アイの証跡

「演劇専修科、ですか?」
「うん。おばあ様からは芸術か演劇を、って話だったから。せっかくなら身体を動かしたくて」

 中等部卒業前の記憶だ。
 寮の部屋。四季巡しきめぐり 絶佳ぜっかお嬢様と、高等部の進路について話した時のこと。

「お家は、私に『芸術について学んできた』っていう箔が欲しいのね」

 というわけで、とお嬢様は鞄をあさる。
 いくつかの紙片を取り出して、ベッドの上に広げて見せた。

「お嬢様、これは……?」
「ふふ、公演チケットよ。やるからにはまず興味を持たないと。春休みの間は、舞台をたくさん観ましょ?」

 おお、そう来ますか。
 お嬢様は無邪気な笑顔をこちらに向けながら、円盤もあるよ、と鞄からどんどん箱を取り出していく。全部演劇作品だ。なんだか数が多い。

「ものまねも得意だし、アイならきっとすっごい役者になっちゃうかもよ?」

 根拠の無い、けれど決して悪意も無い期待のまなざし。
 いつも、この人はこうしてわたしを連れていく。新しい景色を、いつだって一緒に見せてくれる。
 これまでもそうだったし、きっとこれからもそうなのだ。
 
 だからわたしは観念して、その瞳に応える。

「……分かりました、ご一緒致します」

 共に、演劇専修科へ。

 

 ・ ・ ・

 

 天井……ではない。空だ。

 空? なぜ?
 朝の目覚めの描写をしようとしたのだけれど。

 視界の端から日差しが差し込み、まばらな雲が流れていく。
 身体の自由はきかず、なぜだか妙に心地良い揺れが続いている。

 どうやら縛られた上で、人に担がれ運ばれているらしい。
 寝起きの回らない頭が、常と違う状況に想像を巡らし、瞬時に冷えていく。

 誘拐。拉致。

 どうして。どうやって?
 四季巡の令嬢であるお嬢様がターゲットなのであれば、期待できるリターンもあるのだろうか。
 いや、それでもよりによって魔人だらけの天凌学園の寮に忍び入ってやることではないだろう。
 ではこの状況は? お嬢様は無事なのだろうか?

「おや、お目覚めですか、白露はくろ アイ様」
「へ?」

 まとまらない思考の中で、誘拐犯に恭しく話しかけられてしまった。
 想像以上に間の抜けた声が出てしまう。
 
「もう少々お待ちください。間もなく、坊っちゃまのご指定の場所に到着致しますので」

「……はぁ……?」

「校舎へ入ります。ああ、ちなみに制服はこちらでお着付けさせて頂きました。ご安心を」

「……はぁ!?!?」

 どうやら、寝てる間に誘拐犯によってパジャマから制服に着替えさせられたらしい。
 わ、わたし、なんの実績を解除したんです?

 

 ¥ ¥ ¥

 

「黒畠より通信。ターゲットの屋上への誘導、成功した模様です」
「うむ」

 天凌学園、上空。
 高度2000mを舞うヘリコプターの中で、僕は操縦士の報告に短く答えた。
 今朝は、傍らに教育係の黒畠は控えていない。
 彼には仕事を任せており、そしてその仕事は完璧にこなされたようだ。
 僕も地上へ降り立たなければならない。

「行くぞ。僕はうたを届けに行くのだ。」

 ヘリコプターのドアが開く。パラシュートは装着済みだ。

「……ただし! それが響くのは、それが奏でられるのは今ではない!」

 勝利の凱歌。
 この鐘捲かねまき 成貴なるきに今求められる、前夜祭の主役という栄光の果てにある歌。

 それを高らかに響かせるために、僕は征くのだ。

「……『ファンタスティックスカイ・イリュージョンショー』!」

 ヘリコプターのドアが開き、空を埋め尽くさんばかりの一万円札の紙吹雪が舞う。
 否、万札ばかりではない。
 その中に、きらきらと朝日を反射した輝やきが混じる。

 コンサートなどのフィナーレで、客席に向け放たれる銀色のテープはご存知だろうか。
 一万円札に混じり、そのテープが空中に舞い飛んでいる。

 ただし、

「純金製だ」

 つまりは金テープ。
 学園上空は今や、太陽の光をいくつも反射させた天上の輝きに満ち溢れていた。

「ハーッハッハッハ!! おはよう貧乏人ども! いい朝だね!」
 

 学園屋上に、これから僕が相対すべき者が待っている。
 全身に風を受けながら、その手に握りこんだ螺鈿細工に力を込めた。

 大丈夫。
 僕なら、やれるはずだ。

 

 ・ ・ ・

 

 天凌学園屋上には、浴びるほどの一万円札と金テープが降り注いでいた。
 無論、紙吹雪は屋上の範囲に収まるはずもない。
 校舎を取り囲むように金は舞い落ち、校舎周辺ではこの現象の発生源である彼を讃えるパレードが絶賛開催中である。

「うおー鐘捲様ご登校おめでとうございます」「金を!」「文化祭の出し物はいかがですか!」「ゲッヘッヘ、ギムナジウム、ギムナジウム」「金をくれ!」

 パレードには学生だけでなく先生なども含まれている。
 先日までは宇宙生物や異次元人、精子、モヒカンザコ、ビッチ、レイパー、不審者、悪霊、呪い、ぐりずりー君なども含まれていたのだが、いつしか学園周辺でそれらの存在が目につかなくなっていた。

「白露 アイ、と言ったな」

 パラシュートを広げ、屋上の給水塔に降り立った少年がこちらを見下ろし、声をかけてくる。

 何度か目にしたことがあるため、『覚えて』いる。小学部の鐘捲 成貴君だ。
 去年の文化祭でもとんでもない出し物を企画していた、規格外のお金持ち。ご覧の通りの羽振りの良さ、というか過分にバグった金銭感覚を持つが故に、彼を支持する派閥も大きかったはずだ。

 わたしを運んできた黒スーツの誘拐犯は、屋上の出入口のところに控えている。
 恐らく、人をここに入れないため。そして、わたしを逃がさないためだろう。

 ここにわたしを連れ出したのは、目の前の彼ということなのだろうか。

「あの、突然連れてこられたんですけど、これは貴方が……?」

「フ……話は聞いているぞ! 白露 アイ!」

 いや、話を聞いてください。

「キミは前夜祭への主役に立候補したひとりにして、現時点で既にまずまずの注目株となっている!」

「……へっ?」

「有望そうなは確保し連れてくるように、と黒畠に命じていてな」

 あ、ああ……そういう用事でしたか……。
 最初にお嬢様から主役の立候補を勧められた時に、この手の荒事の予感はしていたけれど。

「そう!! 僕も『立候補者』だ! ゆえに僕たちは戦わねばならない!!」

「ええー……」

 小学部の子から勝負を挑まれるのは想定外だった。
 どうしたものかと反応に困っていると、彼は手に持った鮮やかな細工の棒を眼前に掲げる。

 ……待って。あれ、棒じゃないですね?鞘?

「僕の得物はこの家宝の刀剣……安綱やすつなに打たせた伝家の宝刀だ。黒畠」

「はっ。恐れながら解説させて頂きます」

 黒畠と呼ばれたスーツの誘拐犯が語り始める。
 
 鐘捲家の武人としての家系は平安中期にまで遡るという。
 武士として名を上げた当時の鐘捲家が伯耆国の刀工に命じ作らせたのが、あの刀剣であったそうだ。
 めい 安綱やすつな。鑑定すれば間違いなく国宝と呼ばれ得るその逸品は、かつて太刀であったその刀身を現在に至るまで磨り上げられ、鐘捲少年の手によく馴染むものとなっていた。

 傍らから、誘拐犯がわたしの前に跪き、もうひと振りの刀を掲げてくる。

「さぁ剣を取れ! 僕の家宝と比べれば遥かに劣る、せいぜい重要文化財程度の品ではあるが、それでも勝負にはなるだろう!!」

 きっとこれもすっごい高いやつです。
 えっ。これからこの超高額な美術品でチャンバラする気ですか?

 

「話を……! 平和的に話をしましょうよ……!」

「ならば僕に勝つことだ! そして褒美としてその機会を得るといい!」

 打ち合ってみてすぐに驚かされた。この子は、強い。

 わたしにもお嬢様のお付きとして簡単な護身術や空手などの経験、覚えはある。
 だが真剣を、『人を殺せる道具』を握る機会というのは流石に経験していなかった。

「どうした白露 アイ! そうだ忘れてた『まいった』って言った方が負けだからね!」

 その膂力は同じ魔人とは思えないほどに軽い・・・・・・・・・・・・・・・。だが、それなのに。
 剣を扱う才。己を信じて磨いてきた、研鑽のさなかにあるその輝かんばかりの技の冴えに圧倒される。

「……っ」

 この学園では、人が死ぬような事態も確かに起きてはいる。
 起きているが、それはほとんどの学生には縁遠いことなのだ。大量破壊兵器とかが炸裂することとかもあるけれど、保健室リスポーン祭りなんかもあるけれど、それでも縁遠いのだ。

 互いの手の中の刃のきらめきは朝日を浴びて塗れたように冷たく威圧感を放っていて。
 わたしは少年の剣を受けることしかできずにいた。 

「うあっ!」

 がしゃん、という音と共に背中に衝撃がある。屋上の落下防止フェンスだ。
 端まで追い詰められていたらしい。眼下に視線を向けると、金を集める学生たちのフィーバーが広がっている。
 地上までの高度に冷や汗が流れ、また恐怖が心を支配していく。

 少年の突きが飛び込んでくる。
 慌てて横に飛びのき逃れた。急な運動と緊張感で息が切れる。

「お嬢様……っ」

 大切な存在に、縋るように小さく呟いた。
 彼女は今、ここには居ない。

 

・ ・ ・

 

「アイ……!」

 朝目覚めたら、ふたりの部屋からアイが居なくなっている。
 そんな怖くてたまらないことが本当に起こるとは思っていなかった。
 
 まさか。まさか。

 思考を支配する予感を振り払うように慌てて寮を飛び出し、友人の何人かの感知系能力者に連絡を取る。程なく、アイが黒スーツの男に拉致されていたこと、学園の屋上にいることが判明した。

 そっと安堵する。

 階段を駆け上がると、屋上へのドアの前に黒スーツの男が何人か待機している。
 奥ではアイがお金持ちの小学部生に決闘を挑まれているらしい。彼らは人払いの人員だろうか。

「ど……」

 どきなさい、と声に出しかけて、それを留める。
 そうじゃない。私が今『声に出すべき』言葉は、きっと……。

「おはようございます、通して頂けますか?」

 黒スーツがこちらに気付き、進路を阻むようにこちらを向く。

「一般の生徒さんですか? すみません。今、屋上は」

『私は、あなた方の主人が今戦っている白露アイの主人です。私には自分の従者の戦いを見届ける義務があります』

 言葉を紡ぐ。はっきりと意思を持って、穏やかな口調で。

『私を通さないことで、あなた方の主人は決闘相手に礼儀を尽くさなかった、と誹りを受けることになるのは……従者としては避けるべき事態ではないですか?』

 黒スーツの男に動揺が見て取れる。
 あと何回かでいけそうですね。

 

 ¥ ¥ ¥

 

 成し遂げねばならない目標があり、そこに至るために必要なことは何か?
 僕は、その問いには迷いなく「覚悟」と答えるだろう。

 勿論、前提として僕は金の力を信じている。
 金の力があればこの世に実現できないものはないと、心の底から信じている。

 だが彼女は……不和頼 えみは笑ってくれなかった。
 彼女の才を、持ちうる全ての輝きに見合う金の力を示してみても、彼女は笑ってくれなかった。

 ならば、やはり必要なのは「覚悟」なのだ。
 彼女に笑ってほしい。成し遂げたいもののために「覚悟」を持って挑むことが必要なのだ。
 この僕、鐘捲 成貴に与えられた唯一絶対の道なのだ。

 若い僕を見ていてほしい。天のママン、グランマも。

「僕は……『てん』を『しの』いでみせるッ!!」

「うあ……っ!」

 僕の安綱かたなと、相手の握る刀がかち合い、金属音が響く。

 目の前の高等部の女性、白露 アイは剣を扱うことに長けているわけではない。
 心得の無いものを一方的に攻めることに躊躇いがないと言えば嘘になるが、それ以上に怒りに似た感情が僕を動かしている。
 
 彼女には「覚悟」が全く感じられなかった。
 
 前夜祭の主役になり、鐘を鳴らすことを自ら表明する。それは実質、現在の天凌学園の全ての生徒の上に立つということに他ならないのではないか。
 絶対に、何を賭してでも、どんな事態が訪れようとも。それを表明したのであれば成し遂げようとするべきなのではないか。
 少なくとも僕はそのつもりでいる。そのつもりで黒畠に命じたのだ。

 だから、手に持った刀に怯え、死んでしまうことに怯え。
 あまつさえ『こちらを傷付けてしまうこと』に怯えている彼女の「覚悟」の無さに、落胆すら感じていた。

「やっぱり、止めましょう……こんなっ」

「何故だ! 成し遂げたいもののために剣を振ることに躊躇いなどあるものか!」

 僕には主役を目指す「覚悟」がある。

「使用人風情が主役を目指すなど……掲げる願いも、主人の器も程度が知れるな!!」
 

「……は……?」
 

 目の前の彼女の雰囲気が変わった。

「使用人風情と……主人の器が知れると……仰いましたか……?」

 彼女は弾かれたように真っ直ぐに飛びついてくると、刀を絡ませ鍔迫り合いの格好になる。
 そこに先程までの消極的な姿勢は無い。ただ力任せに刃を押し込んでくる。

「そちらの……黒畠さん、でしたよね。彼だってあなたの為に全力で尽くし、動いている」

 怒らせてしまったようだ。
 ただ、これは僥倖かもしれない。彼女の「覚悟」の強さが伺えるかもしれない。
 やはり試練は互いの持てる全てを出し尽くした上でなければならない。

「お嬢様の願いに応えることは……付き人の、最も大切な……願いです!」

 魔人の膂力に頼っただけの乱暴な切り払い。
 それに耐えきれず、僕の身体は数メートルほど吹き飛ばされた。素早く体制を整える。

「アイっ!!」

 そこに、屋上への侵入者の声がかかった。

 

 ・ ・ ・

 

 お嬢様を馬鹿にされた。
 わたしの、大切な……大好きなお嬢様を。

 顔がかあっと熱くなって、ものすごく腹が立ったかと思えばとても悲しい気分になって。
 夢中で駄々っ子のように暴れてしまった。少し恥ずかしい。

 でも、そのおかげで自分の気持ちに気付けたかもしれない。

 わたしは『前夜祭の主役になること』そのものには……やはり、まだ本気にはなれていないと思う。
 目の前で確かな意思を持ってわたしに向かってくる少年の気迫は、自分には持ち得ない熱を感じた。
 その熱には『覚え』があった。本気で物事を変えようとする、その気迫。
 実際に願いを叶える資格があるとすれば、そういう気迫にこそ宿るのかもしれないと思った。

 ただ、わたしにも譲れないものがある。
 

 お嬢様が願ったことだから。愛するあの人が、そう望んだから。
 これだけだった。凄い。驚くほどシンプルだったけれど、逆に視界がすっきりする心地だった。
 
 お嬢様が、そう願ってくれている。
 ——そうだ。だから、わたしは主役になるのだ。
 

「アイっ!!」
 

 その声が耳に届いて、本当に嬉しかった。

 お嬢様が屋上まで来てくれている。
 わたしを見つけてくれたんですね。お手を煩わせてしまってすいません。
 そういえば、朝のルーティーンをしないままでしたよね。後で一緒に行いましょう。

 悦びで緩みそうになる口元を抑える。
 まだ少年とのやり取りは終わっていない。
 
 そこに、

「アイ! 『思い出して』! 2.5次元!! あなたは殺陣を見たことがある・・・・・・・・・・・・・・!!」

「!」

 お嬢様が、きっかけをくれた。
 

 見て覚えろ、見て盗め、という言葉がある。
 
 聴衆の視線を釘付けにする4回転ジャンプも。
 スタジアム中を興奮の渦に叩き込むダンクシュートも。
 息をのむような緊張感と解放感溢れるパルクールも。

 わたしはその映像を頭の中で何度も『思い出し』続けることで、そのコツを学ぶことができる。

 一度では人間離れした神業にしか見えなくとも。
 十度であれば。百度、千度と繰り返し再生すれば。
 体の動かし方、必要な筋肉の使い方……視線、体幹、覚悟。様々な要素を学び取れる。
 『記憶の地平線レミニセンス・ホライズン』によって理解した理に沿って、魔人の身体能力がわたしを動かしていく。
 
 要するに、魔人のフィジカルに物を言わせて無理矢理再現する精巧なものまねだ。
 見様見真似の域を出るものではないが、これによって何度も助けられてきた。
 

 記憶を検索。対象は「刀を使った芝居を観た経験」。
 すぐにヒットする。中等部三年の春休み……刀の神様が戦う2.5次元の舞台をふたりで観た記憶だ。

 圧巻の殺陣だった。

 舞台用に軽い素材で作られた刀ではあると思うが、その取り回し、絵になる動き。
 体術を組み合わせながら身体を大きく見せつつ、観客の注目に合わせ絶妙な止めを作る。
 何よりも「受け役を決して傷つけない技量の高さ」が、今求める条件に見事に合致していた。

 それを『思い出す』。脳内で瞬時に。何度も。何度も。
 足運びを。重心の移動を。達人の如き振る舞いを。何度も。何度も。

 能力の過剰使用で頭がずきずきと痛み出す。

 ……でも、行ける。これなら。

 

 ¥ ¥ ¥

 

 突然、目の前に熟練の剣士が現れた。

 否、そのように錯覚してしまう程の動きであった。
 白露 アイは屋上にやってきた彼女の主人らしき女性から言葉を受け取ると、少しの間沈黙したのち、突然流れるような足運びで刀を取り回し始めたのだ。

 ひとつひとつの動作が速く、重い。
 洗練された技術に魔人の身体能力が乗ることで、その勢いはさながら暴風のようだった。
 
 対応が遅れる。隙が晒されてしまう。「死」が、頭によぎる。

「っ……僕は……成し遂げたいことが……っ」

 纏わりつく恐怖を振り払うために、吼えた。
 僕の「覚悟」は、まだ。

 まだ、こんなものじゃない。

「彼女を……笑顔にしてみせるんだ……!!!」

「っ!!」
 
 
 金属音がひときわ大きく屋上に鳴り響いた。

 僕の手から弾き飛ばされた安綱かたなが宙に弧を描き、黒畠によって受け止められる。
 白露 アイは、彼女の刀を僕の喉元に突きつけ、動きを止めていた。

「……まいった」

 潔く認めよう。彼女は間違いなく、僕を凌駕したのだ。
 
 
 僕の言葉を受け、彼女は安堵したように刀を下ろし、手を差し出してくる。
 断る理由もなく、手を取って立ち上がった。

 見れば、黒畠たちが慌てた様子で駆け寄ってくる。

「坊っちゃま……! 申し訳ありません!」
「こいつらは今ここで……」

「よせ、僕は負けた。こちらが強制したルールで負けたのだ。恥をかかせてくれるな」

 物騒な発言を制し、勝者に対し向き直る。
 あちらにも、主人の女性が駆け寄っていた。

「この戦いの結果は正しく学園に伝えよう。キミの勝ちだ」

「……ありがとうございます」

「勝者には報酬を。キミの望みを言いたまえ。僕の『ファンタスティックスカイ・イリュージョンショー』は汎用性の高い能力……如何なる望みも叶えられる」

 この鐘捲 成貴、礼を失するような真似はしない。
 白露 アイは僕の提案に少し考える素振りを見せ、やがて思い付いたように口を開いた。

「じゃあ……話をしませんか?」

「うむ?」

「戦ってる時に言ってくれたじゃないですか。平和的に話をしたいなら、僕に勝つことだ、って」

 それに、と彼女は続ける。

彼女を笑顔にしてみせる・・・・・・・・・・・、とも。よければ、話を聞かせてくれませんか?」
 

 そんなこと言ったっけ。記憶力の良い人だな。

 

 
 ・ ・ ・

 

 小学部棟の4年一組は、鐘捲君と不和頼 えみちゃんの通う教室である。

 時間はまだ始業前。
 わたしとお嬢様、そして鐘捲君の3人は、教室の外側の廊下で、朝の日課となっている不和頼ちゃんのクラス演劇の練習に耳を傾けていた。

 ――どうか、うたを届けに参ってください――

 演劇専修科で2年しか勉強していないわたしでもはっきりと分かる。
 教室の中から聞こえてくるその演技は、紛れもなく研ぎ澄まされた天才のそれであった。

 鐘捲君は、心地よさそうにその声に聞き惚れている。
 年相応の顔を初めて見たような気がして、思わずお嬢様と笑い合ってしまった。

 
 教室に入ると、不和頼ちゃんが不思議そうな顔でこちらを見てきた。
 聞いていた通り、本当に美人さんだ。赤毛が窓から差し込んだ朝日で宝石のように輝いている。

「おはよう、不和頼 えみ」

「おはよう。鐘捲くん、そのお姉さんたちは?」

「彼女たちは……その、アドバイザーだ。今日はキミに、パートナーとして伝えたいことがあって……」

 鐘捲君が言い淀む。懐から札束を出そうとしているのを見つけ、お嬢様が小さく咳払いをした。
 そんな様子が可笑しくって、なんだか可愛らしい。
 わたしは鐘捲君の肩をそっと押して、助け舟を出してあげた。

「……頑張って。言葉にして伝えるのが、一番大切なんですよ」

 絶佳お嬢様が、すこしだけ目を逸らしたように見えた。
 

「……うむ、その、あれからそろそろ48時間だ! 黒畠!!」

「ここに」

 意を決した様子の鐘捲君が、黒畠さんを呼び出した。さっきまで居ませんでしたよね?

「首尾はどうだ?」

「学園への掛け合い、完了してございます。今年の文化祭は、前夜祭を含め家族や親戚、希望者を招待できる体制を確立致しました。文化祭当日のクラス演劇にも、観客を招待可能です」

「わ……ありがとう、鐘捲くん、本当に叶えてくれたんだ」

「無論だ。その」

「?」

 鐘捲君が大きく息を吸った。がんばれ。

「……キミの、本心が知りたいんだ!」

「え……?」

「僕は、自分の家族を、父上を心から敬愛している! 天にいるママンのことも、グランマのこともだ!」

 彼は、きっと今までで一番勇気を振り絞っている。
 彼自身の『能力』に拠らず、自分の言葉で、欲しかったものを手繰り寄せようとしている。

「キミは、本当はお母さんに観に来て欲しいんじゃないのか!」

「!」

 長い沈黙のあと、不和頼ちゃんは小さく、だけど叫ぶように口にした。

「……観て、ほしいよ……!」

 それは、お金の力に頼ったままではきっと引き出せなかったもの。
 彼女の本心という報酬を得られたことに、鐘捲君の表情がぱっと明るくなる。

「! うむ……うむ! 分かった! 黒畠!」
「はっ」

 黒畠さんが、おもむろに携帯電話を取り出した。そのまま不和頼ちゃんに手渡す。
 不和頼ちゃんもよく分かっていない様子で、それを手に取った。

「鐘捲くん……?」

「キミのお母さんに繋がっている」
 

 鐘捲君の言葉に不和頼ちゃんがどきりとする。
 話で聞いた限りでは、彼女の母は彼女へ伝わるだけの愛を注いであげられなかったようだった。
 家族の形は様々だ。他人が軽々しく触れていいものではないのかもしれない。

 けど、鐘捲君は本気で見たいものがあると言った。
 上手くいかなくても、おせっかいだったとしても。彼がそうしたいと強く思っていたから。

 だから、背中を押したのだ。

「あ、あの、お母さん……?」
 

 緊張の面持ちで話す娘と母のやり取りが小さく、受話器の奥から聞こえる。
 鐘捲君とお嬢様は心配そうに不和頼ちゃんのことを見つめている。
 わたしは目を閉じて、そっと耳をすませた。

 やがて、

『お母さん、えみは来てほしくないんだと思ってたわ……』

「そんな! そんな、ことないよ……!」

『昔は恥ずかしがり屋だったと思ってたけど……学校で変わったのかな』

 不和頼ちゃんの目に涙が溜まり、ぽろりと零れ落ちた。

「うん……っ、観に来て欲しいの、先生に教わった……皆と一緒の舞台を……お母さんに……!」

 ぽろり。ぽろり。涙の粒も朝日を受けて、宝石みたいに輝いていた。
 
 鐘捲君が目を細めてその様子を見ている。
 きっと、凄く眩しく、びっくりするほど綺麗に見えているんだろう。
 

 電話を切って、鐘捲君にお礼を言う不和頼ちゃんの笑顔は、本当に、可愛らしかった。

 

 ¥ ¥ ¥

 

 白露 アイや四季巡 絶佳、不和頼 えみと別れた後も、坊っちゃま……阿保坊あほぼんの顔付きは爽やかであった。
 元々、絶対的に己の力を過信しているタイプのバカである。
 この敗北は少なからず、坊の自尊心に影を落とすだろうことを案じていたが、そういうわけでもないらしい。
 
 きっと、すぐに再起するだろう。その確信があった。

「黒畠、すまないが父上に連絡を」

「……はっ」

 声に緊張を含ませ、坊が電話を所望する。
 坊のほうからお父上に連絡を取ることはあまりない。

「どうぞ、坊っちゃま」

 坊は、短く深呼吸をしてから、繋がった電話を受け取った。

 私は心の中でほん少しだけ、まだ僅か10歳の少年を応援する。

 言葉にして伝えるのが、一番大切なのだ、と。
 先程の白露 アイも口にしていたな。

 

「父上! 突然失礼致します」

「報告と、お願いがございます。……ええ」

「自分の成長を実感する出来事がありました。力及ばぬ悔しさもありましたが……得難い経験ができたと思っています。……そして」

「文化祭当日の。僕らのクラス演劇を是非、父上に観に来てほしいのです。僕と、僕が笑顔にできた最高の友人の舞台を。観に来てくれませんか」

 

 少しの間を置いて。

 坊の顔に、最高の笑み・・が浮かんだ。

 

 

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