朔月と6ペンス

(音楽神)
『人よ、人よ、人の子よ。我らは遍く音を紡ぎきた。音にて世界を織りなした』

『しかして我は去り行こう。
 琴をつまびく指は止まり、我らの歌は今宵消ゆる』

『世に終わらない生はなく。世に消えぬ火のないように。引かれぬ幕のないように』

『故に、至れよ人の子よ。我が音の先の景色へと――』
 

(背景スクリーン、カットB2からB16を順次1秒スパンで投影)

(BGM停止。音楽神の帰天後、数十年の静寂を表現)

(カット投影終了後、BGM『贋・音楽神のテーマ』)

(コーラス、輪唱。弱弱しく。人による神の音の再現の試行錯誤)
 

(理性の苦悩者)
『――嗚呼、正気にては神域に至らず。夢幻よ我に天啓を――神の旋律に至る天啓を――』

(自我の苦悩者)
『――嗚呼、人々が望むは偉大なる神の音。我が身はその栄光に振りかかる埃芥――』

(個性の苦悩者)
『――嗚呼、我が写し身が、たとえ数十数百連なろうとも、あの音には届かない――』

 

    【暗】   【転】

 

(語り:四波平 月張)

 重機のような地響きが迫る。
 書架の本がそれに合わせて揺れるが、なぜか一冊も落ちることはない。

 まるで迷宮さながらの本棚を掻い潜るように、俺は追手から逃げ続けていた。

「はっはっはっ! 『図書館迷宮破りアレクサンドロス・ブレイク』の挑戦者は久しぶりだ! 存分に遊んでやろうではないか!」

 追手の男が高らかに宣言する。

 天凌学園第八閉架担当戦闘司書、蓑田 洞助(みのた・うろすけ)。

 圧倒的な肉だった。
 脂肪ではない。筋肉である。
 ジャージの上からでもわかるその密度。
 あらゆるものを平等に、確実に、単純に、滑稽に粉砕する肉。

「ひゅ~! さすが挑戦者をここ一年で17人保健室送りにしてきた守護者!」

 たしかにあんなのに捕まったらただではすまないだろう。

 ってか、保健室送りっていうのは一般的な意味だよな?
 間違っても、教師が生徒を抹殺リスポーンさせているとは思いたくねえよ!

「今年何人挑戦してんだよ!」
「16人」
「関係ないヤツ巻き込んでるじゃねーか! 成功者いないのかよ!!」

 俺は、全ての元凶である女子生徒、八重桜 百貨を怒鳴りつけた。

「ふふふ、それじゃあ賭けはモモカの勝ちってコトで」

 クソ策士め、ゆるふわ天然元気系はやっぱり表向きのポーズだったか。
 そうだよなあ、クセ強魔人が跋扈するこの学校で『何でも屋』なんてのが、ゆるい性格で務まるはずがないよなあ。

 ああもう、どうしてこんなことになったのか。
 全てのケチのつき始めは、昼休みのこと。

 あのとき、この目に見える地雷女を完全スルーしておけば、俺の平穏な学生生活は保たれるはずだったのだ。

 

    【明】   【転】

 

(語り:四波平 月張)

 昼休みの学食は、天凌祭開会式の主役の話で持ちきりだった。

 ――ねえ、知ってる? 『約束の鐘』の話。

 ――知ってる。七奇跡でしょ? 50年に一度、奇跡を起こすって。

 ――主役の人の願いが叶うんだって!

 ――投票で決めるんでしょ? アタシも出てみようかなー?

 ――あのねえ、あんた劇とか素人じゃん。

 ――でも、願いが叶う奇跡だよ! ダメ元で出てみたいじゃん!

 そういえば、明日が、立候補の締め切りだったような気がする。

 別に立候補をせずとも人気投票で上位を取れば主役になれるのだが、明日までに宣言すると、生徒会誌や新聞部の広報にリストが登載され、票が得やすくなるとかなんとか。

 開催式・定例演目「満天の空と約束の鐘」。
 うちの学園の文化祭の前夜祭で行われる恒例の、学園関係者による演劇だ。

 学園の不思議な風習として、この劇の主役は、毎年、投票で決められる。

 天凌には演劇専修科の他に、普通科や芸術専修科、その他いろいろな学科が設置されているから、演劇の素人が選ばれることだって当然ありえる。

 そうしたところも含めての「お祭り」で、学園の人気者の思わぬ一面を見て、これから始まる文化祭本番へ皆の気持ちを盛り上げる……というのが、まあ、この劇の位置づけだ。

 大学の学園祭なんかにありがちな、ミスターキャンパス・ミスキャンパスのコンテストが感覚としては近いかもしれない。

 それでも、暗黙の了解として、劇に心得のある演劇専修科や、普通科でも演劇部に所属している生徒が立候補して主役を射止める傾向が多いのも事実。

 だが、今年は明らかに皆の目の色が違っていた。

 願いを叶える、奇跡の鐘を鳴らすもの。
 願望器の、獲得者。
 この劇の主役は、その権利を得られる。

 バカげた話だ。
 そんなものが、地方の一学園にあってたまるか。
 それが事実なら、どこぞの権力者が大枚をはたいて回収しているだろう。

 けれど、この学園には「無限蘇生の保健室」という、ありえない奇跡が現存する。
 俺は体験したこともないし、体験するつもりもないが、混じりっけなしの真実だ。

 人を蘇生させる魔人は存在するが極めて希少だ。
 大抵が、重い代償か、厳しい条件を伴う。

 しかし、この学園では「敷地内で死亡すること」「学園関係者であること」を満たすだけで蘇生が発動する。
 この、あまりにも無茶な奇跡の存在が、『約束の鐘』の噂の説得力を増していた。

「奇跡、ねえ」

 俺だって、奇跡なんてものがあるならば、願いたいことはある。
 けれど、そのための手段が、「劇の主役になること」というのはいただけない。

 俺は、月。
 自分で輝く主役になることを、諦めた男なのだから。

「ヘーイ悩める少年! 奇跡とか、ちょっと興味ないかーい?」

 宝箱に鍵がかかっていて、その箱の中に鍵が入っているような八方ふさがり。

「ねえ、『約束の鐘』、主役に立候補しよう!」

 ちなみに、ルームメイトのつっきーはこの劇に全く興味がないようだった。
 たしかにあいつは、必要なものは自分の手でつかみ取るヤツだ。

 つくづく主人公体質め。
 アイツが出てきたら、きっと今回の台風の目になったろうに。

「ほいで、モモカと契約してビジネスバートナーになってよ、四波平 月張クン!」

 ええい、人違いだと思って無視してきたが、名前を呼ばれては仕方ない。

 俺はいつの間にか対面に座っていたやかましい女子生徒……ネクタイからして2年の先輩のようだ……の手元のトレイを指した。

「うどん、のびるっすよ」
「は?! そうだ! せっかくの推定金額360円のおいしさが値下がりしちゃう! いっただっきまーす! じゅるるるーずるずるずるー!」

 食べ物を大切にするのはいいことだ。
 ということで、その隙に俺はここで失礼……むがっ!?。

 筑前煮定食を平らげて席を立とうとした俺の襟元が、後ろからむんずと掴まれる。

「ふっふっふっ。モモカがうどん党なのは、ビジネスチャンスを逃さないようにすぐずるずるっと食べられるからなのだ」
「それ血糖値的にヤバくないっすか?」
「乙女に成人病予備軍の烙印を押すなチョーク!」

 ギブギブギブ! 息がヤバい!
 
「月張クンも主役立候補しよう! ほいで、モモカのビジネスバートナーになるの!
 契約内容は情報共有と票の売買!」

 そもそも誰だこの人は。
 少なくとも、演劇専修科の先輩ではない。
 モモカ、モモカ……

「何でも屋の、八重桜先輩か!」
「ショック! 今更!?」
「知ってる前提!? どんだけ自己肯定感高いんだよ! てか初対面なら名乗れよ先輩!」

 まあ、たしかにそこそこ有名人ではあるんだが。
 高等部普通科2年、八重桜 百貨。

 購買のパシリから部活の助っ人、情報屋まがいのことまで、金次第で何でもやる文字通り、『何でも屋』だと、噂で聞いたことがある。

「……その『何でも屋』が、なんで俺を誘うんだよ」
「『可憐なる何でも屋』ね! 
 とにかく、今回の主役選挙で一攫千金すべく、他の候補者を調べたんだけど……。
 モモカの! 票を! 買ってくれそうな子がいないの! これじゃモモカが優勝できそうにないときの儲けがゼロでしょ? ノーモアただ働き!」

 願いが叶う奇跡に惹かれて、なりふり構わないヤツが立候補するのかと思ったけれど、意外とそうでもないということか。天凌も捨てたもんじゃないな。

「ってか先輩、俺も買わないっすけど」
「ほら、月張くんはこう、他の子より押しに弱いっていうか自信なさそうだし。
 ほいで、ほどほどに隠れファンが多くて票が稼げそうかつ、チョロそうというか」
「うん、ビジネスバートナーにしたいかは別として、アンタが無駄に正直なのは理解した」
「呼び方が先輩からアンタに! 親愛度がアップした証拠だね!」
「無駄にポジティブ! 敬意度が急降下したんだよ!」

 まずい。これは話を聞かないタイプのフレンドリーな対戦車地雷だ。

「うーん、それじゃあ、こうしよう! モモカとキミで、賭けをする。
 ほいで、モモカが勝てば、月張クンは、主役に立候補する」
「やんねーよ。こっちは勝ってもメリットないし」

 午後の授業まで、15分とちょっと。
 適当に話をごまかして、お引き取り願わねば――
 
 だが、そんな俺の様子に気付いたのか、そうでないのか、八重桜 百貨は、にやり、と意味ありげな笑みで、致命的な言葉を、口にした。

「――モモカは、四波平 日向のことを、知ってる」

 この学園では、誰も知らないはずの、俺の「本当の兄貴の名」を。

 鼓動が早くなる。

 四波平 日向。
 俺とともに、子役アクションスター、「四波平 明」を演じていた、メインアクター。

 祖父が死に、離婚した両親にそれぞれ引き取られて別れた、俺の双子の兄。

 ――いつか、二人で、僕らだけの、演技を――

 四波平 月張が、再会を望む相手。
 けれど、奇跡でも起きなければ、叶わないと思っている願い。

「知りたいよね、今、彼がなにをしようとしているか。キミが勝てば、教えてあげる」

 ダメだった。
 この名前を出された以上、俺は、この女を無視できない。

「……勝負の内容は?」

 そして、八重桜 百貨は満足そうに頷いた。

「天凌学園名物『図書館迷宮破りアレクサンドロス・ブレイク』」

 

    【明】   【転】

 

(語り:八重桜 百貨)

「おい! なんで図書館にワイヤートラップ仕掛けられてんだよお?!」

 説明しよう! 
 天凌学園名物『図書館迷宮破り』とは!

 天凌学園図書館の第八閉架担当、蓑田先生のモットー「脳は筋肉でできているので、図書館は肉体を鍛えるものである」という歪んだ教育方針の元実施されている、非公認の閉架書庫貸出方法なのだ!

「はっはっ! いい反応だ謎の覆面青年! アリアドネの糸でも持っているのかい!?」
「なんだそれ! 隙の糸の親戚か! 鬼滅キッズか!」

 建物の構造的に明らかになんか空間がねじ曲がっているとしか思えない図書館大迷宮『第八閉架』を、最奥のゴールまで、蓑田先生に捕まらずに到達したら、曰くつきの被封印書籍であっても各種審査をすっとばして閉架の本を借りられるという謎ルール!

 ちなみに道中で本を汚したりすると蓑田先生はバーサークモードになるぞ! 大変だね!

 とまあそんなわけで、まんまと巻き込まれ体質の月張クンを焚きつけたモモカは、図書室第八閉架で戦闘師匠の蓑田先生から逃げながら全力疾走をしているわけでした。

「誰に説明してるんだアンタは! 余裕だなオイ!」
「ほら、そこは様式美ってヤツ。視聴者サービスは大事だか……ぷぷっ!?」

 必死に追いかけてくる月張クンの姿に、思わず吹き出してしまった。
 そう、なぜか彼は、プロレスラーがするような覆面をかぶっていたのだ。

「いやあ、誘い受け系ツッコミキャラかと思いきや、ボケもいけるとは」
「俺は平穏な学園生活が送りたいの! 教師に顔覚えられたりとかしたくないんだよ!」

 言い訳もかわいいなあ。

 月張クンの弱点は「注目」だ。
 
 実力はいろんな意味でこの学園でもトップクラスなのに、人の目に萎縮してそれを発揮しきれていない。

 それを本人も自覚していての涙ぐましい対応策が、このお茶目な覆面レスラーモードなのだろう。これなら「四波平 月張」に対する視線は感じずにすむもんね。

 ……まあ、今はこれでいいけど、本番の舞台はどうするのかなあ。

 ともあれ、やっぱり、月張クンを動かす核は「お兄さん」なのだ。
 まあ、本気を出してくれるのなら、手札が晒してもらえるわけで悪くない。

「くっそ……!? なんだよ振り子鉄球って!! B級映画の遺跡かよ!」
「うわすっご! この罠は絶対初見殺しだと思ったんだけど」
「あああ、まさかアンタ、既プレイ勢かよ!?」
「えへ?」

 身体能力で比べれば、モモカを1とすれば、覆面モード月張クンは2というところか。
 さすが、演劇専修科アクション課程のホープ、観月藤十郎クンと鍛えているだけある。

 それ以上に特筆すべきは、その身体運用と視界の広さだ。

 事前の偵察でだいたいの罠のことをわかっているモモカでも危ないトラップを、一歩後ろから様子を伺うことで対処できている。

 いや、月張クンの経歴を考えれば、これでもまだ「全力は出せてない」んだろうなあ。
 『彼』が気にするのもわかる。これが発揮されないのはもったいない。

 ほいで、このままでは、単純な地力の性能で、モモカは負けてしまう。
 それじゃあ、ちょっぴり本気を出しましょうか!

 ポーチからがま口を取り出す。
 次のトラップのことを考えると――千円ってところかな。

 そして、私は、取り出した紙幣を、飲み込んだ。
 

 ――『それにつけても金の欲しさよ:千円ライフイズマネー:トゥワイス』。
 

 世界が停滞する感覚。
 タイミングをずらして床と天井、上下からモグラたたきめいて突き出される無数の木刀。
 それを、その出がかりを知覚してかいくぐる。

 これがモモカの魔人能力。
 現金を飲み込むことで自身のステータスを増強する異能だ。

 千円なら、各種パラメータは2倍になる。
 持続時間は減衰しつつ100秒間。

 コンビニバイト一時間分……くう、もったいないけどこれも必要経費!

「な……っ!」

 こちらのこれまでのペースからは考えられない速度だったからだろう。
 一瞬、月張クンの反応が遅れ――

 振り向いた視界の端で、強く打ち据えられた彼の体が跳ねる。
 うあ、あれは痛いわ……。

 月張クンでも、無数の不意打ちを全てかわすことはできなかったらしい。

「はっはっはっ、リタイアしてもよいのだぞ覆面青年! 初回で到達度50%を越えたのだ! 誇ってもいい! 足を止めて先生の筋肉抱擁を受け止めるがよい!」
「冗談! ……言うなっての!!」
  
 ダメージを負ったにも関わらず、月張クンの足音が近づいてくる。
 ギアが上がったかな?
 2倍/千円でも追いつかれるかあ。

 やっぱり彼を縛るのは、考えすぎる思考なんだろう。
 疲れ果てて、余計なことを意識しなくなって、ようやく地力が出てきたのかも。

 『彼』なら、『第一の輪』に入った、とか言うんだろうな。
 スタニスラフスキーだっけ。演技のことはよくわからないけど。

 こういう登り調子の相手は放っておくと、お金持ちにお金が集まるように手がつけられなくなる。

 なら――全力で、力の差をわからせる。
 

 ――『それにつけても金の欲しさよ:三千円ライフイズマネー:クアドラプル』。
 

 ぶら下がったロープでぽっかりと床に空いた落とし穴を飛び越え、くるりと振り返る。

「ぇ?」

 覆面の上からでも、月張クンの驚きが伝わってくる。

 ごめんね、本気でやるのが『彼』との約束だから。
 
 拳を握り、両足を踏みしめる。

 今のモモカの全パラメータはいつもの4倍。
 それは、攻撃力が4倍になっていることを意味しない。

 たとえば、パンチひとつとっても、人が使う筋肉、関節の運動は無数に連動したもの。
 そこに関係する全ての出力が、4倍になったとしたら。
 最終的な破壊力は、数十倍というレベルではない。

 みしり、と床が軋む。
 イメージするのは、お金がないからとお父さんが手作りしてくれた竹とんぼ。

 軸をちょっと回すだけで、羽根の先に触れるととても痛かった、あの破壊力。
 
 月張クンが、目の前に着地する。

 背骨を中心に全体を回転、その力を手の先へと集中!

 体勢を崩して無防備な彼の胴体目掛け、めいっぱいの力で手のひらを叩きつけた。

「これだけあれば牛角で食べ放題行けたんだぞバーンチ!」

 罪悪感で思わず目を閉じてしまう。
 だが、確実に、直撃の手ごたえがあった。

 地面と水平に月張クンの体が吹き飛び、たった今飛び越えたばかりの落とし穴の向こう側にごろごろと倒れ込む。

「はっはっはっ、いい一撃をもらったな。リタイアを勧めよう覆面青年よ。あれだけ動いたにも関わらず棚の一つ、本の一冊も汚していないのは天晴! 今なら降伏を受け入れても構わん!」
「……止めたいなら、力づくで、やってみな……!」
「仕方ない! それが望みならば、この迷宮の主として、全力で応えよう!」

 あーあ、月張クン、蓑田先生に追いつかれちゃったか。
 これはゲームセット。こちらの勝ち確だ。

 木刀トラップの命中、モモカのパンチの直撃、そして蓑田先生とのタイマン。
 月張クンが追いかけてこられたとしても、こっちには400秒間のパラメータ強化がある。

 『彼』は残念がるかもだけど。
 ま、それで月張クンが立候補してくれるならいいよね。

 残る『図書館迷宮破り』の難関は一つ。

 通称、『兎と亀の二択』。
 安全な代わりにスタミナを削る長い『亀の道』と、デストラップ連発の危険で短い『兎の道』を選択してゴールへと向かう、心理戦の試練だ。

 もちろん、『それにつけても金の欲しさよライフイズマネー』を使えばどんなトラップもなんとかできるが、対戦相手がボロボロな状態で、これ以上の浪費はもったいない。

 こうしてモモカは意気揚々と『亀の道』のドアを開け、じっくり道中を駆け抜けて――
 

「よう……聞かせてもらうぜ、兄貴のコト」
 

 ほいで、ボロボロになった月張クンに、ゴールでお出迎えされたのでした。

 なんで?

 

    【明】   【転】

 

(語り:四波平 月張)

 勝負は、「いかに、八重桜 百貨に勝ちを確信させるか」だった。
 コイツの魔人能力は「金を代償にした自己強化」。
 金にがめついことは、これまでの言動と噂でわかっていた。

 端からみれば条件に見合わない破格の自己強化だが、むしろ逆だ。
 これは、こいつが金の価値を人一倍重く見る「認識の歪み」に起因する異能。

 つまり「無尽蔵に金を使った無双プレイができない」性格こそが、制約なのだ。

 その上で、最初の数分走ってみて、基礎体力については俺に分があることがわかった。

 コイツが常に能力を最大限行使すれば、俺に勝ちはない。
 つまりこいつにとって、この勝負は「いかに最低限の出費で俺に勝つか」の戦いだ。

 だから、「四波平 月張はボロボロで、もう相手にならない」と思わせる必要があった。

「いや、実際ボロボロだったじゃない! 4倍パンチも直撃したし!」
「アクション俳優志望でね。「やられたふり」は得意なんだよ」

 それは半分本当で半分嘘。

 たしかに、最初、木刀トラップを喰らったように錯覚させたのは演技。
 相手の視点からの角度を意識して、本来当たっていない一撃を喰らったようにみせかける『技斗』の基本だ。

 だが、アイツの身体強化された一撃に吹き飛んだとき。
 演技としての『技斗』に加えて、俺は、ルール違反をした。

 世界の常識ルールを逸脱する行為――つまり、魔人能力の行使を。

 個人の歪んだ認識によって世界を捻じ曲げる異能、魔人能力。
 俺のそれは、『真偽体』。
 
 アクションの演技によって、実際には発生していないダメージ、物理的影響を、仮初の感覚として引き起こす……とあるクソ性格の悪いアクション俳優を「本当の無敵のヒーローだ」と錯誤したことによって身に着けてしまった異能である。

 八重桜 百貨の掌打は、俺に当たっていなかった。

 いくらとんでもない速度とパワーの一撃でも、コイツは暴力に慣れていないんだろう。
 クソジジイのまったく起こりの読めない拳骨と比べれば、いくらでも対処できる。

 そして、回避ともに俺は、『攻撃の直撃を受けた』アクション演技を行い、同時に、『真偽体』を発動。

 それによって、八重桜 百貨は俺を殴りつけた感触を知覚し、トドメを刺したと誤認したわけだ。

 まあ、その後は蓑田とかいう教師から逃げ回った上、デストラップパレードをかいくぐるはめになったわけで、正直ぎりっぎりの勝負ではあったのだが。
 

「しょうがないなあ。約束だもんね。教えてあげる。お兄さんのこと」

 そう言って、八重桜 百貨は真っすぐに、俺を見つめた。
 発された言葉は、シンプルだった。

「四波平 日向は、天凌の奇跡を狙っている」

 一瞬、思考が停止する。
 天凌の奇跡? ――前夜祭の、約束の鐘? 50年に一度の?

「……!? いや、ちょっと待て。うちの学校に、兄貴が紛れ込んでるのか?」
「生徒以外でも、「学園関係者なら、主役候補になれる」でしょ?
 ああ、疑うなら、『嘘発見器』の古院さんを連れてきてもいいよ」

 過去、教員や生徒の親類、出入りの業者やOB、OGが主役を演じたことはある。
 あるが……

「兄貴は……どこにいる?」
「それは契約外。『今、彼がなにをしようとしているか。キミが勝てば、教えてあげる』。
 ここまでが、モモカの約束」

 鼓動が速くなる。
 思考がぐるぐると巡る。

 天凌祭開催式・定例演目「満天の空と約束の鐘」。
 一度は、奇跡で兄貴と会えないかと考えた。

 そして、自分は主役などできないからと、言い訳をして諦めかけた。
 けれど、もしも、兄貴が奇跡を、この舞台の主役を狙っているのだとしたら。

 ――いつか、二人で、僕らだけの、演技を――

 主役に立候補すること、それ自体が、あの日の約束を果たす手段になる。

 じゃらり、と。鎖の鳴る音が聞こえる。
 名前に刻まれた、月の一字が、言い訳を囁いてくる。

 おまえは月だ。
 太陽がいなければ、輝くことのできない、朔月しんげつだ。

 ふざけるな。
 それが、耐えられないから。
 それに甘んじては、約束が果たせないから。

 四波平 月張は、この学園に入ったのではなかったか。

 俺は、汗で蒸したプロレス覆面を外すと、床に叩きつけた。

「……いいぜ、先輩。してやるよ。立候補」

 体が震える。
 窮屈だけれども安定していた自縄自縛から、もがいて抜け出そうとするかのように。

 その日、初めて、小さなスポットライトが、自分を照らしたような気がした。

 

    【暗】   【転】

 

(理性の苦悩者)
『――嗚呼、正気にては神域に至らず。夢幻よ我に天啓を――神の旋律に至る天啓を――』

(自我の苦悩者)
『――嗚呼、人々が望むは偉大なる神の音。我が身はその栄光に振りかかる埃芥――』

(奉仕の苦悩者)
『――嗚呼、我が写し身、たとえ数十数百連なろうとも、あの音には届かない――』

 

    【暗】   【転】

 

(背景スクリーン、カットC1からC10を順次1秒スパンで投影)

(カット投影終了後、BGM『贋・音楽神のテーマ』及びコーラス、フェードアウト)

(BGM『詩人のテーマ』。四拍子で統一された音楽神及び苦悩者たちの楽曲に対し、『詩人』関連の楽曲は、三拍子または、変拍子で構成すること。既存楽曲ではなく、新規楽曲を羽曳野に依頼済み。『詩人』のオリジナリティ、異端性を表現する意図)
 

(新しき詩人)
『神よ。貴方の旋律は素晴らしい。けれど、その美こそ、絶対こそが、我らを縛る』

『音は空を震わせるもの。人は身を震わせるもの。神ならぬ私の身震いが、神のものと同じであるはずがない!』

『それは地図なき道を歩むこと。太陽を失った月の朔。暗く、暗く――』

『――だからこそ、この音は、自由だ』

 

     【暗】   【転】

 

 

 

(舞台裏の雑談)

「うわ、本当に全額振り込まれてる。いいの? ふっかけたのはモモカだけど」
「君の競争相手を増やすお願いなんだから、当然の対価さ。どうだった? 月張は」
「モモカ的には、伸びしろ枠。天龍寺さんや五十鈴さんには、まだ足りないかな」
「君の『値踏み』は信頼できる。けど……」
「信じてるんだ」
「まあね」

「あと、これ。『天凌祭回顧録』」
「助かるよ。学外の僕が、閉架の禁書を借りるのは手間だったからね」

「なんでこんな本を? 卒業生の自叙伝みたいなものでしょ?」
「前回の経緯が必要でね。『約束の鐘』の噂には違和感が多すぎる。
 真に奇跡を呼ぶものにしては、生徒に知れ渡り過ぎている。
 誰かが独占しようという形跡もない。
 君はどう思う? 僕と相対するときには『5倍の知能』になっているんだろ?」

「シンプルに考えるなら
 ――この学校にあって、生徒達が噂にしていることが、奇跡の発動条件だから」

「天凌である理由――多くの魔人が集まっていること。
 魔人とは個人の強い認識で世界を捻じ曲げる存在。
 それが集団となって一つの言説を真実として認識したとすれば――

 ――なるほど。だから、『演劇』と『人気』がトリガーになるのか」

「それなら、鐘単体が奪われないのも納得でしょ?
 奇跡を起こすのは鐘じゃなくて場。
 そういうことなら、奪って自由に使うわけにはいかないもん」

「ほいで、今回、あなたの取り分はどこにあるの?
 同じ顔の月張クンを主役にして成り代わる?
 事態をかき回して鐘自体を掠めとる?
 どれも、モモカ的には、あなたの『値段』には釣り合わない気がするけど」
「僕はただ、『いい舞台』が観たい。それだけだよ」

 

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