天凌SP千狐ちゃん探検隊 狸地獄にUFOと故郷の星を見た!

尾が十本。一人一尾で十人分身。
あっちへくるくる、こっちでぱたぱた。方々回って支持集め。

ある時は、生物部の部室から逃げたウサギを追いかけて。
「2階!2階の窓に入った!」
「ジャンプ力高すぎだろ!誰だ遺伝子改造をやらかしたアホは!」
「捕まえましたー!」
「チコちゃんナイスゥ!っていうかいつの間に2階へ?」
「あ、そいつめっちゃ蹴るから気を付け…」
「うぎゃーっ!」「「チ、チコちゃーん!」」

ある時は、何やらディスカッションに巻き込まれて。
「チコちゃんの耳がネコミミなわけねえだろ猫バカがぁ!なあチコちゃん!」
「はあ~!?てめえこそイヌミミに執着しすぎなんだよ犬バカ野郎!なあチコちゃん!」
「いやミミズクだろ?チコちゃん?」
「「それはねえだろ鳥バカ」」
「ああ゛!?鳥類に喧嘩売ってんのか哺乳類バカ共!」
「FF外から失礼します。どう見てもサンショウウオ耳以外ありえない」「「「ああ゛!?」」」
(狐とはとても言えない…!)

ある時は、なんか謎の依頼を受けて。
「ハア…ハア…チコちゃん…」
「や、優しくお願いします…」
「ふひゅ、フヒヒ…大丈夫、痛くはしないよ…」
バゴォン!(扉をぶち破る音)「風紀委員だァー!下級生に対して不埒な所業!ここで一辺死んで行けェー!」
「「「「「このロリコンめ!!!」」」」」
「なっ何をするおれはただ尻尾をもふもふしようとグワーッ!」
「うわーっ風紀委員さんなぜ私まで巻き込みうぎゃーっ!?」

夕刻 天文台にて

「つ、疲れた…」
十人の分身はできることも十倍だが、諸々の降りかかる苦労も十人前である。分身の肉体的疲労はともかく、精神的な気疲れはそうそう取れない。
特に今日は三匹のウサギのがらがらどんに蹴られたり、自分の耳がロブスター耳かキノコ耳どっちなのかと詰め寄られたり、御禁制の風紀ヨーヨーでどつかれたりと散々であった。
諸々のごたごたを片付け天文台の掃除を終わらせたころには、すでに日がほとんど暮れていた。しかし本日の天気は曇り、折角の天文台でも星は見えそうもない。

「…はあ。」
思わずため息がこぼれる。千狐の支持者集めは、苦労の割にあまり順調ではない。
人脈自体はそれなりに広がってはいるのだが、交友関係と主役投票は「これはこれ、それはそれ」というわけでなかなか名だたる実力者たちから票をもぎ取るには至らないのである。「ミス・パーフェクト」。「天凌の陽光」。「天才の弟」。「悪魔」。天凌学園の誇る一流の役者たち。練習量自体は十人力で稼いだとしても、付け焼刃の演劇でどこまで対抗できるか。

「はああああ…。」
ますますため息が出る。このままでは主役の座も、50年に一度の奇跡も、故郷への帰還も夢のまた夢だ。だんだんと不安と心細さがこみあげて来る。このままでは一生故郷に帰れないのではないか。それはかなりリアリティのある想像ではあるまいかと思われた。

「どうすればいいんだろう…」
「お悩みですねッ!!ならばアマゾンに行くっきゃない!!!!」

えっ。
そんな一言が漏れるよりも先に、周囲の景色は一変する。

かくして我々探検隊はアマゾンの奥地へと向かった―

☆ ☆ ☆

「ここは…どこなんですかああああああ!」
右を見る、密林。左を見る、密林。前を見る、密林。後ろを見る、密林。右前を見る、密林。左前を見る、密林。右後ろを見る、密林。左後ろを見る、密林。上を見る、枝葉。下を見る、草&腐葉土。
十方向完全アマゾンであった。

「本当に…どこなんですかここは…」
狐として、おおよその人間よりは感覚器が鋭い千狐にはわかる。時刻は夕暮れ。日本じゃない。故郷の山林とは全く違う空気。土。植生。さらに言うといつの間にか方々に散らせていたはずの分身も全員統合されてアマゾンに取り込まれていた。

「どこなんですかここ…帰りたいよう…ぐすん…」
「ならばアマゾン探検です!未知と神秘が待っています!涙も引っ込んじゃいますよ!」
「ここに連れてこられたから泣いてるんですけど!?」
目の前のアホ面と理不尽な状況に対する怒りが、なんとか千狐の萎えかけていた心を奮い立たせた。絶対に帰ってやるからな、という強い意志が湧きあがる。

「だいたいあなたはだれ…っていない!?」
一瞬のうちに眼前のアホ面は消失していた。千狐も神出鬼没などと言われることもあるが、その千狐でも驚愕の消失マジックぶりであった。アマゾンの地形効果を知り尽くした変態の隠形である。
さぐりのアマゾンにおいて、人間は食物連鎖のピラミッドの下から数えたほうが早い。つまりさぐりが急に姿を消したということは―
「ぽん」
その鳴き声は、後ろから聞こえた。
「ぽん?」
後ろを振り返ると、狸がいた。体高5mを超え、鋭い牙をむき出して明らかに千狐を食べ物として見ている大狸が。アマゾンキツネクイオオタヌキ(さぐり能力空間内固有種)である!
「うわあああああああー!?」
ぱくり、とあえなく大狸の口に咥えられる千狐。しかしその姿が光の泡になって消える。間一髪先に出して逃した分身に統合されたのだ。大狸の牙を辛くも逃れた千狐が即座に能力を再発動。10人に分かれて散り散りに逃げる。
「ぽーん!ぽんぽこぽーん!」
獲物に逃げられた怒れる大狸が、散り散りに逃げる千狐たちを猛然と追いかけ始める。
「なんで狸があんなに大きいんですかー!」
「というかぽんぽこぽんは鳴き声じゃないでしょー!?」
「そもそもなんでこんな熱帯に狸がいるんですかー!?」
狐に変身する余裕もなくバタバタと逃げる千狐の泣き言兼指摘は、すべて正しい。なかなかに悪夢的非常識事態であると言えたが、皮肉にも一つだけ通常の狸と狐の関係と同じ部分があった。

通常の自然界においても、狸は子狐を捕食することがある。

☆ ☆ ☆

捕食者と被食者。大狸と千狐が命の奪い合いをしたら、100回やって100回は大狸に軍配が上がるだろう。しかし生存競争ならば話は別だ。

「うわあっ…」
大狸の牙に掛かったはずの少女が、短い声だけを残して消える。散開した分身のどれか一つでも逃れれば逃走成功となる『十人十色の沼狐』は逃走という条件においてこの上なく有効な能力であると言えた。
「ぽーん!ぽーん!」
怒れる大狸の咆哮を遠くに聞きながら、青い顔の千狐は胸をなでおろす。
「はーっ、はーっ、こっ…こここ、怖かったぁ…」
千狐にとって猛獣に追いかけまわされたのは初めての経験であっても、「追いかけられる」というのはトラウマである。
だからなんとか逃げ切った千狐が警戒を緩めてしまったのも、責めるのは酷というものであろう。

「と、とりあえず、あの狸から離れないと…」
ふらふらと、そこらの樹の幹に手をつきながら進む。手に触る感触が冷たい。蒸し暑い熱帯だというのに、恐怖で手先が冷たくなっていた。
「ん…?なんだろうこれ、あったかい…」
ふらついた千狐が手をついたものは、樹や岩ではなかった。何やら触ると温かく、茶褐色の長い剛毛と密集した柔毛に覆われていた。
「ぽん」
ぬっ、と立ち上がったそれは、先ほどの個体の倍は大きいかという超巨大狸であった。
「ぽん」「ぽん」「ぽん」「ぽん」「ぽん」
がさがさと周囲の茂みから頭数が5倍プッシュ。ちなみに狸は通常そう多数の群れは形成しない。

「ぴょっ…」

~走馬灯開始~

8年前
「いい、千狐。これからあなたに見せるものは絶対に他の人には秘密よ…」
秋の日の夕方に、お母さんは家の奥の部屋でそれを見せてくれました。
「はい、おかあさん…」
固唾をのんで見守るわたしの前で、お母さんは袋から取り出したそれを、ぱらぱらと器に加えました。
「お、おかあさん!それは…」
お母さんはわたしにしーっ、として、厳かな顔で言いました。
「狐なのにたぬきうどんを食べているところなんで見られたら、どんな総ツッコミをくらうか、わかったものではないわ…」
人目を忍んでこっそり食べたたぬきうどんは、天かすにお出汁が染みてとてもおいしかったのでした…

~走馬灯終わり~

「うわあああああああああああああああああ!!!ああああああ!!!」
走馬灯の中に特に役立ちそうな情報が無かったので、千狐にできることはひたすらに逃げるだけだ。
とにかく増えて走る。走って逃げる。逃げてたら増える。狸が。
「「「ぽんぽこぽん」」」「増えたあああああ!?」
別に千狐のように狸が分身しているわけではない。普通にたくさんの狸が追加でやってきているだけである。
「ああああ数が多い!向こうの方が多いぃ!」
どういうわけか、狸は数が多かった。分身して別方向に逃げれば、そちらの方向で新手の狸に出くわす始末である。数の差。これが衰退する種族である妖狐となんだかんだ都市部とかにも進出していたりする狸の差だというのか。

「「「「「「「「「「あわわわわわわわわわわわ」」」」」」」」」」
いつの間にか千狐は10人並んで同じ方向に走っていた。これでは『十人十色の沼狐』の意味がない。
「あわわわわわ…!」
鬱蒼とした密林の中をどたばたと走り続けていた千狐の視界が、急に開けた。
「うわぁっ!?」
そして5人ほど、落ちた。高い崖である。視界が開けていたので、全く逃げ場がないことがはっきりと分かった。落下した5人分の尾が自然と戻って来た。落下すれば致命傷になる証である。
「ぽんぽん」「ぽぽぽん」「ぽんぽこぽん」「ぽーん!ぽーん!」
「わ…わあっ…」
もたもたしている間に、千狐は崖を背にする形で狸の大群に包囲されてしまっていた。
(しぬ…しんじゃう…まじでしんじゃう…)

先刻に倍する量の走馬灯が、次々と千狐の脳裏をよぎった。
山菜を採りに行って迷子になりかけた記憶。
故郷では貴重だった砂糖を使った、素朴な飴の味。
夏至祭りの夜に見た、満点の星々。
父に連れられて行った峠から見えた、麓の街の灯り。
故郷を離れてから、これほど精細に故郷の記憶を思い返したことは無かったかもしれない。それらの美しい思い出は千狐のホームシックをむやみやたらと刺激したが、状況を打開する手掛かりにはなりそうも無かった。

「ぽん」「ぽんぽん」「ぽんぽこぽん」
いつしか千狐の分身は一人に戻っていた。狸の包囲網が狭まりすぎて物理的に2人以上立っていられる場所がもうなかったからである。
「…………」
最早悲鳴も出ない。陸に打ち上げられた魚のように、ぱくぱくと口を開閉させて千狐は喘いだ。
眼前にはぎゅうぎゅうに詰まった猛獣の群れ。
後ろを見れば落下死必至の崖。
逃げ場はどこにもない…かと思われた。千狐の機能停止寸前の脳は、あるものを見つけた。
崖の向こう側に、川が流れているのを見つけたのである。
真っ直ぐ落ちるのではなく、なんとか川に着水すれば、いけるのでは?
空中で分身を出して、それを足場にして移動距離を稼げば、届くのでは?
沸騰寸前の脳で見つけた策であったが、このまま狸の晩餐になるよりはましな試みに思われた。
それと、走馬灯で見た記憶が、千狐の背を押した。
「こっ…こんなところでしんでたまるかー!わたしはこきょうにかえるんだー!」

狸の牙が届く寸前。わーっ!と、千狐は跳んだ。崖の高さが概算50m。
川までの水平距離が、ほとんどジャスト1㎞。

「あっ…おもったより、遠い…」

あの極限状況である。正常な判断力が失われていても無理はない。
今更ながらに仕舞いっぱなしだった耳と十本の尻尾が、ぽん、と現れた。ふわふわだったがパラシュートのかわりにはなりそうもなかった。
そして重力は平等かつ無慈悲であった。だいたい垂直落下と呼んで差し支えない状態になるまでに、さしたる時間はかからなかった。

「わああああああああ!!!ああああああああ!!!!ああああああ!!!!!」

走馬灯を見る余裕もない千狐は生存本能のまま、空中でめちゃくちゃに藻掻いた。どうにもならないと知っていながら、じたばた、じたばた、じたばたとし…
いつの間にか、上昇していた。

「あれっ?」

見る者がいれば、アマゾンの上空に青白く光る未確認飛行物体が浮いているのに気づいたであろう。
火事場の馬鹿力で潜在能力を開放し、莫大な貯蔵霊力にものを言わせた10本の尾からの狐火ジェット噴射で極めて強引に空中浮遊する千狐である。どう見ても間違った狐火の使い方であった。ちなみに妖狐の術には空中浮遊の類も存在するが、間違ってもこんな力業ではないし当然千狐はやり方を知らないので使えない。

「わっ、わあっ、や、やったっ、これなら、川に、届き…」

ふらふらと浮く狐火UFOは、びっくり仰天する狸たちを後にそのまま川の方へふわふわと―

「ん、んぬ、あ、んぐぐ…」
10m行ったくらいからだんだん高度が下がり始め。

「あ、あれ…これ、やばっ、ぐえ…」
20m地点でガス欠を起こして体勢を崩し墜落を開始した。いくら千狐の霊力が多いと言ってもさすがにこの強引な飛行は無理があった。

「真っ直ぐ降りて軟着陸してればよかったあああああ…」
後悔先に立たず。青白い残り火の尾を引きながらひゅるひゅると墜落する千狐は流れ星のようにも見え、遠くから見ればややロマンチックだったかもしれないが、本人にとっては今度こそ落下死かという状況である。

(あっ、死―)

千狐は空中で意識を手放した。激突の瞬間まで目覚めていることは流石に残酷に過ぎたのであろう。

☆ ☆ ☆

天凌学園新聞68号(ボツ)
ドキュメント:物部記者とさぐりちゃんのアマゾン秘境探検隊 ~アマゾンの奥地で謎のUFO鹵獲!~
取材・執筆 物部鎌瀬
特別協力 深林さぐり

―必死こいてキャッチしたっていうのによくある魔人能力って言うか生徒じゃん!これじゃネタになんないよ!

深林:アマゾン関係ない感じのUFOでしたね!残念!

☆ ☆ ☆

「はうあっ!」
千狐は目を覚ました。
「い、生きてる…あとなんかものすごく理不尽な罵倒を受けた気がする…」
自分の尾のもこもこから身を起こしてみると、すっかり日は暮れていた。足元は石。どうやら遺跡のような場所である。真夜中の大自然は真っ暗であったが、僅かに離れたところで焚火がたかれていた。
「あ、起きた」
焚火で串に刺した何らかの肉を炙っていたのは当然、深林さぐりである。
「どう?なにか見つかりました?」
にこにこと笑顔で千狐に問いかけるさぐり。千狐はその面を見て―
ぱちぱちと瞬きして、しばらく状況を呑みこむのに時間をかけて。
そしてどうするべきか、しばらくぐるぐると考えて。
「あなたのせいで酷い間に合いましたよー!いきなりよくわからんところに連れ出して!狸に食べられるかと思いましたし!走馬灯をどれだけ見させられたと思ってるんですか!というかあなたの顔思いだしましたよ!風紀委員の人に見せられた危険人物リストに載ってました!貴方のせいでいい迷惑です!早く学校に返してください!一刻も早く!」

怒った。当然の抗議であった。
怒りのままにさぐりの襟首をつかんでがくがくしようとする千狐だったが、アマゾン仕込みの体幹はビクともしなかった。

「まあまあ落ち着いて」
「これがおちついていられるかー!」
「あんまり大声出すと狸が寄ってきますよ」
「ぴょっ…」

強制的に落ち着かさせられた千狐に対して、さぐりは問いかける。
「なにかいいものは見つかりました?」
「得るものなんてなんにもなかったですよう…強いて言うならトラウマが増えたのと…なんか間違ったやり方で空飛んだのと…」
すっかりくたびれた様子の千狐に対してさぐりはこともなげに言い放った。
「じゃあもうしばらくアマゾン滞在続行ですねー」
「ど、どういうことですか!?帰れないんですか!?」
「そりゃあそうですよー。謎を解くべくアマゾンに来たんですから、謎が解けるまではアマゾンです」
「そっ、そんなあ…っていうか謎って何?」
「さあ?」
「なんであなたが知らないんですかー!」

再び怒りのままにさぐりの襟首をつかんでがくがくしようとする千狐だったが、やはりアマゾン仕込みの体幹はビクともしなかった。

「大声出すと狸」
「ぴょっ…」

再び強制的に落ち着かさせられた千狐に対してさぐりは言う。
「あなたの謎ですから、知ってるのはあなたですよーっと。焼けたかな?はふはふ」
「わたしの、謎…」
串焼きをかじり始めたさぐりをよそに、千狐は考え始める。
(わたしが解き明かすべき謎…やっぱりどうすれば故郷に帰れるかっていうこと、かな…今のところ50年に一度の奇跡を頼ろうとしてるけど…そのためにどうすればいいか、ってこと?でもこれ以上何をすれば…)
ぐるぐると考えても、全くわからない。
「あの…」
「私に聞くよりもアマゾンに聞いたほうがいいですよ」
そう言って、串焼きを食べ終えたさぐりはごろりと寝転ぶ。
「そんで答えを見つけるのは他でもないあなたです。口を開けて待ってるだけで得られるものがあるほどアマゾンは甘くないのです。頑張って体張るなり頭回すなりしてくださいねー。というわけでおやすみなさーい」
「あ、待って…」
「スヤァ」
さぐりは寝てしまった。恐るべき無神経ぶりであった。

「………………」「……………」
二人の間に沈黙が流れたが、その間にも周囲の密林からは草木のざわめきや虫や獣の声が聞こえてくる。
「…………………………………」
異郷の地でアマゾンの生物に囲まれて、千狐はひとりぼっちだ。とたんに心細さと寂しさがのしかかって来た。
「…ぐすん」
「…かえりたいよう」
「…村に、かえりたいよう…!」
狸が寄って来るかもしれないから、鳴き声を出すこともできない。遠い故郷の記憶が次から次へと湧き上がってきて、しずくになって千狐の目から溢れた。
「ひぐっ…ぐずっ、うう、うううう…」
六年以上前の記憶は、残酷なほど鮮明だった。先の極限状態で見た走馬灯が、記憶の蓋を開けたのであろうか。
千狐がアマゾンで得たものといえば、思いだされたその記憶たちだけであった。
「おとうさん…おかあさん…ひっく…むらのみんなぁ…うう、ううう…かえりたいよう…」
家族でお花見をした、淡い色の花をつけた桜の樹が思いだされた。アマゾンにはない。
夢中になって沢蟹を追いかけた、冷たい清流が思いだされた。アマゾンにはない。
背伸びして収穫を手伝った、黄色い稲穂の実る田んぼが思いだされた。アマゾンにはない。
大きな雪だるまを作った日の、刺すような寒さが思いだされた。アマゾンにはない。
夏至祭りの夜に野原で見上げた満天の星空が思いだされた。アマゾンには―

(星は、出てるんだ…)

千狐が郷愁に駆られて空を見上げると、星々がよく見えた。てっきり樹冠に阻まれて見えないかと思っていたが、この遺跡はどうやら星がよく見える位置にあるらしい。もしかすると天文台の遺跡だったのかもしれない、と千狐は思った。

(でもあの日見た星とは、全然違うなあ…)

全然違う土地なのだから、見える星が違うのも当然だ。どんな星を見ていたかは、よく覚えている。自分でもゾッとするほど精細な記憶だった。

(もう、帰れないのかなあ。あそこで星を見ることは、二度とできないのかなあ…)

きっと天凌学園に戻って夏至の日の同時刻の夜に空を見上げても、千狐には違いが分かってしまう。場所が異なれば多少なりとも星の位置は違ってくる。走馬灯と共にあまりにも精細な記憶を思い出した千狐には、その違いを一か所一か所指摘することが―

(…あれ、まてよ)

そもそもなんで故郷に帰れないんだっけ。
それは当然場所がわからないからで。場所がわからないのは地図にも乗ってない、地名もわからないようなところだからで―

(時刻と、星図がわかったら?)

「いけるかもおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

その気付きは、千狐を自分でもびっくりするほど奮い立たせた。

「そうだ!そうだよっ!いままで場所の手掛かりが無かったから諦めてたけどっ!」
「手掛かりは沢山ある!走馬灯見た時に思いだした!思いだしちゃった!これだけはっきりした記憶があれば!」
「お?何か見つかりました?」
「星だけじゃない、植生に、地形に、おとうさんに連れられて一回だけ行った麓の町の景色!いくらでも手掛かりがある!」
「なにかよくわからないけどよかったですね!」
「やった!やった!やったあ!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「そうですねーアマゾンに大感謝しておきましょう!アマゾン最高!アマゾン最高!」

急激に展望が開けた喜びに、思わず対象もわからない感謝が口をついて飛び出す。千狐には世界の全てが輝いて見えていた。心細かった異郷の景色も、いまやバカンス気分だ。もしかしたらアマゾンが本当に最高なのかもしれないという気すらしてくる。さぐり共々ぴょんぴょこと思わず小躍りしてしまう。

「アマゾン最高!アマゾン最高!」
「あまぞんさいこう!あまぞんさいこう!」
「アマゾン最高!アマゾンーあっ」
「あまぞんさいこう!あまぞんさいこう!」
「ぽんぽこぽん!ぽんぽこぽん!」
「ぴょっ?」

いつの間にか、さぐりがいない。代わりに大狸が10体ほど。

―あまり大声出すと狸が寄ってきますよ―

「…やっぱり、さっきの、なしで」
「「「「「「「「「「ぽんぽこぽんぽんぽーん!!!」」」」」」」」」」
「うわあああああ!!」

夜の森へ一人、子狐が駆け出す。その足取りは、今までよりもずっと力強い。
まだ道は見えないけれど、きっといつか目指すべき場所にたどり着く。そんな漠然とした確信があった。思いだされた過去の思い出と、死線を潜り抜けた経験が確かに千狐に宿って、がむしゃらに足を動かした。
ふと千狐は確信した。今まさに自分は故郷への長い帰り道の一歩を踏み出したのだと。
その契機と考えれば、アマゾンに来たことも―

「「「「「ぽぽぽぽぽぽん!ぽぽーん!!」」」」」
「アマゾン大嫌いだーッ!」

やっぱり故郷が一番…!

☆ ☆ ☆

「疲れた…めちゃくちゃに疲れた…」
なんとか天凌学園に帰還した千狐だったが、しばらく休みということになった。空中浮遊で霊力を使いすぎた上で能力を使って狸の群れと追いかけっこしたための疲労であり、天凌学園に帰ってきたとたんぶっ倒れたのである。
「あうう…支持者集め滞っちゃうよ…」
結局アマゾン行は骨折り損のくたびれ儲けだった、と千狐は結論付けた。そういう割には大分悲観的なため息をつく回数は減っていたのだが、本人は気付いていない。
とにかく早く体を治して、出遅れた分まで支持者集めに精を出さねば。奇跡以外にも故郷への道を開く可能性が見つかったからとて、冷静になって見れば「もしかしたらできるかも」の領域を出るものではない。やはり現状の奇跡を目指す方針が確実だろう。そう決意を新たにする千狐の元に、ドアを開けてやって来る数人の人影があった。
「チコちゃーん大丈夫かー?」「お見舞いのリンゴ持ってきたぞー」
ぞろぞろとやって来たのは見舞い客であった。地道な支持者集めによる成果であると言えたかもしれない。
「聞いたぜーチコちゃん。大変だったらしいな」「え?何がです?」
千狐は嫌な予感がした。その予感が外れることを祈ったが―
「新聞に載ってたぜー!アマゾンが最高なんだってな!」「アマゾン最高!ってな!」「アマゾン最高!アマゾン最高!」「チコちゃんがそんなぴょんぴょんするなんてなー」
そういって見せられた新聞には、巧みな偏向報道と共に、どこから撮ったのかさぐりと一緒に小躍りする千狐の写真がバッチリ写っていた。

「…………………………しじしゃとられた。がくっ」「「「チ、チコちゃーん!」」」
千狐は気絶した。

 

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