「可憐なる何でも屋」八重桜 百貨 プロローグ

天凌学園の食堂、及び購買は無料で利用できる。しかし、無制限に利用できるわけではない。
食べ切れない量の料理を注文して無駄にしたり、食べ過ぎや偏食によって健康を損なわないようにするため、時間帯ごとに購入できる食料品の量は決まっている。
普通に利用する分には何の問題もない程度の制限だが、普通でない使い方をする人間にとっては面倒な制限だった。

「ほら、買ってきたぞ」

「わぁ~、ありがとー!」

眼鏡を掛けた長身痩躯の青年が、小柄な少女の机の上にパンの入った袋を置くと、少女は大げさに喜んでみせた。

少女――八重桜 百貨の家は貧乏だった。
彼女は友人たちに余剰の購入枠で食べ物を買ってもらい、バイトに行くついでに家に持って帰って家族の食費を浮かせていた。

幼馴染の青年、若木 一郎も、協力者の一人である。

「この御恩は、モモカが大金持ちになったらお返しさせていただきます」

「気にしないでいいよ、別に。金払ってるわけでもないし」

「モモカーランド完成の暁には一番最初のお客さんにしてあげるね」

「もっと有意義なことに金を使え」

呆れる一郎を尻目に、百貨はパンを鞄に入れながら続ける。

「ふふふ…そんなことを言っていられるのは今のうちだよ?なんてったって、新しいお金儲けのチャンスが巡ってきたからね!」

「お前こないだも同じこと言って、結局ツチノコは見つけられなかっただろ。今度は何だよ?」

「ツチノコには逃げられたけど、これは逃げないよ!じゃじゃーん!」

口でSEを鳴らしながら、鞄から1枚のプリントを取り出す。
プリントには『前夜祭演劇の主役立候補について』と書かれていた。

「あー、なんかあったな。そういうの」

「演劇の主役が鐘を鳴らすと、奇跡が起きるんだって。モモカが主役になれば、大金持ちになれるような奇跡が起きるハズ!」

百貨は席を立ち、椅子に片足を上げて高らかに言った。

天凌学園の生徒たちの間では、50年に一度の今年、学園祭の前夜祭の演劇で主役を務めた生徒が鐘を鳴らした時、奇跡が起きると噂されていた。

百貨はこの演劇の主役に立候補しようというのだ。

「主役って、投票で決まるんだろ?全校生徒で一番の票を集めんのは難しいんじゃないか?」

「確かに一位は難しいかもだけど、その時は他の候補者に票を売ってお金にできるからね。これぞ一獲千金、二段構えの策!」

「大丈夫なのかそれ」

「大丈夫!何でも屋の人脈と、学年一の美貌があれは、支持者なんてすぐに集まるよ!」

「そっちじゃねえ」

百貨は得意げに慎ましい胸を張る。
百貨の容姿はクラスで5番目くらいである。

「……そういや、主役に選ばれたら、パートナーは誰にすんの?」

「ん?パートナー?」

「ほら、主役に選ばれたらパートナーを指名できるって書いてあるだろ。出るんならちゃんと読め」

「ふーん、そんなのあるんだ。うーん……」

椅子に登り、机の上に腰掛けて考え込む百貨。

「…………」

「……よし、モモカがパートナーに指名してあげる権利を売ろう!」

「そう言うだろうと思ったよ」

「イチロウは、モモカのパートナーになれるなら、いくら出す?」

「俺か?俺は――」

一郎は幼馴染の顔を見る。

全校生徒から最も支持を集めた者から指名されるというのは、ある意味では主役以上の名誉である。

だが、そうでなかったとしても。

「――値段は、つけられないかな」

「ふーん、そっかー。まあ、奇跡を間近で見られるんだもんね。オークションにでもしようかな~」

一郎の思惑には気づかぬ様子で、百貨はひょいと机から降りる。

「っと、そろそろバイトに行かないと!じゃあね、パンありがと!」

「ああ、また明日」

一郎は百貨が手を振りながら駆け足で教室を出るのを見送ると、ポケットから財布を取り出した。
財布の中には、小さく丸められた紙幣が入っている。

いつでも百貨に使わせられるように準備していたけれど、金で恩に着せるのは良くないような気がして使えなかったものだ。

(これを使うことも、あるのかもしれないな)

彼の望みは、奇跡と呼ぶにはありきたりで、瑣末なものだった。

 

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