「ええと、あなたは人の想いを石として見るそうですが、
何でもその石の種類のは個々人によって違うとか。
だとすれば、今回の主役候補のメンバーの中にあなたは何を見たのか。
大変興味深くてですね」
「僕の見るものは人とは違うよ。
君が書くような一般の生徒に向けた記事にするには全く役に立たないと思うけどね」
「得た情報をどう加工して何を伝えるのかを考えるのは我々の仕事ですので。
なんてね、僕も人を観察するのは好きなんですよね。
だから他の人が他の人をどういうふうに観ていたのか、どんな視点があったのかが一度聞いてみたくて。半分は趣味です」
「こちらは別に構わないよ。
まあ意味のある話は期待しないでおくれ」
少し待ってと言って彼は準備室に引っ込み、ほどなくして木製の標本箱を抱えて戻ってきた。
中にあったのは12の鉱石標本だった。
これは宝石だなという華やかな結晶から、道路の石ころかという地味なものまである。
「どれが誰だと思う?」
この12の石が、主役候補のメンバーの中に見出した結晶だという。
彼には件のデーモンコア事件の後にインタビューをしたが、
前回よりもいくらか気安く楽しそうに見えた。
自分のことより他者のこと、いや鉱石のことを話すのが好きなのだろう。
とはいえ、こちらは素人なわけで。
石だけ見せられてもさっぱりわからない。
降参と言いかけたところで、ひとつ見覚えのある鉱石を見つけた。
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それは鮮やかな青緑に乳白色を混ぜたような半透明の石だった。
かすかな白い線が掠れた縞模様を作っている。
「これ、もしかして」
「ああ、君はよく彼女と一緒にいたから見知っているかな」
【天河石】深林さぐり
「彼女は本当に今回の台風の目だったようだねえ。
大河は全てを呑み込んで、舞台を翻弄していたようだけど。
それでも恩恵を受けたものもいたように感じたけど、実際はどうなんだろうね。
あの天河石ね。
実は少し分けてもらったんだ。
安心していいよ。もう全部食べてしまったから
まあ、あの事件のおかげで風紀委員には完全に目をつけられてしまったけどね。
そういえば、誰かと同じ石を食べるというのは初めてだったな。
味覚を共有するというのはなかなかに得難い経験だった」
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「これはまた不思議な色ですね」
それは暗い青色の金属光沢の石だった。
表面は油膜のような玉虫色を帯びている。
「これは銅と硫黄の化合物の一つだね。
今は安定してるけど、扱いを間違えると硫化ガスを発生させるから気をつけて」
【銅藍】酒力どらいぶ
「銅藍は死んだよ
銅藍は殺されたよ
銅藍は死んでしまったよ」
「……何です? それ」
「知らないかい?」
なんとなく耳なじみのある独特の言い回しではあった。
小学校のころに音読させられた気がする。
主語が違うがあれはたしか、
『やまなし』だ。
「そう。あれもお酒の話だったね」
「銅藍はわらったよ
わらった
にわかにパッと明るくなり、日光の黄金は夢のように水の中に降って来ました
彼はいつも何かに酔っていたね。
水底から外の光を見透かすような、揺らいだ視界を持っていそうだったな」
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「これはオパールですか? 色が違いますけど」
半透明の石の中に虹色のモザイクを閉じ込めたような石だ。
宝石でよく見るオパールは乳白色だが、この石の地色は鮮やかな朱赤だった。
【火色蛋白石】飯綱千狐
「火色蛋白石だね。
火色は白と違って多色性を持たないものも多いけど、彼女の石は遊色が見事なものだった。
ともすると放つ彩りが多過ぎて、自分の色を見失ってしまうんじゃないかな。
今までどれだけの色を呑み込んでその狐火にくべてきたんだろうね?」
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「これは素直に宝石っぽいですね」
透明度の高い緑色の結晶だ。
これはきっと磨けば綺麗な宝石になるだろうと思われた。
【金緑石】五十鈴陽乃
「素直な宝石、ね?」
彼は少し笑うと戸棚から懐中電灯を取り出した。
結晶に光を当てる。
緑色だった石が懐中電灯に照らされた端から鮮やかな赤へと色を変えていく。
「石に含まれるクロムが、光の一部を吸収したり反射させて色の変化を招くそうだ。
彼女の想いもかなり苛烈なようだねえ。
穏やかな陽光だと思って接したら、血色の輝きに牙を剥かれた。
そんな人も多かったんじゃないかな」
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それはあまりにも「ただの石ころ」だった。
灰色で不透明。ざらざらごつごつとして、アスファルトの一部と言われても気づかないかもしれない。
「これは誰の石なんですか?」
【雲母橄欖岩】天龍寺あすか
これがあの、天龍寺あすか?
中等部随一のスーパースターを表す石として、あまりに地味だった。
これ、何の石なんですか?
「キンバーライト。和名だと雲母橄欖岩だね。
厳密に言えば鉱石ですらない。
マグマが冷えてできる火成岩というやつだ。
これ自体は珍しいものではない。
それでもこうして標本として保管されているのはね。
この石が金剛石の母岩となるからさ」
なんと。
「彼女の石はどれだけの熱を得て、どれほどの結晶を産み落とすことになるんだろうね。
これからが中々の見ものだと思うよ」
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それは灰色の半透明の石だった。
さっきの雲母橄欖岩よりは綺麗だが、そこまでの華やかさはないように見える。
【曹灰長石】白露アイ
彼が標本箱から石をつまみ上げた瞬間、
彩りのなかった石が、ぱっと青白い光を放ったように見えた。
「今のは、」
彼は面白がる顔で、石を回すように動かした。
どうやらこの石は、傾きによって光を放つ角度と無彩色の側面があるらしい。
「この石も遊色、複数の色を内包する石だけど、オパールよりも色数は少なく、銅藍のような強さもない。
虹色や玉蟲色というよりは夜の極光に近いかな。
曹灰長石はね。
主成分と不純物が薄い層のように積み重なって、光を乱反射をする構造になっているんだ。
記憶の蓄積によって得られた輝きを、限られた角度にしか見せないというのは実に彼女らしいのかもしれないね」
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それは鮮やかな黄金色の完全な立方体だった。
【黄鉄鉱】四波平 月張
「これはまたすごい形ですね!
カットした石ですか?」
「いや、この石はこれで天然の結晶だよ」
「ええとー。これ、まさか金とかじゃないですよね?」
おそるおそる聞くと、彼は一眼を見開いてそれから吹き出した。
「これは黄鉄鉱。
鉄と硫黄が結びついた鉱物さ。
でも、君と同じように多くの人々がこれを黄金だと間違えた。歴史的にもね。
おかげでこの石は愚か者の金などと呼ばれている。
もちろん黄鉄鉱は何をしても黄金にはならない。
まあどうやら今回、無理やりに錬金術をかけて黄金にしてしまおうとする動きがあったみたいだけど……
結局それは叶わなかったようだね。
それでもはっきりしていることはね、
黄鉄鉱は愚か者の金のまま、他の鉱石には真似できないほどの精緻な結晶を形作ることがあるってことさ」
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その石は、赤茶けた細長い結晶がニ本交差してできていた。
90度で交わる姿は石の十字架そのものだった。
【十字石】至神 かれん
「これは十字石。
貫入双晶という結晶の作られ方で自然こういう形になっているのさ」
「『神さまちゃん』が十字架ですか。
これはある意味イメージ通りかもしれませんね」
「なるほど、そういう見方のほうが一般的的なのかもしれないね。
彼女の願いは押し付けられた十字架の返上だと思っていたのだけど、
彼女の想いの石もまた同じ形をしていたのがすごく興味深かったね。
他者が押し付けてきた十字架に翻弄されながらも、自分の我儘のために他者を囲い他者を救う。
献身ではなく我欲をもって、こぼれ落ちた痛みを掬いあげることこそが、彼女の覚悟と矜持だったのではないかな」
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それは薄い桃色の半透明の塊だった。
可愛いといえば可愛いが、なんかどこかで見たことがあるような見た目をしていた。
【岩塩】八重桜 百貨
「これはなんですか?」
「これは岩塩。いわゆるヒマラヤ岩塩というやつだね」
岩塩。salt. NaCl?
輸入食品店によくあるゴリゴリ削るやつ?
「……岩塩って鉱石なんですか」
というか、岩塩が想いの結晶って何なんだ。
「面白いね、彼女は。
鉱石としての価値はあまりない。
安価でありふれて、簡単に手が届く。
けれどもし世界から岩塩が消えたなら、現状はきっと様変わりする。
彼女はきっとそういう存在なんじゃないかな。
ちなみに塩は錬金術における三要素の一つだというけれど、
今回黄鉄鉱にかけようとした錬金術はうまくいかなかったようだね」
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黒い金属光沢の小さな石だった。
ピラミッドが二つくっついたような八面体をしている。
【磁鉄鉱】求道 匠
「これは磁鉄鉱。強い磁性を持ち、天然の磁石になっているものも多い。
例えばほら」
引き出しから出したクリップを近づけると、すぐにピタっとくっついた。
「裏方で人と人とを繋いでいた彼女らしい結晶だね。
あまりに誠実に仕事をこなそうとして、本来引かれるはずのない銅藍に魅入られたりしたようだけど。
最終的には見事に舞台裏を支配して、悲劇を回避したようだね」
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それは真珠色の薄い板が
不規則に集まって薔薇の花のような形を作っていた。
【白雲母】鐘捲 成貴
彼がその結晶の先に爪をかけると、板状の欠片が剥がれてぱらぱらと落ちた。
「え、大丈夫ですかそれ」
「大丈夫というか。
薄く剥がれやすいのがこの石の最大の特徴だからね。
雲母摺りというのを知っているかい?
脆い雲母を粉にして膠に混ぜ、背景を塗りつぶすという浮世絵の技法があってね。
鱗状の粒子が光を反射してそれは華やかに絵を彩ったそうだ。
彼もまた、むやみやたらに光を振り撒いて周りみんなを輝かせようと奔走しているようだったね。
本人がその身を削っていることに全く無自覚なのが気がかりではあるけれど、
まあ、彼にはお付きの人がたくさんいるから止めてくれるのかな。
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それは奇妙な形をしていた。
いや、奇妙なのは形というより質感だ。
石そのものは確かに硬い硝子質のはずなのに、表面の模様が「鉱石らしくない」のだ。
まるで何かの飛沫がそのまま凍りついたかのように見えた。
【隕石硝子】羽曳野 琴音
「これは、何ですか」
「これはテクタイト。隕石衝突によって作られる天然ガラスさ。
衝突した巨大隕石のエネルギーで溶けて飛び散った石や砂が、上空で冷えて固まったものだと考えられている。
彼女の強い願いはあの事故を端を発するものだから。
きっと彼女にとってはその衝撃は忌まわしい痛みでしかなかっただろうね。
でもそこから生まれた結晶が、キンバーライトに熱を入れたのだとしたら、本人が望まざるとも価値のある痛みだったのだと思うよ」
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話を終えた彼は、ひとつづつ取り出して見せてくれた12の鉱石を丁寧に標本箱に納めていく。
その白い手を眺めながら、今日一番聞きたかったことを問いかけた。
「あなたは参加者の石を食べてしまおうとは思わなかったのですか?」
直球ダイレクトな質問に彼は眼を瞬いた。
おそらく彼を知る皆が思っていたことで、誰も聞こうとはしなかったことだ。
「そうだね、確かにどれもとても美味しそうだったけど。
彼らの結晶はゆっくりと成長するものだから。
食べてしまうとその先が見られないからね。
しばらくは愛でるに留めるよ」
そう言って彼は、目の前の標本箱を慈しむように目を細めた。