歓喜の声を上げているのが聞こえてくる。
「……帰れたみたいですね、わたし達」
深林さんは向こうを向いたまま、大きく頷いた。
・ ・ ・
結局、「水晶髑髏で深林さんの秘密を解き明かすこと」に成功したわたし達は、無事に学園ごとアマゾンから帰り着くことが出来た。
能力の暴走から始まったせいか分からないが、現実に帰還した時に進んでいた時間はまさかの10秒ほどであった。
全校生徒や教師の皆も誰一人倒れるということはなく、普通にアマゾン生活での多少の疲労感が残るのみだったようだ。
深林さんが自分の能力としっかり向き合えば、きっと今までの無意識のエナジードレインはすぐに制御することができるだろうと思う。
体力そのものは人から貰って来たものかもしれないが、彼女のサバイバル術の知識や素晴らしい身体能力は、紛れもなく彼女自身の努力で身に着けてきたものだ。
何より、あの能力に助けられてきた人は、わたしを含め大勢いる。
数日もすれば、きっといつもの元気を取り戻して、また競い合ってくれるようになれると信じている。
ちなみに、今回の事件に対して新聞部からの号外は発行されなかった。
深林さんの友人が、気を使ってくれたのだろう。
あの映像を見た今となっては、彼女にそんな友人が居てくれることが、素直に嬉しかった。
「……ふぅ……」
静かに深呼吸をする。
問題があるとすれば、わたしの方だ。
水晶髑髏が映し出した映像は、間違いなく深林さんの秘密を明らかにするものだった。
それが深林さんの能力による「答え」であったし、無事に帰ってくる結果に繋がったのだと思っている。
だが。
わたしが『記憶した』あの映像の中には、わたしのもっと深いところにある疑問への答えもまた提示していた。
わたしが恐れていることを。最も怖がっていることに対しても、アマゾンは『答え』をくれていた。
わたしは再度『思い出す』。
映像の中にあった、深林さんが病院の診察室から出てくるシーン。
その廊下の向こうに、別の課の診察室から出てくる人影が映っていた。
主役の映るフィルムの向こう側。
流し観ていても決して気付かない、背景描写。
だが、確かにそこにいたのだ。
幼い絶佳お嬢様と、その両親が。
……正確には、わたしの本当の両親が。
3人が、手に書類を持って診察室から出てくるのが、映っていた。
書類には、『DNA鑑定結果』と書かれている。
つまり。
つまり、あの人たちは皆『知っている』のだ。
わたし達の事実を。
取り換えられ育てられた、現実を。
「……」
詰まりそうになる息を整えて。
わたしは、あの人に会いに行く。
大好きな、お嬢様に。