天才少女は舞台演劇の夢を見ない(嘘である)

これは幾星霜も昔の物語――。

音の無い時代に高らかに詩を歌う詩人が現れた。
その詩人は男だった。その詩人は女だった。
その詩人は子供であり大人であり、若人であり老人であった。

そして、詩人は貴方だった。
そして、詩人は私だった。

誰でもあり誰でもない詩人。
その詩人に、輪郭を与えるために駆けた者たちがいた。

「我こそは舞台の主役に立つ詩人である」と叫ぶ者たちがいた。

最後に残った八名。

それぞれが詩人であることを示すべく舞台に立つ。

────最後の舞台、中心に立つのは誰なのか。鐘を鳴らすのは誰なのか。

 

■■■

天才少女は
舞台演劇の夢を見ない
(嘘である)

■■■

 

『50年に一度、文化祭の前夜祭にあたる開催宣言の演劇で
主役を務めた生徒が鐘を鳴らした時に奇跡が起きる』

そんな伝説を巡り行われてきた天凌学園での主演争いもいよいよ佳境を迎えていた。
前夜祭まで残り一週間。演劇の行われる中庭では急ピッチで特製ステージが建設された。

そのステージで、主演候補上位四名が対峙をしていた。

序列四位:『天才の弟』 四波平月張。
学園の混乱に対し、自警団を編成。校内のパトロールを請け負い、支持と勢力を拡大。
『元天才子役 四波平 明』として学園中に演劇の開催を強く訴え大きな反響を呼んでいる。

序列三位:『ミス・パーフェクト』 天龍寺あすか。
その異名に恥じぬ実力で対峙する相手を全て粉砕。
中学部を中心に絶大な支持を集めるカリスマである。

序列二位:『お付きの人』 白露アイ。
四巡家と鐘捲家の潤沢なバックアップを受けのびのびと勢力拡大。
既にプロ活動をしている古院櫻花のお墨付きを受けたことで期待は上がるばかり。

序列一位:『天凌の陽光』 五十鈴陽乃。
品行方正、成績優秀、容姿端麗。前評判通りの実力を見せつけ勢力を拡大。
最近は演技に鬼気迫るものがあり、恐れるものすらいる。

各々が各々の戦場を勝ち抜き栄誉と票を保った傑物。
その四名が向き合っている。

もう数日で主演投票の結果が出る。
その前に候補者同士での最後の格付けが始まったのだ。
中庭に集まった客の前で、自身の主演の価値を示しあう。

「演り合う前に、一ついいかな」

五十鈴陽乃が怜悧な瞳を三人にぶつける。

「君達の願いは、何?」

それを聞いてどうするのだという顔をする面々に真剣な顔で告げる。

「私の願いは…月乃を助けること。【あの日の事故を無かったことにする】。もしも特に叶えたい願いがないのなら…私に主演を譲ってくれないかな…」

陽乃の願いは真実。
しかし意味は偽り。彼女の願い、【あの日の事故を無かったことにする】とは、正しく自分が死に姉が助かる世界にするという事。

「残念だが、それは無理な話だ…俺の願いは…【月乃】を助けること」

月張は真っすぐに五十鈴【陽乃】を見つめて返した。
月張の願いは、【月乃】を死なせず、偽りの自分ではなく生きていける世界にすること。
同じ願いを口にしながらも、見ているところはまったく違っていた。

月張に同調するように天龍寺あすかも続いた。

「先輩方には申し訳ないですけど、主演を譲る気は無いですね。別に願いは譲ってもいいですよ」

そういうと天龍寺は膨大な書類を取り出した。

「奇跡は、50年に渡り魔人能力者が生活した天凌学園という場、『天凌の霊脈』という霊脈、演劇という群衆を鼓舞する熱狂が相まって起きる儀式。現在運動場地下にある霊脈はまだ活発に動いてますし、奇跡は本物と見ていいでしょう。これだけの規模なら、願いの譲渡、代理で複数の能力を叶えることも可能と思いますよ!」

それは四波平日向の分析と一致していた。
それは五十鈴陽乃が飯綱千狐と関わって知った事実と一致していた。

天龍寺あすかは、片手間でこれらを調べ上げ、独力で真実に到達していたのだ。

「…わたしも、天龍寺さんと同じ考えです。主演を譲るなんて情けない姿、お嬢様にはお見せできませんから!」

白露アイも追随する。

「…悪いな、天龍寺の言い分も分かるが、『願いの譲渡が出来るかもしれない』なんて可能性に賭けるつもりはない。俺が主演となるのが一番確実だ。」
 

「…お願いで降りる人はいない、か。まぁそりゃそうだよね…じゃあ、やり合うとしますか!」

主演候補筆頭同士の最後の演劇勝負が始まる。

(ついにここまできた。これが終われば四波平明理想の俺も終わりだ。月乃を助け、アクション俳優になれない人殺しは去るのみだ。)

哀愁と、少しの感慨を瞳に込めて四波平月張は鐘を仰いだ。
自らの願いを叶え、夢に幕を下ろす存在である天凌の鐘を見た。
 

果してそこには────あるはずの鐘が無かった。

 

■■■

 

「ハァ!!?」
 

最近の四波平月張からするとらしくない、素っ頓狂な声が中庭に響いた。
しかし一瞬で自身を取り戻すと、頭脳を高速で回転させた。

(鐘がない!?…願いを叶えるには、場の力と演劇の力が揃ったうえで鐘を鳴らす必要がある。だからこそこれほどのパワーがある異物が外部に狙われずに学園に残ったわけだが…)

バッと音を立て振り返り、ステージの候補者たちを睨みつけた。

(支持を集めた学園の者が物理的に鐘を強奪してしまえば…他の候補者を完封できる!こいつら、やりやがったな!?)

月張の瞳に怒りが燃える。
どんな手を使ってでも願いを叶えるつもりの月張であったが、
【演劇をやる】という一線だけは守るつもりだった。

しかし、そんな四波平月張を待っていたのは、同じく怒りの色を込めた瞳。
五十鈴陽乃も、天龍寺あすかも、白露アイも。
互いに互いを鐘泥棒を見る目で見ていた。

「お前らじゃないんだな?」

「…先輩方ではない、ということですか?」

「…少なくとも私ではないよ」

「わたしでもないですね…」

困惑する四名の頭上からスコンと抜けるような声が響いた。
 

「フッフフー!皆さん、これをお探しですか!?」
 

深林さぐりが、鐘を抱えて特製ステージの最上段に仁王立ちをしていた。

「お前…」

「私の願いは!アマゾンの素晴らしさを知らしめること!!学園の七奇跡何するものぞ!アマゾンの奥地こそ最高!!その証明をすること!!」

月張の出しかけた言葉を全く無視して深林さぐりは演説をぶちまける。

「しかぁし!!」

ビシ!と音の出るような豪快な動きで深林さぐりは天龍寺あすかを指さした。

「私は!感動した!あのロータリー!天龍寺さんと酒力さんの見せた演劇!アマゾンと演劇のハーモニー!調和!チョワー!」

もうこの時点で上位陣四名と、中庭に集まった観客たちは嫌な予感に包まれていた。

「そう!アマゾンと演劇の奇跡の鐘は対峙するものではなかったのです!!最高の者同士で手を組めばそのアマゾンパワーも奇跡パワーも倍!いや百倍!」

満面の笑顔で深林さぐりは最悪の宣戦布告をした。

「アマゾンと鐘の力を合わせて、願いを叶える奇跡のアマゾンにしてしまえばよいのです!!さあ!最高の大アマゾンを!私にはそれが出来る!!」

酷いハイテンションの暴論であるが、それを言うだけの実力が深林さぐりにはある。
実際、学園の魔人能力者の中で深林さぐりのパワーは傑出している。

アマゾンの奥地っぽい異空間を作成する空間作成能力。
相手の同意なしにアマゾンへ拉致する空間跳躍能力。
アマゾンエゾヒグマ、アマゾンキツネクイオオタヌキなどを発生させる召喚能力。
古代遺跡やら財宝を生み出す陣地作成、物質構築能力。
アマゾン内の時間の流れを外部と変える時空操作能力。
本人すら知りえぬ過去を現出させる亜種テレパシー能力。

『天凌スペシャルさぐりちゃん探検隊シリーズ』は、これら複雑な能力を組み合わせ同時に施行させることが出来る異常な能力である。しかも深林さぐりはこの能力を二週間以上ぶっ続けで稼働させることが可能な精神力を持っているのだ。

魔人能力のパワー、という点で見れば五十鈴陽乃も白露アイも天龍寺あすかも四波平月張もまるで相手にならない程の使い手である。

「…深林さん、やめなよ。それは危険すぎる。」

それを加味してもなお危険すぎると陽乃は止めた。

「この土地は、かつて霊力を持った獣達の楽園だった。学園にはまだその頃の霊脈が息づいている。…奇跡の源泉となっている『天凌の霊脈』は、魔人能力者程度で扱える代物じゃない。鐘に溜まった力を利用した瞬間、はじけ飛んでしまうよ」

そうなっては奇跡も何もあったものではない。
真剣に陽乃は説得をする。

「そうだよ!深林さん!それに…深林さんの能力、対象者の体力を吸い取っちゃうじゃないですか…お悩み解消くらいならいいけど、願いを叶えるまでいくと…」

その説得に、アイも続いた。
説得、というよりも本心からの心配を口にした形ではあったが。

「ふむ!心配はごもっとも!しかしご安心ください!魔人能力は認識の力!なんか体力を吸ってしまうということを、認識さえしてしまえばある程度の操作は可能!!具体的に言うと私、体力を吸う相手、同意さえあれば選べるようになりました!」

とんでもないことをアッサリと口にする。
自らの強固な認識でアマゾンを生み出し、世界のルールを捻じ曲げてきた深林さぐりにとって、
自分の能力のルールを捻じ曲げるなど造作もないことだった。

「いやいや!深林さん!それ何も解決になっていないですよ!体力を吸う相手選ぶって…そんなの、その人がミイラになるだけじゃないですか!同意する人なんていませんよ!」

アイの真っ当な指摘に、さぐりはニンマリと笑った。
その言葉を待ってましたと言わんばかりの笑いだった。
 

「いるじゃないですか。体力を吸われても問題ない方が。『天凌の霊脈』を耐えられる・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・方が!妖狐の力を無限に引き出せる方が!!」
 

その言葉の意味を皆が理解すると同時に、上空に光が灯る。
一尾あたり百匹分の霊力容量を持つ十尾の妖狐。
究極の妖狐を目指して作られたデザイナーズフォックス。
その完成形である飯綱千狐が姿を現したのだ。

 

■■■

 

生物としての格が違う圧倒的な迫力。
中庭に緊張感が走る中、千狐のいつもどおりのほんわかした声が響く。

「えっと…もう出てきてよかったんですよね?では…深林先輩…!お願いします!アマゾンを!わたしの狐パワー使っちゃってください!」

千狐の十尾が金色の光に包まれる。

「待て!そんな無茶苦茶…させるかよ!」

四波平月張が深林さぐりに一直線に飛ぶ。
飯綱千狐の莫大な霊力と、鐘に満ちたエネルギーとアマゾンを用いれば皆の願いは叶うかもしれない。
しかしそれは完全にギャンブルだ。そんな奇手に自身の運命を任せるつもりはなかった。

アクション俳優としての訓練を生かした風のような身のこなし。

鐘に向かい真っすぐに跳ねた月張は、しかして一瞬のうちに取り押さえられた。

「気持ちは分かるっスけど、大人しくしといてくださいよ。これがセンパイに残された唯一の勝ち筋なんで。」

学園でも有数の暴力保持者、荊木きっどが組み伏せたのだ。

「荊木…ってことは酒力も…!」

「御名答っス。自分が生き返るきっかけくれたアンタを取り押さえるのは心ぐるしいっスけどね。センパイからアンタらへの伝言っス。

『お前たちはドン・キホーテを知らない。無謀な戦いを挑む愚者の意地を知らない。』
『盤面は、ひっくり返させてもらう。上位も下位もねえ。』

とのことで…」

抑えられながらも月張は返した。

「待て…確かに八重桜の歪みが消えた結果お前の呪いも解かれたはずだが…ここまで早く傷は癒えないだろ…」

月張の疑問を、柔らかな声が斬り捨てる。

「ふっふふー?好きにやっていいと言ったのは月張くんナミーくんさんだぜ?傷を癒すなら神様ちゃんのお得意の世界だぜ☆」

当然声の主は神様ちゃんこと至神かれん。
深林さぐりによる単独の暴走と見えた鐘の奪取は、主演最終候補下位陣による計画的クーデターだったのだ。
 

奇跡の鐘が輝き始める。
魔人能力者を集めた学園で50年間繰り広げられた演劇の力が、元々の霊脈と融合し呼応する。
それを深林さぐりがアマゾンと接続する。必要なエネルギーは飯綱千狐が補う。
 

「さあ!始まりますよ!アマゾンが!一世一代!一心不乱!究極最高のアマゾンが!」

深林さぐりの大絶叫が中庭に響いた。
 

「アマゾン、最高!!」
 

主演候補者たちの体が光に包まれ、『奇跡の鐘のアマゾン』への強制拉致が始まった。

「あ、悩みを解消するのにアマゾン探検が必要だったように、願いを叶えるにはアマゾン試練に打ち勝つ必要があるので皆さん頑張ってくださいね!更に更に、当然ですが演劇の儀式は外せないですからね!!」

物凄い重要情報が拉致の真っ最中に告げられる。

「「「それ、一番先に言ってくれないかなぁ!!!」」」

奇跡の担い手候補者たちの絶叫が中庭に響き渡ると、彼らは忽然と姿を消した。

 

~~Lets アマゾン!!~~

 

■■■

 

飯綱千狐が意識を取り戻した時、すでにそこはアマゾンだった。
正確にはアマゾン内の遺跡?であろうか。

鐘の力が混ざった結果か、以前体験したアマゾンよりは随分と文明的になっているようだ。

ほっと息をつく千狐の前にゆらりと影が一つ。
異物の存在を感知しすぐに迎撃態勢に入った千狐は、あんぐりと口を開いた。

そこには、飯綱千狐自身が立っていたからだ。
正確には、妖狐として覚醒する前のあどけなさの残る千狐が立っていたからだ。

呆然とする千狐に、影が告げる。

「我は影。汝の心の揺らぎから生まれ試練を課す影。願いを口にせよ。応じた試練を課す…」

千狐は迎撃態勢を解除した。
影の言葉が事実だと、なんとなくではあるが“分かった”からだ。
鐘の力を受けたアマゾンの内部にいるからだろうか。
奇跡は理屈抜きに実在を感じさせるから奇跡なのだろうか。

おずおずと、しかしハッキリと飯綱千狐は願いを口にした。

「わたしの願いは…【故郷の景色の復活】です…」

「…それは、汝の故郷ではないのにか?汝には帰るべき故郷などなかったのにか?」

流石は千狐の心から生まれた影、と言ったところだろうか。
千狐の事情は当然理解しており畳みかけてくる。

「妖狐たちの故郷を復活させる…里の人々の失われた命で作られた汝がそれを望むという事は、自身の消滅を願うに等しい。霊脈や鐘によるブーストで命の返還ではなく命の複製を行うのであれば僅かばかり汝が生存できる可能性もあるが…それは、酷くか細い可能性の糸であるぞ」

いや、畳みかけるというよりも真摯に説得するといったところか。
アマゾンも、奇跡の鐘も、学園の誰も、千狐の消滅など望んでいない。

「よく考えよ。汝は今、何でもできると言って過言でない程の霊力を持っているのだぞ?伝説として語られる大妖狐と比較してもなんら劣るところはない。大国を裏から操り甘い汁を吸うなど造作もないほどの力だ。────それを、実際には過ごしたこともない故郷の復活のために力を捨てるのか?命を捨てるのか?」

影の言葉に、千狐は真っすぐに答えた。

「それでも、わたしの願いは【故郷の景色の復活】です。偽りの記憶であったとしても、あの夕暮れの村があったから実験にだって耐えられたし、ここまで歩いてこれました。それに、わたしは、力なんていらない。この十尾の力、全て自分と皆の願いに注ぎましょう!」

怖くないわけじゃない。
死ぬかもしれないと思うと、足が震えて涙が滲んでくる。
それでも目は逸らさずに真正面から影を見据えた。

「…汝の願い、聞き入れた。では、試練に臨むがよい!」

そう言うと影は掻き消え、視界を埋め尽くさんばかりのアマゾンキツネクイオオタヌキと、妖狐族の黒服たちが現れた。千狐にとってのトラウマ。理不尽な暴力の象徴。それらを乗り越えて見せよと影は告げた。

アマゾンを、青白く美しい狐火が踊った。
飯綱千狐、最後の戦いが幕を開ける。

 

■■■

 

「…よぉ、俺。願いを口にしな。それに応じた試練を与える。」

 

酒力どらいぶは、自身の影を前に頭をボリボリと掻きむしった。
実のところ、酒力にはどうしても叶えたい願いなどない。
ただ、敢えて今望むのならば。

「…あ~、俺の願いは、だ。【前夜祭演劇の主役になる可能性が欲しい。純粋に演技の勝負を全員としたい】だ。…正直な、票稼ぎとか勢力拡大とか俺は疎くてよ…別に五十鈴や四波平が悪いとはいわねえけど…」

その願いに、影は大いに笑った。

「笑わせてくれるなあ俺!分かってるんだろ?試練のあとに前夜祭の演劇があり、その演劇の完成をもって奇跡は発動する。お前の願いは、演劇の前にある。奇跡の前借りをさせろと言っているに等しいんだぜ!?」

「うるせえな、俺。『今』やらずに将来出来る保証があるのかよ?」

「そう!その通りだ俺。強欲だな!では、俺に試練を与える!俺は、俺を演技で満足させろ!」

影は酒力どらいぶに、影を満足させる演技をしてみろといった。
上等だ、と胸元からスキットルを取り出す。

しかし、そこから出てきたのは葉っぱだけだった。
狐に化かされたかのような顔をする酒力に影が告げる。

「試練はな、素面で行ってもらうぞ。酒の力を借りるな。シャッキリしない演技をぶち壊して、俺自身を満足させろ。」

酒なしでの演技。
少し前の酒力どらいぶであれば怖気づいたかもしれない。
内気に背を丸めて逃げていたかもしれない。

「…自分の二面性くらい使いこなさないと、アイツには勝てねえよな…」

脳裏に浮かぶのは、あの日のアマゾン。
内に潜む虚無と折り合いを完全につけていた天龍寺あすかの老婆。

「やってやらぁ!ダメ出しは遠慮なくしてくれよ?俺!」

悪魔ならざる身で演劇に身を焦がす。
酒力どらいぶは、本気で盤面を覆すつもりである。

 

■■■

 

「ん~アマゾンの空気!いつ来てもいいものですねえ!私!」

「ええ!その通りですねえ私!」

「アマゾン、最高!」

「アマゾン、最高!」

深林さぐりは早速自身の影と意気投合していた。
小一時間ほどアマゾンコールとアマゾンあるあるを繰り広げ一息ついたところで、影が本題を切り出した。

「さぁ、私!願いを口にしなさい!アマゾンは雄大!能力者自身の願いも当然叶えるのです!」

「むぅ…正直、鐘と協力して大アマゾンを展開したことで願いの大半は叶ったようなものなのですが…そうですね!では、願いを決めました!私の願いは、【学園の全員が同時にアマゾン最高!】と思う事です!」

「流石私!最高の願いですとも!」

爽やかに告げられた願いに、全力の笑顔で影は応える。

「では、試練を与えます!私たちにとってアマゾンとは!なんでもある!何でも叶えてくれる!…そして!時間通りに来てくれる憧れの存在!」

遺跡の壁が猛烈に動き出し、迷宮が生まれた。
何が始まるのかと目を丸くするさぐりの目前の壁に映像が映し出される。

そこには、かつての深林さぐりが映っていた。
誰もいない家で一人、アマゾンからの贈り物を待つ幼き自分が映っていた。

「…これは…」

「…さあ、私。あの日の自分を時間以内に見つけてあげてください。アマゾンは最高だって。そのおかげでもう元気に走り回れるって。待っている私に伝えてあげてください…」

それは、かつての自分を自分で救う行為。
深林さぐりは今まで、数多の人を自らの能力で導いてきた。
ありがた迷惑の強引な手法であったかもしれないけれど、献身的に動いてきた。
自分のことは顧みずに。

影はこう言っているのだ。───自分を救ってこそより他人を救えるのだと。

「…流石私です。この試練、必ず乗り越えて見せますとも!アマゾン、最高!!」

深林さぐりが駆ける。
迷宮をものともせずに、迷いなく。

アマゾンは、時間通りに届くだろう。

 

■■■

 

「ふむふむ?神様ちゃんを鏡以外で見るのは初めてですが…やっぱり神を超えてしまっているのです…!スーパーラブリーなのです…!」

「その通りなのです…!これはまた『神様ちゃんを囲む会』の会員が増えること確定なのです…!」

キャッキャウフフと互いに褒め合う至神かれんとその影。
ひとしきり笑い合った後、願いを求められたかれんは願いを口にした。

「神様ちゃんの願いは、【吸血鬼能力の破棄】なのです。逆十字の呪いは解けた?と思うのですけど…正直その辺り怪しいのです。神様ちゃんのおじいさまはまだピンピンしてますし…」

また屋上からダイブも嫌ですしね、と付け加えた至神かれんに、影は薄く悲しく笑った。

「では、これから試練を与えるのです…こいつらを乗り越えてください。…頑張るですよ。私…」

そう言うと影は薄靄に消えていった。
その瞬間、粗野で荒い声が襲い掛かってきた。
 

「お、かれんじゃん。丁度良かったわ。灰皿んなってよ」

「火傷?治せばいいじゃん」

「ギャハハハ!みっちゃん鬼すぎウケる!!」

それは、かつて至神かれんを苛め抜いた三人組。
治癒能力を持つのをいいことにひたすら嬲られサンドバックにされた記憶がかれんを襲う。

ガクガクガク!と膝が震える。
汗が顔面からドッと溢れ、頬が赤く染まった。
目にはうっすらと涙すら浮かんだ。

「オラかれんさっさと来いよ!」

「何震えて泣いてんの?怖いの?」

「怖くないよねぇ~?これ遊びだもん。治せばチャラチャラ!」

どうにかかれんは言葉を絞り出した。

「怖くなんか…ないのです」

そう言うといじめっ子たちの側に近づき、しゃがみこんだ。
何をしているんだと覗き込もうとしたいじめっ子に、思いっきりジャンプし、鼻っ柱に強烈な頭突きをお見舞いした。

「お前らなんか!これっぽっちも怖くないのです!!五十鈴ちゃんさんに比べたら!天龍寺ちゃんさんに比べたら!月張くんナミーくんさんに比べたら!お前らなんてちっぽけなゴミ野郎なのです!!」

いじめっ子の鼻から盛大に血が吹き出る。
至神かれんの体を占めていたのは、猛烈な怒り。
いじめっ子に対しての怒り。
そして何より、こんな奴らのために人生を捨てようとしていたあの日の自分に対する怒り。

怒りで体中が震えあがり、紅潮し、悔し涙すら浮かんでいた。

 

「やって!やるのです!」

 

至神かれんは、血まみれの靴でも気丈に踊った五十鈴陽乃を思い出した。
至神かれんは、一部の隙もなく華麗に蹴りを繰り出す天龍寺あすかを思い出した。
至神かれんは、数限りない傷を負っても歩み続ける四波平月張を思い出した。
 

熱持たぬ死体のはずの体に、熱いものが走る。
負けるはずがなかった。

 

■■■

 

白露アイは自分の影と向き合う。
付き添うのが癖となっているせいかアイは会話の口火を切る方ではない。
影も同様だったようで、しばらく沈黙が続いた。

おずおずと影はアイに願いを尋ねた。

「…そうですね。わたしは、少し前まで【わたし達の取り替えの事実を知る全ての人から、その記憶を消して貰う】というのを願いにしていましたが…それはもうどうでもよくなっていますし…」

しばらく頭を悩ませてから、アイはゆっくりと言葉を溢した。

「わたしは…私を取り巻く世界が好きです。お嬢様と、それを包んでいる世界を愛しています。だから…【学園の皆様が今より少し幸せになること】を願います。」

その願いに、影はゆっくりと笑った。

「わたし。それは酷く傲慢で大それた願いだと気が付いていますか?人それぞれ幸せの尺度は違うのに。誰もが幸せになれる世界など幻想だと理解しながら、それでもなお皆の幸せを願うのですか?自らに願いを使わず?」

影の問答に、アイはゆっくりと笑い返した。

「お嬢様のいる世界の幸せがわたしの幸せです。これは、わたしに対して使った願いなのです。」

その答えに影は声を上げて笑い光となって消えた。

「どこまでも傲慢!ならばわたし!これと向き合ってから同じことを言いなさい!」

その瞬間、白露アイの目前に両親が現れた。
正確にはアマゾンが生み出した幻影の両親。
更に正確に言うならば、アマゾンが生み出した、本当はお嬢様の両親であるにもかかわらず自分の両親という事になっている存在。

「…わたしの影。わたしは、お嬢様のいる世界の幸せがわたしの幸せと言った筈です。その中には、この人たちも含まれるのです。この人たちが何を考えていたかは分からないですが…わたしは、この人たちにも幸せになってほしい…」

白露アイは真っすぐ歩く。
薄く笑みを浮かべて。

お嬢様と幸せになることに、なんの疑問も障害もなかった。

 

■■■

 

鬱蒼とした密林。それらをかき分け進む五十鈴陽乃の前に、自身と全く同じ顔をした少女が立っていた。

「陽乃…?」

思わず【陽乃】としての立場を忘れて姉の名を呼ぶ。
その声に目前の少女は、歪に、ニンマリと笑った。

(違う…!こいつは!)

「…そうだよ。ワタシ。私は、貴方自身さ」

卑屈で歪な笑い方は、確かに月乃の内面を現していた。
悲しいかな、その事実は自分自身が一番理解できた。

「そういやな顔をするなよ、ワタシ。こっちはただルールを説明しにきただけなんだからさ。でもまずは…ワタシの願いを聞かせてもらおうかなぁ」

警戒を解かない五十鈴陽乃に、影は大仰な動きで発言を促す。

「…私の願いは…【あの日の事故を無かったことにすること。自分が死に、五十鈴陽乃が生き残った正しい世界にすること】…」

その願いを聞くと、陽乃の影は、五十鈴陽乃の正面を真っすぐ指さした。
その先には鬱蒼と茂る密林の闇が広がり、ほんの僅かばかりの光が遥か遠くに見えた。

「光の先まで、立ち止まらずに歩き続けろ。たったそれだけ。それだけで奇跡はワタシのものだ。」

「それだけ?それだけでいいの?」

「ああ、それだけだ。ワタシはこれまでよくやってきた。そんなお前にこれ以上の試練を課すのは酷ってもんさ。」

突然の賞賛にやや困惑する陽乃。

「アハハ、堂々としてよ、ワタシ。実際よくやってるって。偉大な陽乃に成りすましてさぁ。ここまで露見しないで、序列一位を保ってるじゃないか。胸を張っていい。奇跡を願う権利に一番近いのはワタシだよ。」

影の言葉に極力耳を貸さないようにしながら、陽乃は一歩一歩着実に進んでいく。
誰にも称賛されてこない努力を認められることに、少し心が温かになったが、それをなるべく顔に出さないようにして一歩一歩重ねる。
 

「だからさぁ…陽乃、生き返さなくていいじゃん?」
 

グッ、と喉の奥が潰されるような感覚が陽乃に走った。
一瞬心が温かくなったからこそ、冷たい言葉が胸を裂いた。

「陽乃を生き返してどうなるの?そうしたら陽乃がまた表舞台だよ?それどころじゃない。ワタシが頑張って頑張って積み重ねた票も、信頼も、実績も、全~部陽乃のもの。ワタシは不出来な妹扱いのままこの世とオサラバ。ねぇ~~、それでいいのぉ?」

「か…構わない…!」

これは私の足を止めるための言葉。
そう切り捨てて先へ進む。進む。進む。進む。

どれだけ歩いただろう。何分?何時間?何日?
時間の感覚があいまいになる。喉が渇き足は痛み目が霞む。

しかし、密林の先の光は少しも近くならない。
それどころか、僅かに遠のいている気がする。

「アハハ!…口では構わないなんて言ってもさぁ…少し揺らいじゃってんじゃん。───ここは願いへ至る道。ワタシの覚悟を見る試練の回廊。生半可な想いなら奇跡は遠のくだけだよ。」

胸に刺さる冷たい気配に足が止まりそうになるが、それを必死で振り払い陽乃は進む。

「うるさい!!私は構わないと言っている!」

「おお、言い切るねえ。じゃあワタシはそれでいいとしよう。でもさぁ、当の陽乃はどうだろうね?」

「え」

予想外の切り口に間の抜けた声が出た。

「必死に頑張って輝いたワタシの手柄をさぁ、まるっと受け取って今まで通り【陽乃】でいられるかなぁ?お姉ちゃんは優しいからさぁ、自分が【月乃】になるとか言いそうじゃない?元の木阿弥。自分を犠牲にしてワタシを蘇らせる道を探しちゃうんじゃない?」

陽乃の最期を思い出す。
不出来な月乃の身代わりとなって血だまりの中、ボロ人形のようになって息絶えた姿を思い出す。
死の間際でも【月乃】のことを考えてくれた優しき姉の姿を思い出す。

「なぁ、陽乃はどうすると思う?ワタシさぁ?」

影の挑発に、陽乃は叫ぶように答えた。

「分からない!!」

思ったより荒い語気での返答に、影は面くらう。

「そう…分からない!分からないんだよ!『太陽と月の幻視鏡エクスペリエンス・ヴィジョン』で今までは陽乃の考えは何でも分かった!分かっていたのに…!!」

既に五十鈴陽乃の顔面はぐちゃぐちゃになっていた。

「…能力を発動しても、いるはずのあの人がいない。今まで一番すぐそばにいて理解し合えたあの人がいない。…分からないくらいなら、私のいない世界であの人に叱ってほしい。蔑んでほしい。なんでこんな馬鹿なことしたのと泣いてほしい…!」

堰を切ったように転び出る陽乃の暗黒の感情。
五十鈴【陽乃】として繕ってきた日々が終わる。

それを冷たい目で見つめた影は言葉を投げる。

「ワタシの在り方を、姉が望んでいなかったとしても、か?」

その問いに、濁った眼で真っすぐに五十鈴陽乃は答えた。

「ああ。これは私のエゴだ。私がやりたいから、姉さんを生き返らせるんだ。そうして死んでいくんだ…!!」

もはや五十鈴陽乃は影を見ることはなかった。

ただ我武者羅に、密林の先の光へ駆けていく。
その背に、影は切なげに言葉を漏らした。

「なぁ、ワタシ。それでいいのか?どこかには、必ずワタシを想ってくれる奴がいるはずだろう?その想いを無視してさァ…それでいいのかよ?」

足元の石を一つ蹴り飛ばし、影は嘆いた。
 

「誰でもいい。ワタシの幸せを願ってくれ…!!」

 

■■■

 

「俺の願いは、【五十鈴月乃が幸せに生きる世界】だ。」

四波平月張は、自身の影に向かい願いを投げた。

否。正確には、それは四波平月張の影ではなかった。
それは、四波平日向の影であった。
月張の心の揺らぎから生まれたのは、自ら殺めた兄であったのだ。

四波平日向の影はその願いにただ一つ、ゆっくりと笑みを浮かべるばかりだった。

「よくわかったよ。月張。やはりお前は月だ。スターとは、傲慢でなくてはいけない。願いを叶えるならば、この試練を越えて行け。」

そう言うと、四波平日向の影は上着を脱ぎ、月張に向きあった。

「演技を付けてやる。俺が満足したら合格だ。どこへなりといくがいい」
 

こうして、二人の演技指導が始まった。
アクションという点では秀でている月張であったが、演技という点では日向に二枚も三枚も劣る。
その未熟を埋めるために必死に抗う。抗い続ける。

どのくらいの時間が経っただろうか。
長き修練の果てに、遂に四波平月張は四波平日向と合一し、正しき四波平明となった。

肩で激しく息をしながら、月張は自身の完成を噛み締めた。
そうして、ここまで導いてくれた影法師に目を向ける。

「…ありがとうな、兄貴。あんたはクソ野郎だけど…それでも、この指導には感謝をする。誰も聞いていないから言うが、やっぱりあんたの演技は最高だ。…俺の理想の一つだった。」

月張の感謝の言葉に、日向の影はむず痒そうに笑った。

「よせよ。俺はただの影法師。実際の兄とは関係ない。お前の心の揺らぎを利用し、鐘とアマゾンが創造した影に過ぎねえ」

そうして、一気に言葉を繋げる。

「ま、だから俺の正体を正確に言うと、【お前の中の兄貴】だ。お前が俺に理想を見たのなら…お前はこの期に及んでも兄を尊敬しているのだろうさ。」

日向の影の言葉に酷く複雑そうな顔をしながら、四波平月張は駆けた。
願い叶う出口の光を目指し、真っすぐに駆けていった。

そうして光に向かい駆けていく四波平月張の背中を見つめながら、四波平日向の影は虚空に呟いた。

「五十鈴月乃は、【自分が死に、五十鈴陽乃が生き残った正しい世界】を願った。四波平月張。お前は自分の願いを【五十鈴月乃の生存】に使う。────だが、それではお前らの心は救われない。月乃の心は照らされず、お前は兄殺しのままだ」
 

(どこかに、不器用な月を照らそうとする酔狂なやつがいればいいんだがな)
 

それこそ影法師にしては過ぎた感情か、と誰にも聞こえない小さな声でフッと一つ笑って四波平日向の影は密林に消えた。

 

■■■

 

「…今何と言った?」

天龍寺あすかの影法師が、輪郭を激しく揺るがせる。
 

「何度も言わせないでよ。ワタシの願いは、【四波平日向の蘇生】よ。」
 

「…何故?」

「ワタシの影にしては鈍いわね。…心の揺らぎか何かをトリガーに影を生んでるのかしら?そうなると…劣化コピーになるのは仕方ないかしら。」

挑発的な笑顔をしても、その実、天龍寺あすかの心は特段動いてはいなかった。
心の揺らぎを糧に生み出される影法師は、天龍寺あすかに対しては正しく機能できなかった。

「簡単な話よ。今の五十鈴陽乃先輩は偽物。月乃先輩のなりすましよ。」

さらりと、なんでもないことのように五十鈴陽乃最大の秘密を口にする。

「現在学園は例の鐘捲君の財力で、セキュリティが馬鹿みたいに強化されてるわ。学内の主な場所には監視カメラがある。…当然、中庭での四波平先輩と五十鈴先輩のやり取りも映っていた。五十鈴先輩の正体も、二人の関係も把握してるわよ。」

なおも困惑する影に呆れながら捕捉をする。

「何故監視カメラの映像を見ることが出来るか?ハッキングに決まってるでしょう?鐘捲家の用意したセキュリティ、外からの守りに特化していて内にはあまり向いていなかったから痕跡一つ残さずハッキングできたわ。」

当たり前のように最高峰のセキュリティシステムに侵入したと告げる。

「五十鈴先輩の願いは【自分が死に、五十鈴陽乃が生き残った正しい世界】と分かった。四波平先輩の願いが【月乃先輩を助ける、四波平日向は諦める】世界と分かった…。何故四波平月張の考えが分かったかって?至神先輩に色々聞いていたのよ。自分は幸せになってはいけないなんて自暴自棄になった先輩の話を。」

全てを把握しきった状態で、天龍寺あすかは語る。

「このままでは、五十鈴姉妹の命は救われても、肝心の心は救われない。四波平日向は死んだままで、月張は罪の檻に囚われる…」

だから自分が四波平日向を助けておくのだ、と天龍寺は述べた。
天龍寺の影は問う。何故そこまで他人を救うのかと。自らに願いを使わないのかと。

「…そっちの方が“マシ”だと思うから。…私に願いは何もない。ただ、演劇に関わるどこかの誰かが不幸になるのは、ほんの少しばかりムカつく。…ワタシは、その僅かのために駆ける。」

微かな炎のために他者に奉仕すると宣言した天龍寺の影は笑って語った。

「ハハッハ!お前のような存在もいるのか!残念だが、お前の内面はよく分からん!心がほとんどない人間にはトラウマを抉ることもできない!」

ならば、と影は続けた。

天龍寺の目前には、アマゾンエゾヒグマが大挙していた。

「そんな相手に用意する試練は、単純暴力!まぁ、必死に生き延びてくれ!」

害獣の大軍を前に、天龍寺あすかは笑った。

「上等ね!」
 

────こうして、候補者たちはそれぞれ最善を尽くして試練に挑んだ。

間もなく、試練が終わる。

 

■■■

 

中庭に光が満ちた。
その瞬間、主演候補八名が同時に中庭のステージに降り立った。

八名全員が試練を乗り越えて現実に戻ってきたのだ。
全員が全員ギリギリの戦いであった。
彼ら彼女はボロボロであったが、酷く満足げな表情をしていた。

彼らは感覚で理解していたのだ。
アマゾンと鐘の力により、自らの願いが叶ったことを。
あとはただ全霊を尽くして演劇の鐘を鳴らし儀式を完遂するだけである。

────全員が乗り越えることが出来たのは、どこぞのお人好しが【皆の幸せを願ったから】とは誰も知らない。

戻ってきたステージでは、今まさに前夜祭の演劇が始まろうとしていた。
彼ら彼女らは揃って一週間後の前夜祭の瞬間に跳んでいたのだ。
アマゾンの中では時間の流れは均一ではない。
アマゾンが調整して最後の舞台に主演達を揃えた。

ステージを仕上げていた求道匠が叫んだ。
報道の準備を進めていた新聞部の物部鎌瀬が叫んだ。
前夜祭の奇跡を目撃したい、学園の誰もが叫んだ。

「「「戻ってきたぁ!!」」」

彼ら彼女らは、候補者たちを信じて舞台の準備を進めていたのだ。
そうして、主演候補は見事に舞台に間に合った。
ボロボロで憔悴しきっているが、どこか晴れやかなその姿は、
「願いが叶ったこと」
を如実に示していた。

その上で正しい時間に演劇が出来るように、アマゾンという大いなる世界は調整をした。
信じて待っていた学園の生徒たちはそれを理解し、【全員我知らず呟いた。「アマゾン、最高」と。】
 

舞台に降り立った八名。
今まさに前夜祭の瞬間。

このままぶっつけ本番で演じるしかない。

誰ともなく、一番正直で、一番残酷な手法を選択した。
それは、誰しもが詩人である世界。

全員が代わる代わる詩人を演じ、己の中の詩人を示していく。
観客はそれぞれの詩人に熱狂するが、少しでもこの詩人は違うと感じたら冷めてしまう。
それは、演じている当事者も同じだ。

即ち、全員で詩人を演じ、詩人にふさわしくないものから観客へと消えていくバトルロワイヤル。

【全員でおこなう、真っ向からの演劇勝負】であった。

「…願い、叶っちまったなあ」

酒力どらいぶの呟きを皮切りに、最後の演劇勝負が幕を開けた。

 

■■■

 

LAST BATTLE START !

 

『神よ我が道を照らしたまえ!それでも我は進むのだ!』

『嗚呼、天上の星々よ!心あらば聞くがいい!地上に在るちっぽけな人の叫びを!』

各々が各々の詩人を示していく。

そのようなサバイバルの中、最初に限界を迎えたのは────飯綱千狐であった。

無理もない。彼女に至っては、今生きていることが奇跡。
全霊を込めて皆の願いを叶えるために死力を尽くしたのだ。
十尾あった尾は一本しか残っていない。
その残された尾も耳も、生気がなく枯れ果てていた。

(嗚呼…目がくらむ…息ができない…最高の演劇が出来なくては、願いは叶わないのに…故郷は蘇らないのに…!)

涙で滲む光景には、五十鈴陽乃の、天龍寺あすかの、白露アイの至上の演技が広がっていた。

(…信じていいよね…奇跡の鐘を、最高の形で鳴らせることを!)

力尽きる間際、飯綱千狐は詩人の旅程の片隅に在る村人として叫んだ。

『詩人よ、詩人よ!私は祈る。貴方の旅が意味あるものであることを!貴方の旅が、かけがえのないものであることを!!』

最後の力を振り絞った飯綱千狐は気を失い、観客席に倒れ込んだ。
それを優しく受け止めたのは、保険医の那須ほがらかであった。
 

「…貴方はよくやったわ。私が誇りに思うくらいに。」
 

【飯綱千狐:脱落】

 

(ふむ…どうやら私はここまでみたいですね!)

深林さぐりは考える。
大アマゾンは皆の願いを叶えた。
自らの願いも、最高の形で結実した。

ならば、あとは演劇上手の皆様に任せて奇跡の鐘を鳴らすだけである。

…そのはずであるのに、深林さぐりは舞台から離れられなかった。

自身が未熟であると知りながらも、限界まで舞台の上に立っていたかった。
その感情は、自分自身でも理解しえぬものであった。

(どうして?どうして私は未練がましく舞台に立っているのでしょうね?)

そう思った瞬間、深林さぐりは輝くような笑顔と共に大音声で叫んだ。

「分からない!分からないなら!アマゾンです!!私は謎を解くためにアマゾンに跳びます!さらば!ホンギャラ!」

嵐のように、深林さぐりは舞台から去っていった。
 

【深林さぐり:脱落】

 

(これは…ちょっと厳しいぜ☆)

神様ちゃんの足が震える。
喉が枯れる。
演劇素人に近い神様ちゃんとしては大分持った方と言っていいだろう。
ただ悲しいかな演劇人としての素養が他のメンバーとは違い過ぎる。
全力の全力を出してもまだ届かない。

(ハハ…悔しいなあ)

これ以上舞台に立っていられないと去る直前、至神かれんは五十鈴陽乃の方を向いて語った。

『詩人様、私はここでお別れです。貴方の旅程の無事を祈ります。…また、来年。』

 

また、来年。

 

それは、さりげなくも温かな言葉として五十鈴陽乃に染み込んだ。
奇跡関係なく、演劇の場は訪れるのだ。
奇跡関係なく、また一緒に演りたいと、至神かれんは告げたのだ。

最後に五十鈴陽乃の心を温め、神様ちゃんは舞台から去った。
 

【至神かれん:脱落】

 

白露アイは、最後の演劇に勤しんでいた。
彼女の演劇は熟練の域に達していたと言って過言ではなかった。
このまま演技を続ければ、最後の一人として舞台に立つ未来も十分にありえた。

しかし、肝心の白露アイ自身が“それ”に興味を持てなかった。

自分でもその理由が分からず、半ば反射で演技を続ける中、観客席に一人の影が揺らいだ。
影の名は、四季巡絶佳。白露アイの敬愛する、否、心から愛する唯一のお嬢様である。

彼女を見た瞬間、アイは自身の心を知った。
胸に燃える衝動の意味を知った。

(嗚呼…私の願いは…!)

白露アイは詩人を送る村娘として叫んだ。

『さようなら!詩人さん!私は、あの人と暮らします!貴方との日々は楽しかったけど…私の側にいるのはあの人なの!!』

そう言うや否や、白露アイは観客席の四季巡絶佳の元に一直線に駆けよって強引に抱きしめた。
そうして、四季巡絶佳が何か文句を言うよりも早く口づけをして黙らせた。

この瞬間、彼女たちの周りの観客は舞台を忘れたという。
 

【白露アイ:脱落】

 

(どうして…どうして…!)

五十鈴陽乃は、混乱の中で必死に演技を続ける。
五十鈴陽乃は、まさに主役として相応しい演技を繰り返していた。
その演技は他者を魅了し、その台詞は心を震わせた。

にも関わらず、彼女の心は舞台にはなかった。
五十鈴陽乃本人は知りえないことであったが、彼女は四波平月張・天龍寺あすか・酒力どらいぶの演技を見てこの演劇の成功を確信してしまった。願いは叶うだろうと確信してしまったのだ。姉の蘇生が成立したと実感した瞬間、この舞台に対してのモチベーションが著しく低下してしまったのだ。

無理もない話だ。
これまで五十鈴陽乃は姉のために懸命に動いてきた。
姉の蘇生のために全霊を注いできた。

その願いが叶うだろうと分かった瞬間、姉の蘇生以外を考えられなくても仕方のない話だ。
最後まで頑張ろうと誓う反面、願いの叶う安堵により生まれてしまった穴は、彼女の演技を霞ませていた。

「どうして…」

一言いい残して五十鈴陽乃は舞台から消えた。
 

【五十鈴陽乃:脱落】

 

舞台に残ったものは三名。
四波平月張。
酒力どらいぶ。
天龍寺あすか。

互いが互いに最高の演技を示す中、天龍寺あすかが、言葉を四波平月張に投げた。

『ワタシたちは鐘を目指す唯一の詩人を目指している…そこで問題。主演たる詩人の欠点とは何か??』

酒力どらいぶも続けて言葉を投げる。

『主演じゃないからこそ出来ることとは何か?』

主演に出来ないこと。
主演の欠点。

それを考える四波平月張の目に、観客席に倒れ込んだ五十鈴陽乃が見えた。
演劇の成功を祈りながらも、願いの成就を確信して力尽きてしまった優しい少女が見えた。

(嗚呼、そういうことか)

四波平月張は、酒力どらいぶと天龍寺あすかを真っすぐに見つめて、誇らしげに語った。

『主演の欠点は、舞台から離れることが出来ない・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ことだ。助演であれば舞台の途中でも去ることが出来るが、主演は最後まで舞台にいなくてはいけない。』

(だから、俺は去る)

願いを叶える奇跡の演劇は、天龍寺あすかと酒力どらいぶに任せれば安泰と判断し、四波平月張は舞台から降りた。

『さらば、詩人よ。奇跡の鐘を貴方が鳴らしてくれると祈る!』

そうして、観客席で荒く息をする五十鈴陽乃、否、五十鈴月乃の前に恭しく跪いた。

「…俺は、月乃、お前を愛している。五十鈴陽乃ではなく、五十鈴月乃を愛している。お前が月乃として消えようとしていることは理解している…それでも…俺は!俺は…!」

言葉に窮した四波平月張は、折れんばかりに五十鈴陽乃を強く強く抱きしめた。
カハッと一つ乾いた呼吸音が五十鈴陽乃から漏れたが気にせず抱きしめ続けた。

四波平月張は、五十鈴陽乃の幸せを強く祈った。
この瞬間だけは、四波平日向のことも、彼女の姉のことも、何もかもがどうでもよかった。
強く強く抱きしめる中、淡く五十鈴陽乃が一つ抱き返した。

「馬鹿ね」

誰かが呟いた。
 

【四波平月張:脱落】

 

風が一つびゅうと吹く。
主演を目指す舞台。
立っているのは僅かに二人。

天龍寺あすかと酒力どらいぶ。

互いに、我こそは主演たる詩人であると主張をする。
目前の相手は主演を騙るパートナーに過ぎないと役目を押し付け合う。

『跳べ!若人よ!輝ける淡い安寧を振り切り、新しき境地を切り開け!』

『泣いても未来は開けぬ。詩が意味を持たぬというならば、遥か昔から詩人がいた意味を考えるがいい!』

天龍寺あすかと酒力どらいぶは全霊を尽くし合う。
珠玉のぶつけ合い、至高の鍔迫り合い。
それはほとんど互角であったが、僅かばかり酒力どらいぶが押し始めた。

 

もう、いいだろう。

天龍寺あすかは考える。
そもそも自分に情熱はない。

惰性で参加した演劇だ。何か心を動かす切っ掛けになればと思っていた。
自分なりに精一杯やってきたが、酒力先輩の強さの前に、もう間もなく屈しそうだ。

もうどうしようもないと天龍寺が思った時、ふとクラスの仲間たちが脳裏に浮かんだ。
もう諦めていいだろうと天龍寺が思った時、ふと中学部の演劇仲間が脳裏に浮かんだ。

彼ら彼女らは良い奴らだ。

たとえ自分が負けたからって、詰めたりすることはないだろう。
罵声を浴びせたりすることはないだろう。

天龍寺あすかは、彼等に特段の感情を持っているわけではない。
彼ら彼女らが何をしても、「ああ、そうか」と聞き流すだけだろう。

それでも、そうだとしても。
もしここで天龍寺あすかが負けたならば。

皆は、悲しい顔をするだろう。
負けたからと言って責めるような真似はしないが、ただただ悲しむだろう。

それを思った時、天龍寺あすかの心はほんの僅かであるが燃え上がった。
友人が悲しむ道と悲しまない道。
どちらを選べばいいかなど明白だ。

仲間が悲しまない道の方が“マシ”に決まっている。
勿論その“マシ”な道は荊の道である。

酒力どらいぶの圧力に負けず、自身の価値を示し続け、主演の在り方を確立させる道。

その道は、辛さ、苦しみ、疲労に満ちていた。

だが天龍寺あすかはその道を迷わず選んだ。
 

彼女のは、辛さ、苦しみ、疲労を嘆く心の隙間など持ち合わせていない故に。

────そうして、二人はともに鐘を鳴らすのであった。
 

【天龍寺あすか:勝者 激戦の末、酒力どらいぶを下す】

 

■■■

 

【暗 転】 【カーテンコール】

 

前夜祭後の彼ら彼女らの顛末を語るとしよう。

めでたしめでたし、で終わればいいが、世の中はそこまで甘くない。
50年に一度の奇跡で願いを叶えた少年少女に、都合のいい幸せは訪れなかった。

色褪せた故郷は彼女を迎え入れず
酒飲みの役者は路上で横になり
月は陰り輝くことは無かった。
永遠の愛などそこにはなく
アマゾンはただの荒れ地となった。
かつての天才は20過ぎればただの人として社会に溶け込んでいった。
五十鈴陽乃の在り方も四波平月張の在り方も酷く絡み合い滅茶苦茶になった。

 

世の中とはそんなものだ。
現実にデウス・エクス・マキナは訪れない。

 

 

 

 

 

 

 

────嘘である。

 

 

少年少女の行く末が、温かくも喧騒に溢れた明るい未来であることは言うまでもない。
ただ、ここでそれらの顛末を語るには、全二十公演にも及ぶ長い、長い舞台が必要というだけの話…。

 

第一公演:ダンゲロスSS「Ring the Bell」

皆様がまたこの場に訪れていただくことを祈って!

終幕

 

 

The Show Must Go On!

 

 

 

 

最終戦作品リストへ戻る

タイトルとURLをコピーしました