「さてと、今の時間なら正門には誰も居ないかな」
アマゾンでの一件のあと、わたしはちょっとした計画を立てていた。
とは言ってもそう複雑なものではない。
「それいけっ!」
三尾の狐が正門を飛び出す。もちろんこれもわたし。
故郷を探すとなると(星空という当てはあれど)何日もかかるので、普通なら学園生活中は無理。
だけどわたしは10人もいる。測量役及び霊力などのことを考えて3人分を送り出す。
学校でやれることは減るものの、これくらいする価値はある。
(狐火エンジン、点火!)
アマゾンで現地狸(なんでアマゾンに狸がいるのかは未だによくわからないが)から逃げる時に無我夢中でやったジェット噴射。
これを応用することで素早く飛び出し、普通に駆けるのとは比べ物にならない速度を出すことが出来る。
一度飛び出せば着地まで慣性で進むので必要以上に吹かすこともない。
(これなら予測地点に早く到達できる!)
ぴょいぴょいと道なき道を跳ね回り進んでいく。
(日が暮れてからが本番。狐の身じゃ星の位置を比べるのは難しくても……!)
図書室で借りた資料を元に、星空を見比べる。
「これがあっちだから……もうちょっと北に進路をとるべきね」
学園側で観測のための情報を集め、遠征側で実測する。
これの繰り返しで場所を絞っていく。
「今日はこのへんで休もう」
昼間や曇りの日は、木のうろや洞窟などに身を寄せ、体を休める。
普段は昼に起きて夜に寝る生活をしているが、狐はそもそも夜行性の生き物なのだ。
食事は学園側で食べられるとは言え、体は休める必要がある。
(そもそも食事も共有できるの、わたしの能力ながらよくわからないな……)
あれこれ試行錯誤しながら一週間が経ち……。
「この星空……あの時見た空だ!」
ようやく、ようやくたどり着いた。ここが故郷。そのはずだ。
……でも、何かがおかしい。
「みんなは?」
記憶を頼りに自宅があった場所へ駆け出す。昔より成長したとは言え、自宅までの距離を違うはずはない。
「ない……ない……なんで!?」
闇雲に駆け出す。自分の家だけでない。近所の親しかったみんなの家もない。
「おとーさん、おかーさん、千狐が帰ってきましたよー! ケンちゃーん、フブちゃーん、わたし戻ってきたよー!!」
呼べど叫べど返事はなく、ただただ時間だけが過ぎていく。
伸ばして掴んだ手がすり抜けたかのような様相に、自然と涙がこぼれてくる。
「ぐすっ、ぐすっ、みんなぁ、どこぉ……」
ふと気づくと洞窟の前、昔から入らないように厳命されていた禁足の洞窟だ。
もしかしたら、この中にいるかもしれない。唾を飲み込み、ゆっくりと足を踏み入れる。
道は右へ左へと曲がりくねっていてジェット加速には向かないものの、分かれ道はなく迷うことはなかった。
「誰か、誰かいませんかー!」
叫んでもわたしの声が虚しく響くだけ。声が跳ね返る方向に進んでいく。
奥に進むにつれて、何か腐臭みたいなものがしてくる。
「ここは……」
最奥にはやや広めの空間、その中央には何か大きな沼?のようなものが。
狐火を灯してみると、なんかこう、赤黒くて、近づくのを躊躇われる。
「まさか、みんなこんなところにいたりしないよね……?」
沼を避けつつあたりを探るも、特に何もない。
「……あんなことがあったから、みんなどっかに引っ越しちゃったのかなぁ……」
そもそもわたしは誘拐された身だ。人さらい(狐さらい?)が近くにいるとなれば、棲家を変えた可能性もある。
もし、そうだとしたら探索は振り出しに戻ることになる。
「もうちょっと、近辺を探索してみよう。それからでもきっと遅くはない、はず」
更に数日探索したものの、狐っ子一人見当たらない。
この気落ちは学園のわたしにも反映され……。
「千狐ちゃん、大丈夫? 最近元気ないけど」
「ん……ちょっとね。平気平気」
「ならいいけど……。困ったらいつでも言ってね」
「うん……」
他の子にも心配される始末。
「こんなんじゃダメダメ。そもそも何処かわからないから奇跡に縋ろうとしたんだった」
つまりは振り出しに戻ったのと一緒。ならばやることは一つ。
「もう一度、支持者を集めて約束の鐘を鳴らそう。そのために出来ることを、そのときまでに!」
正門前から学園を見上げ決意を固めなおす。
遠征に出したわたしを呼び戻し、再び学園内に散り散りになる。
(ライバルは多い。主人公になるからには、人気だけでなく、演者としても良くなくっちゃ!)
前からやっていた地盤固め、他の有力候補の様子を見に行く、演劇について学ぶ、などなどやるべきことには事欠かない。
諦めるにはまだ早い。顧みるのは終わってからでも遅くない。
「頑張るぞー、えい、えい、おー!」
飯綱千狐は知らない。彼女が求めるものは、この世の何処にもないことを。
飯綱千狐は知らない。彼女が奇跡を願う時、その結果がどうなるかを。