Unknown Miracle

ある日の放課後、運動場にて。
“天凌の陽光”五十鈴陽乃と”ミス・パーフェクト”天龍寺あすかが運動場でダンス勝負を行うことになった。
そこにたまたま通りがかった飯綱千狐を立会人とし、学生たちが見守る中、それは行われた。
かのミス・パーフェクトが現状一番人気の五十鈴陽乃を指名しての勝負となりギャラリーも大勢集まった。

最初は五分五分の勝負だったものの、だんだんあすか側が精彩を欠き……。

「私の勝ちね、あすかさん」
「そうね、ダンス勝負『は』貴方の勝ちね」

どことなく引っかかる言い方に訝しむ五十鈴。

「ダンス勝負、『は』?」
「そう、この試合、勝者は……わたし」

立会人として五十鈴の後ろで勝負を見届けていた千狐が宣言する。

「ちょっと、それってどういう……!?」

五十鈴が振り向いた先には誰もいない。先程、確かに千狐の声がしたはずなのに。

「そもそも、あすか先輩はここには来てないです」

そこにいるのは天龍寺あすかではなく、飯綱千狐。

「なっ……!?」

戸惑う五十鈴。対戦相手が立会人にすり替わってるのだから無理もない。

「はい、皆さんご一緒に~~~!!」

『ドッキリ、大成功~~~~!!!」

そう、天龍寺あすか扮する千狐も、ギャラリーの学生も、全ては仕込みだったのだ。

「いったい、いつから……?」
「最初から、と言いたいところだけど、どこを最初とするかにもよるかも」

ちょっと長くなりそうだから、と運動場の端の方にあるベンチに腰掛ける。五十鈴も合わせて隣りに座った。

「それでどうやって身につけたかって言うと……」

ここしばらく、千狐は有力者の観察とその模倣に時間を費やしてきた。
真似ることは学ぶことに通ず。逆もまた然り。

「変化の術は、すなわち成りたいものを真似ること。真似ていけばそれになれる。兼好法師も言ってた」

彼女が特に参考にしたのはミス・パーフェクトこと天龍寺あすかである。
優れたものの真似をすれば当然優れたものになる。
彼女を観察し、その所作の真似をし、分身でいろんな角度から検討していく。
分身からの視線は偶然にもあすかの魔人能力『俯瞰症』の代わりを果たした。
その結果……

「こうしてこうで……あれ、わたし、あすか先輩になってる?」

天龍寺あすかの姿をとれるようになったのだった。

「ちょっと待って、そんなの初耳なんだけど」
「これ見せたの、今回が初めてだもん。でも、魔人能力ってそんなもんでしょう? 些細な事をきっかけに効果が拡張されたりするってよく聞くけど」

嘘である。いや、魔人能力の下りは嘘ではないが拡張されたのは妖狐としての技である。

「まさかそんな事ができるようになってるなんて……。他の人にも化けられたりするの?」
「うん、まぁ一人だけ真似しても視点とか凝り固まっちゃうから……五十鈴先輩とかにもなれますよ」
「本当に? ちょっとやってみて?」
「いいですよー。……えーと、いち、にぃ、さん、しぃ……」

そう言って千狐はベンチから立ち上がり、踊り始める。

「これは……」

千狐が踊るは『ガーデンの聖ペトロ』、それもクライマックスの殺陣のシーン。本来は二人で行うものだが……

「まるで相手がいるみたいに……いや、本当に、いる!?」

千狐と相対するようにもう一人。斬り、払い、躱し、二人の舞踏は続いていき……互いを刺し貫くように演舞は終わる。
それと同時に千狐の姿は消え、もう一人が残る。その姿は、五十鈴には馴染み深いものだった。
その姿の主は、五十鈴に向かって一礼する。

「いかがでしたか?」
「……陽乃……!」

知らず知らずのうちに陽乃つきのの瞳から涙が溢れる。
そもそも月乃は陽乃の一挙手一投足に至るまで完璧に模倣していた。
千狐はそれを見て変化もほうした。
結果、月乃の目の前に現れたのは彼女が信ずる陽乃あねであった。

彼女は願っていた。陽乃あねが生きるべきだったと。
彼女は願っていた。月乃じぶんが死ぬべきだったと。

目の前にいるのは後輩が化けた姿に過ぎない。理屈ではわかっている。
だけど。陽乃あねがそこにいる。
ならば、ここにいる月乃じぶんはどうあるべきか?

「あの、先輩、大丈夫ですか……?」
「――っ!!」

差し出された手を反射的に払いのける。

「えっ」
「――ご、ごめんっ、その、心の、整理が、つか、なくて……」

一言一言、絞り出すように声を出す。
自分が提案したこととはいえ、まさかこんなことになるなんて。
そろりと顔をあげると、困ったような顔をした狐耳の少女の姿。自分の姿のせいと察したのか、変化を解いたらしい。

「本当に大丈夫ですか、先輩……? 寮まで一緒に送りましょうか?」
「う、ううん。もう、大丈夫だから。あなたは悪くないから、気にしないで。ごめんね」

そう言って涙を拭い、去っていく五十鈴。

千狐は考える。彼女が求めるものを。

(たしか、五十鈴先輩は双子の妹を亡くしていたはず。きっと彼女のために奇跡を望んでいるんだろうな)

(でも、私は先輩に化けたはずなのにどうしてあんなことに……? 陽乃と呼びかけた、ってことは自分は陽乃ではないってことに……)

(うーん、頭がこんがらがってきた。別のことを考えよう)

千狐は考える。その奇跡の内容を。
50年に1度、文化祭の前夜祭にあたる開催宣言の演劇で、主役を務めた生徒が鐘を鳴らした時に奇跡が起きる。

(それにしても、50年に1度、劇の主役が鳴らすという制限をかけてまで起こす奇跡……条件がだいぶ厳しい気もする)

もう一度思い返す。

50年に1度――それは今年だ。

前夜祭の演劇で――これも制限だ。

主役を務めた生徒が鐘を鳴らした時――刹那という他ない。

奇跡が起きる――もしや、ここに制限は、ない?

つまり、みんなのぶんをまるっとまとめて願ったらみんな叶うのでは?
これを確かめるには、自分で鳴らすしかない。他の人に頼んでもその正しさは証明できまい。
もしこれが真ならば、みんなが幸せになれるかもしれない。

うまく行けばWin-Winである。

「うん、これは負けられないね。選ばれるよう頑張らないと!」

その真実は、鐘のみぞ知る……。

 

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