Unsolved Mystery

「今日の予定は、と……」

わたしはやることを指折り数える。
寮で勉強、これはいつものこと。よほどのことがない限りは常駐させることで他の分身の帰還ポイントに慣れる。
演劇部で劇の見学。前夜祭の劇の主役を目指すならそっちの勉強も欠かせない。
そして三本ほど使って見学したわたしの情報を元に練習する。いかに人気が高くても演劇そのものが出来なければ見向きもされないはず。
一本はクラスのみんなと遊ぶことにして……。

そういえば劇の情報を集めていたら気になる噂を聞いた。
あらゆる謎と悩みの答えを持っている少女、深林さぐり。高校2年でわたしより年上だから先輩になるのかな。
何でもアマゾンの奥地に自分ごと送り込み、そこで謎の答えを得る、らしい。
答えを得られるという話が本当ならわたしの目的も早く達することが出来る。
話を聞くに今は天文部の方に行ってるとか。宇宙の謎でも解くつもりなのだろうか。
やることは決まった。わたしの尻尾はいま四本。三本で天文台に行き、残り一本は下の部室棟で様子を見つつ待機。
意を決して天文台の扉を叩く。

「こんにちはー」

中に入るとそこには疲労で倒れたと思しき学生数人、そしてその中心で満足気に笑っている、灰髪の中性的な容貌をした高等部の人。
彼女こそが深林さぐり先輩に違いない。

「おや、あなたは……?」
「飯綱 千狐です。あなたがさぐり先輩ですね。探しましたよ」
「ほほーぅ、私をお探しとは。何かわからないことでも?」

わたしは唾を飲み込んだ。本当にこれで解決できるなら、奇跡に頼らなくてもいいかもしれない。

「実はかくかくしかじかで……」

自分が孤児であり、流れ流れて天凌学園ここに来たことを話す。
身元や正体は伏せて。話がこじれるし、本題と関係ないから。

「なるほどなるほど、それはさぞ大変だったでしょう」
「それで、わたしは『自分が生まれたところを知りたい』んです」
「ふっふっふ、心配ご無用。その謎の答えもアマゾンの奥地に存在します!」

そう言うと周囲の空間が歪み、撓み、捩れ……。
かくして我々探検隊はアマゾンの奥地へと向かうこととなった。

ふと気づくと、空気は蒸し蒸し、周りは鬱蒼とした熱帯雨林に変わっていた。

「さぁ、あなたの生まれたところもアマゾンの奥地にあるはずです!」
「絶対違うと思うけどなぁ」

記憶にある故郷はもっと空気は涼しく、普通の野山、そして日当たりのいい草原。
少なくとも南米密林の環境とは程遠い……はず。

「ご心配なく! 毎回謎は解けますから。私がここにいるのがその証拠!」

曰く、謎が解明されたら帰れるとのこと。
帰ってなかったらわたしを連れてまた来ることもなかったという理屈ではある。

「でもこれだと歩きづらいから……」

ぼふっと煙が出ると同時にわたしの姿を狐に変える。

「おお、変化の術ですね。噂には聞いてました!」
「こゃーん」

人の喉と違うせいか、ちゃんと喋ることは出来ない。
大人の妖狐は妖術で念話とかも出来るらしいけど、わたしはそれを習っていない。

「それでは行きましょう! いざ、千狐ちゃんの生まれ故郷へ!」

意気揚々と歩くさぐりさんの後をとてとてとついていく。
その後のことはだいぶ曖昧だった。

草木をかき分け、

「こっちですよ、千狐ちゃん。遅れないでくださいね!」
(迷いがなさすぎる……!)

大河を渡り、

「ほらほら、漕いで漕いで! ピラニアの餌になっちゃうよ!」
「元に戻ってって言われたから戻ったらこれとか……うわーん!」

山を越え、

「崖から落ちたらこの環境で鋭く研がれた岩山にズタズタに引き裂かれますからね。足元注意ですよ」
「どうしてこんなことになっちゃったの~……?」

砂漠を抜け、

「もうアマゾンの密林でもなんでもないですよこれ。どういうことなんですか!?」
「あんまり喋ると干からびますよ。ほら布かぶって。あと狐になってたほうがいいかも」

洞窟に入り、奥へ、奥へ……。

「これは自然形成された洞窟じゃないですね。人の手が入ってます」
「どうしてわかるんですか?」
「ほら、人の手による明かりがついてます」

さぐり先輩が指差す先には松明が。
松明は一定間隔でかけられており、明かりに困ることはなかった。

「不気味ですね、さぐり先輩……」
「でもそろそろ謎が判明するはずですよ」
「根拠は?」
「勘!」

そんなことを進んでいくとそこにはわたしと同じ妖狐がいた。それも何人も。彼らは一列に並んで奥に向かっていた。

「何でしょうね、これは。いよいよ生まれたところがわかるのでは?!」
「これ絶対違うと思いますよ、さぐり先輩……」

列の横を通るように奥へ、奥へと進んでいく。妖狐のみんなは誰も彼も生気がなく、わたし達が横を通り過ぎても一切意に介すことはなかった。

「ここが最奥ですね……ありゃ? まさかアレが!?」

さぐり先輩の指差す先には、赤黒い池。列はそこへ続いていた。

「……え」

何かがおかしいと思った刹那、どぼん、と音がした。それは並んでいた妖狐の飛び込む音。
沈んだひとたちが浮かび上がってくることはない。

「ちょ、ちょっと待って!?」

わたしはたまらず飛び出したが、見えない壁に阻まれた。

「へぶっ」
「まぁまぁ落ち着きましょう」
「落ち着いてられないよ!?」
「こういうのはたいてい何らかのメタファーなのです。謎っていうものはそういうもんです」

うぅ、と虚空にぶつけた鼻をさすりながら首を傾げる。

「どういうこと?」
「つまりこの状況から察するに……こんな感じのとこだったのでは?」
「そんなことないもん。だいぶ昔のことだけど、お日様がぽかぽかで、風の気持ちいい草原があって……こんな地獄みたいなとこじゃないもん!」

わたしの反論に今度はさぐり先輩が首を傾げる。

「はて、これはどういうことでしょうね。毎回最終的には謎を解くきっかけは得られてたのだけど。実は外界から見たらこんな感じだったとか?」
「素朴な村ではあったけどここまでひどくはないと思う……」

むぅ、とわたしは頬をふくらませる。故郷を地獄みたいなところと形容されていい気する人はあまりいないだろう。
……ふと、ある考えがひらめいた。

「ここが最奥なのかなぁ」
「でしょうね。謎の解釈は帰ってからでも出来ますから、こんな感じだったってことでそろそろ帰りましょう!」

さぐり先輩がそう言うと周囲の空間が歪み、撓み……

「さぐり先輩、知ってますか? こういうあの世みたいなところから戻るとき後ろを振り向くと同行者がいな」
「えっ」

さぐり先輩が後ろを向くと同時にわたしが消え失せる。

「ちょ、ちょっと、千狐ちゃん!? 嘘、嘘でしょ!?」

消えたぶんのわたしは部室棟で待ってたわたしに合流しただけ。
そっと扉に聞き耳を立てて様子を見る。

「そ、そうだ、これは謎です! アマゾンの奥地に行けばきっと居場所もわかります!」

その声とともに空間が歪む音。その後1分もしないうちに同じような音。
扉を開けるとそこには涙目のさぐり先輩。

「千狐ちゃんどこいってたんですかぁぁあ! 三日三晩探したんですよ!」
「わたしの感覚では1分経ったかどうかですが……」

なんとかなだめて天文台を後にする。
その後、二人で話し合ってあの場の解釈をし合ったものの、結論は出ずじまいであった。
ちなみにわたしを探したときはアマゾンの奥にあったという泉でわたしが学校にいることを知った、らしい。
当初の目的は達成できなかったものの、いい経験になった、と思う。
プランに変更なし。地道に頑張って奇跡を目指し続けよう。

――その後、自身の体験を一人芝居として演劇の練習がてら放課後に演じたところそこそこウケがよかった。
また、深林さぐりに解けない謎を突きつけたという評判も相まって飯綱千狐の人気は高まった。

なお、彼女たちがアマゾンの最奥で見たあの光景は飯綱千狐の提示した謎の回答そのものであった。
千の妖狐を犠牲に、将来の長として生み出されたデザイナーズフォックス、それが飯綱千狐。
あの光景は彼女の生まれたところそのものであったのだ。

 

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