ダンゲロスSSギムナジウム「Ring the Bell」キャンペーンサンプルキャラクター② 夢魔原 千寿 プロローグ

■プロローグ

 それは、バカみたいに気持ち良い「夢」だった。

 保健室。二人きりの男女が裸でベッドの上にいる。ひとりは僕、もうひとりは三年の夢魔原先輩だ。

 『んべ……れろ、ん』 

 まだ日が高い時刻なのだろう。カーテンからは陽光が零れていて、先輩の全身の起伏に富んだラインと健康的な肌の色をはっきりと眺めることが出来る。
 先輩の指が、舌が、慈しむように僕の身体に触れ、輪郭をなぞって、温めて、溶かしていく。
 覆いかぶさった先輩の体温がぬるま湯のように心地よく、肌にかかる髪の毛と吐息の湿っぽさはくすぐったい。
 頬は紅く染まり、悪戯っぽい笑みでこっちを見下ろしてくる。

 『……んふふ』
 
 『マジすっげーきもちよくしてあげるから任してほしいスよ』

 『なんかしてほしいこととかあったらリクエストするとなんかいい感じになると思うんでマジ』

 喋りがどうにもムードを欠くこと以外は、一介の男子高校生が味わうには充分以上の体験だった。
 先輩がこっちの顔を覗き込み、何かに気付いたように目を大きくする。可愛い。

 『あ、そういう趣味。わかったスよ』

 「えっ……えっ?」

 『大丈夫大丈夫、そうスよね、男の子だってそういう願望ある人はいるっスからね』

 「え?え?」

 『じゃあ、あたしこれから触手になるんで、あとは流れで』

 「え?????????」

 それは、バカみたいに気持ち良い「夢」だった。

 マジで。バカみたいに。マジで。

 ・・・

 「また後輩を毒牙にかけたって聞いたけど」

 「いや~どっかから聞いちゃったんスねあたしのこと多分。あんな熱心な感じでお願いされたらね、断れないスからね」

 「千寿……あんた本当」

 私、小柄 沙良(こづか さら)は、隣でにへにへと笑う同級生の頭を小突いた。
 この口を開くとあまりにも残念な美人……夢魔原 千寿(むまはら ちとせ)は、一応、私の学友である。

 私たちの通う魔人能力者ばかりの学び舎、私立天凌学園においては、所謂「普通」の人というのは存在しない。

 当然クラスメイトには変人・奇人がずらりと並ぶことになるし、校内での能力行使による揉め事もそれなりに起きる。
 なのでこの娘の能力とその使い道だけを咎めるのは道理に反するような気もするのだが。

 「でも、淫夢を見せて小遣い稼ぎは本当どうかと思うよ」

 「スよねぇ~」

 「同意するな。同意するならやるな」

 「いや、いや、あたしだって最初はそういう感じじゃ無かったんスってマジで。信じて?」

 「……まぁ、分かるけども」

 彼女の能力は「他人の夢に登場して好き勝手する」というものだ。
 人に夢を見させて楽しませることが至上の喜びであった彼女は、ひとりきりの同好会として「夢研究会」を設立。
 部室やら保健室やらで希望者を眠らせては、その人の願望に寄り添い多種多様な夢を見せていたらしい。
 ちなみにお金も取っていた。学校の同好会で?正気か?
 (寄付金ということでうまいこと処理しているとかなんとか)

 「ピーターパンになって倫敦を飛び回ったりとか、遊園地の全部のアトラクション待ち時間無しで乗ったりとか、ファンタジー世界で竜に乗ったりとか」

 「んー」
 
 「聞いてるス?」

 そうやって人の願望に応えていれば、この娘の無駄に良い顔と良いプロポーションがどうしたってあの夢に行きつかせる。
 同性の私から見ても(喋らなければ)可愛いし、綺麗だし、エロいのだ。男子からそんな要求が出ないはずがなかろう。
 結果的に彼女の評判は『頼めばエッチな夢を見せてくれる人』になって、しかも本人もそれで結構楽しそうにしている。
 あ、頭が痛い。

 魔人能力者には不健全な能力持ちもそれなりに居るので、それ自体は別に珍しい事例でもない。
 とはいえ、学園の理念や規範に則れば、暴力的な能力よりは不健全な能力の方がより厳しく監視される傾向にある。
 彼女の能力に関しては、明確に教師側が禁止するには結局のところ「夢」であることと、
 どんな夢かは本人たちしか知り得ないことが上手い隠れ蓑になっていた。
 
 「しかし、どこでそういう……男共の期待に応えるやらしい知識を身につけたわけ?」

 「え、言っていいスか?」

 「……待って、なんか嫌」

 「卒業しちゃった仲良くしてた先輩でめっちゃパパ活してた人がいて」

 「はい黙れ!」

 「すげー詳しく教えてもら痛い!」

 ・・・

 部活に向かうさらぴを見送って、あたしは自分の住処、夢研究会の部室に向かう。
 普通科の教室棟からは片道2分の好立地だ。自販機も充実している。

 部室棟はそのシンプルな外観からは想像もつかないほど多くの部屋がひしめく魔窟だ。
 一階には主に運動部の汗臭かったり女の子の良い匂いがする更衣室がずらっと並び、二階より上は文化部だったり、謎の委員会や同好会だったりの部室の入口が廊下にずららっと並ぶ。
 先生の誰かの能力で空間が歪んでるらしいよ。都会で荒稼ぎできそうな能力じゃんね。

 夢研究会の部室のドアの脇、段ボール製の郵便箱には今日も手紙がいくつか認められる。
 まとめて掴んで部室に入り、靴を脱いで畳の上に敷きっぱなしの布団に転がった。
 手紙をひとつ開けようとしたけれど、目線の脇の本棚に興味が移行する。こっちはいいや。後で見てあげよう。ポイ。

 夢研究会の部室。四畳半のあたしのせまいせまい秘密基地は、布団のほかは三方が本棚で囲まれていて、宝物がこれでもかと敷き詰められている。
 本。本。本。
 純文学、大衆もの、歴史小説、戯曲、詩集、エッセイ。
 料理本、美容系、地図、旅行ガイド、経済書、伝記、児童書、絵本、童話、図鑑。
 芸術書、画集、宗教関係、歴史書、戦争の本、ゲームブック。
 エッチなやつもある。あと大量の漫画。

 両親から貰っただけで読んでないものもまあちょっと、そこそこ、それなりに大量にあるのだが、ともあれこの空間を埋め尽くす情報と興味の詰め合わせが、あたしの宝物だ。
 お気に入りの推理小説を一冊つまんで広げながら、布団の上で伸びをした。

 人の夢に乗り込んで好き勝手をする、というのは、結構イマジネーションが大事である。

 なにせ好き勝手出来るから、全部の要素をこっちで決めていかないと場面が作れない。
 お相手の要望が感じ取れたところで、ノープランで行くとどうしたものかと本番中に悩み出すことになってしまう。
 そこを埋めてくれたのがあたしにとっては本だった。物語の展開は知れば知るほどレパートリーが増えるし、知っていることを繋ぎ合わせれば新しい体験を生み出せる。多方面の豊かな知識は豊かな想像力に繋がり、より多くのパターンで夢を見る人に満足を与えてあげられるようになっていった。
 
 「つまりあたしは誰かの夢の中で舞台を作る脚本家であり、役者でもあるわけスよ」

 鼻を鳴らす。誰もいないところに向けて語ってしまった。
 大丈夫、きっとこれは誰かの目に付いてる気がする。誰の?

 「まぁ、噂が一人歩きしてエッチな夢を見せるのがメインになってるのは? ちょっとだけ不満に思う所もあるスけど?」

 気持ちいいことは好きだ。
 最高の演出と演技をお相手の願望に寄り添う形で提供すれば、ものすごい幸せな顔をして感謝をして貰える。何より快楽で上り詰めた人(男女問わず)の様子がたまらなく可愛いのだ。精神的な満足度がヤバい。
 あたしはたまたまそういう魔人能力を持っただけの人間だと思うけど、夢で相手の感情を食べる夢魔……サキュバスはきっとこんな感じなんじゃないだろうか。

 けど。

 「やっぱ、好き勝手演れるからには、いろんなことがやってみたいスよねぇ」

 「例えば」

 例えば、あの七奇跡に頼ってみるとか。
 一大スペクタクルな夢を全校生徒に見せてみるとか、出来ないかな?

 七奇跡……文化祭前夜祭で行われる演劇で主役になってなんかこう鐘をどうかこうかすると奇跡が起きる的なヤツだ。人の話でしか聞かなかったから正直うろ覚えだ。

 演劇の主役ともなれば、普通に考えれば演劇専修科の独壇場だろうけど、なんでも主役は人気投票で決まるとかいう話も聞いた。であれば? むしろ普通科でそこそこ人気があるあたしにもワンチャンあるのでは?

 夢の中以外で演技なんてやったことないけど、夢の中で披露した回数ならきっと学園一だと思う。これ、演技力でも案外いけるのでは?

 楽しくなってきた。何人か友達に相談してみようかな。
 あとは……

 『そだ、これ気持ちよくなれたら、「支持者」になって欲しいスよ……んッ』

 草の根活動。これに尽きるんじゃないスかね?

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