血反吐、地辺土、業愛併呑

暮れた夜に月の光を混ぜて喉の奥に落とし込んでいく
錆び付いた夕暮れが、流動する緋となって今も染みついて離れない
夕暮れが錆び付く度に、僕らは夜へと蒼褪めていく
月はもう、見えない

                ――――was moon really here ?
                ――――really here ?

◇  ◇  ◇

何もかもがうち捨てられた。それでも残骸を積んで。お前は月を目指すのか。

「やー・・・分かってはいたけどさ」

キッツいわ、これ。

手伝うのと参加するのとではあまりにも違いすぎた。
求道匠はそう痛感することになる。

仰向けになって空を見上げる。

錆び果てたニオイのする廃棄場で、痛む頬をさすり軋む腹を抱え、求道匠は痛感する。
主役を狙うための暗闘暗躍、ここまで苛烈なものであったのかと。

『諦めろ』と、主役を狙うありとあらゆるなにがしかの悪意が鋼鉄の輝きを錆びさせる。
見上げればそこには、壁に四角く切り取られた窮屈な空。
校舎に囲まれた片隅で、何もかもがうち捨てられた錆び果てたニオイのする廃棄場には。
満天の空は届かない。

「奇跡なんてものが、そんなに上等なものなのかなあ?」

独りでいるからか、つい口調が荒れる。
鋼鉄が赤錆びて。けほりと、流動する緋の匂いを滴らせる。

わたしは、ただ。

奇跡がおまけでしかないくらいの。

素晴らしい劇を―――――

『じゃり』

足音が、聞こえた。
暗転。

◇  ◇  ◇

彼は、人の形をしていた。
「――――ここ、使っても?」

鬱屈して鬱陶しく陰鬱な碧色。
それが傷ついて赤錆びているこちらを気にすることもなく、ただこの場所を使わせろと聞いてきた。

「あ、はい。ごめんねー?」
校舎に囲まれた片隅の隅に体を寄せて、それを招く。
人の形をしていると思った。
碧色の髪を伸ばした。蒼褪めた肌をした。人の形をした馬。

彼は、人の形をしているのだと、思った。

◇  ◇  ◇

彼は、ここに演劇の練習をしに来ているようだった。

【匠は、このままだといい劇にはできないと思ってるんだね】

極彩色の呪いを吐く。
どの日どの時どの瞬間であろうとも、彼は常に呪詛を吐く。

【匠はどう思うの。どんな人が主演ならいい劇になる?】

独り、一人。校舎裏で馬が踊る。
碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬が、極彩色の呪いを吐く。

【謝ることじゃないよ。私たちの力不足だったんだから】

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色。
その光景に、私はふと、一年前のことを思い出していた。

【それは『お前は何にも成れねえ木偶の坊』だって最後通牒なのさ】

顔も似ても似つかない・・・・・・・・・・目の前の蒼褪めた馬が。その踊りが。
去年、演劇部で見た極彩色の太陽とダブって見えたから。

【お前は何ものにもなれやしないってな】

3つもの演劇部を廃部に追い込んだ、魔人能力としか思えない異常なる演劇。
極彩色の太陽を携えて、それがただの熱を持った演劇だと思い知らされた時。

【ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた】

極彩色の太陽は悉くを灼きつくし、演劇から離れられない亡者たちを残して去っていった。
将来への不安だの才能だのと言ったくだらないものは、彼らの心には残されていなかった。

【広い門の下には、この男のほかに誰もいない】

アイツのことが頭から離れない。
アイツの言葉が耳から剥がれない。
アイツの悉くが口から吐き出される。

【どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない】

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色ごうとあい

【選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、餓死をするばかりである】

例えその先が餓えて潰える野垂れ死にだとしても。
動かなければもう、世界は色付かないことを知ってしまったから。
だから僕らは業も愛も併せて呑み干し、極彩色ごうとあいを撒き散らすのだ。

【外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである】

下人の行方は、誰も知らない。

◆  ◆  ◆

血を吐くように呪いを撒き散らす。このうち捨てられた地で撒き散らす。
俺達全員が撒き散らす。このうち捨てられた辺土で撒き散らす。
業も愛も併せて呑み干し。もう一度。何度でも撒き散らす。
もう一度。何度でも。

校舎に囲まれた片隅で、何もかもがうち捨てられた錆び果てたニオイのする廃棄場。
四角く区切る校舎は、廃棄場を上より見下ろす高き壁である。
そんな壁の一角で。幾人もの魔人たちが倒れ伏していた。

【酒力 どらいぶの能力には条件が存在する】

魔人たちは暴の力を持って他勢力に妨害を行うような勢力の一角であった。
先ほども一人きりでいた魔人に暴を示したばかりである。
死なせはしない。ここでは死ねばすぐに回復するのだから。
回復する程度ではない攻撃で活動の阻害を行うのが最も効率的な暴の使いかたなのだから。

【該当する魔人能力者が条件を満たすことで対象にスイッチが形成される】

「お前、は・・・」
そんな効率的な暴をわきまえた集団は。
そんなことを弁えない理不尽に今蹂躙され尽くしていた。

【形成されたスイッチは、対象が禁忌と考えていることを行うことで発動条件が満たされる】

「まあ、うん・・・なんなんスかね。まあ、要するに」
理不尽の名前は、荊木 きっどと言った。
「『今回』はそういうことをする参加者も少ない。暴の力は少数派なんでね」
「ノイズになるからうん、まあ・・・木っ端の暴力組はとっととすっ込んでて欲しいってことッス」

【発動条件を満たしたとき。対象の精神は――――】

「お前は・・・誰、だ・・・!!?」
碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬。
その馬の疾走は見るもの全てを灼きつくす。

【この能力の名前と概要は、本人すら把握していない】

「・・・わかってるでしょ?あんたと同じッスよ、『センパイ』」
灼きつくし。魅了して。後に残るは全てが色褪せて見える灰色の世界。
そして酒を呑み舞台に臨み、全てを灼きつくした馬は、今こうしてここにいる。

【どんな能力なのか・・・本人含めまだ誰にも分かっていない】

「俺達は、『蒼褪めた馬』」
「あの碧なす髪を頭に振りかざして、走ってればいいんスよ」
そう言うと、荊木 きっどは校舎の窓から廃棄場を見下ろした。

【おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ】

アイツのことが頭から離れない。
アイツの言葉が耳から剥がれない。
アイツの悉くが口から吐き出される。

【ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言ったんです】

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色ごうとあい
荊木 きっどは、踊っている馬を止めずにずっと眺めている。

【ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ】

それでもいいと思ってしまっている自分が居る。
もう俺もすでに。彼の極彩色ごうとあいに灼かれつくしてしまっているのだから。
この色褪せた灰色の世界で。
あの馬だけが、極彩色ごうとあいを振りまいている。

【外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである】

下人の行方は、誰も知らない。

◇  ◇  ◇

目いっぱい、手を伸ばす。空の星に。誰かの背中に。衣裳部屋のハンガーに。
小さな体では、そうしなければ届かないものばかりだ

求道匠は実のところ奇跡を求めてはいない。そもそも主役を目指すというのもポーズに過ぎない。
彼女の目的は「主演に相応しい人物を見つけること」だ。
他の候補者に対しては主役足りえる条件とは何かを問いかけるつもりでいる。
その答えが納得できるものでないなら相手のことは死んでも認めないだろう。

【うん! 本当はね、私が主演をするよりももっと相応しい人を見つけたいんだけどね。どうなるかわからないから大道具以外もできることをやってみようって思ったの!】

だが、それでも。
『諦めろ』と、主役を狙うありとあらゆるなにがしかの悪意が鋼鉄の輝きを錆びさせる。
見上げればそこには、壁に四角く切り取られた窮屈な空。
校舎に囲まれた片隅で、何もかもがうち捨てられた錆び果てたニオイのする廃棄場には。
満天の空は届かない。

【他の人たち、そこまで劇のこと考えてくれるかな。私たちみんな魔人だもの。会っていきなり殺されちゃったりして】

それでも、なお。
わたしは、ただ。
奇跡がおまけでしかないくらいの。
奇跡がおまけでしかないくらいに。
奇跡がおまけでしかないくらいな。
素晴らしい劇を―――――!!

【んー、でももう決めたから!】

今からあなたに何を話そうか。どうやってこの思いを伝えようか。
考えるより先に体が動いていた。体より先に、口が動いていた。
口よりも先に、心が動いていた。心よりも先に、何かが揺さぶられていた。
とにかくこの振動を、何よりも誰よりも、この人に叩きつけたくなったんだ。

【匠はどう思うの。どんな人が主演ならいい劇になる?】

―――ってオイオイ気が早い、随分と気が早いぞ『私』よ。
「ねえ!私の名前は求道匠!!」
まだ一人目で、いや、一人目かすら分からない。
ただこんな世界の片隅で、演劇をするのが趣味の変な人なのかもしれないのだから

【わかんない!】

それでも。

「あなたのお名前、なんていうの!?」
この人はきっと私みたいに演劇が好きで好きでたまらない人なんだろうなと、そう私は思ったんだ。

【とりあえずは立候補した他の人たちにも話を聞いてみようかなって思ってるよ!】

かくて赤錆びた鋼を湛えた妖精は、碧色の馬と出会う。
四角く窮屈に区切られた夜空の下で、今確かに聖戦のゴングは鳴らされたのだ。
奇跡は未だに起きることなく。
二人はまだ、満天の空を知らない。

Dangerous Gymnasium SS Ring the Bell
First round First match

血反吐JIHAD地辺土THE HENCE業愛併呑GO AHEAD

―――聖戦の始まりだ、前へ向って往け
―――JIHAD THE HENCE GO AHEAD

◆  ◆  ◆

「ああ」

「キレイっすよ、センパイ・・・」

「でもね」

「ずるいッスよ、センパイ」

「それは、俺のものッスよ」

「そんな小娘のものじゃ、ないんスよ」

◇  ◇  ◇

閉じた瞳で見た極彩色の舞台
空っぽのふりも出来ずに
終焉まで奔り続ける
そうじゃないと

もう

何も見えない

                ――――hello goodbye where am I !
                ――――where am I !

 

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