星空。流星群。瞬く光。
輝く星々が雨のように降り注ぎ、暗い宙を埋め尽くしていく。
人々が空を見上げる。
道端で。窓辺で。町の至る所で。
それはつかの間の奇跡。
人々の祈り・願いを乗せて。
その日、空を見つめる少女はいつか私も願いを叶える存在になりたいと流れる星に三度願った。
☆☆☆☆
「姫!またクレームよ」
「また?」
天凌学園風紀委員会風紀委員長室。
風紀委員の先輩である綾部織姫の報告に水流園星夢はうんざりしたような顔をする。
「どうせいつものやつだよね」
「ええ。聞きます?」
「いらない」
聞かなくてもわかる。このポニーテールと眼鏡が似合う先輩が持ってくる報告はいつも似たようなものだ。もちろん個別の内容は別のものだが、忍者部と極道部の抗争とか第一ロボット研と第三ロボット研の骨肉の争いとか全く興味がない。
そしてクレームの内容も決まりきったものだ。
校内の揉め事を、風紀委員が強引に介入し、両陣営当事者を抹殺し、保健室にリスポーンすることで無理矢理解決するとは、風紀委員は実に横暴である。
話を聞け。我々は厳重に抗議する。
知らん。どうでもいい。
何せ死んだところで保健室で生き返るのだ。
仲裁するなり捕縛するより、一度殺害したほうが早い。
風紀委員会にはそう考える人間が山のようにいる。
星夢はそこまで過激ではないが、そう考えるメンバーの気持ちもわからないでもない。
そして別に校則上問題があるわけではない。
校内で人を殺してはいけないというルールはない。
というより、生死にかかわる戦いが起きることは必然とか、リスポーンしましょうとか、
どちらかといえば、軽率な争いを助長しているとしか思えない。
である以上、風紀委員会が暴力で介入するのも問題がないといえる。
少なくとも大半の風紀委員はそう考えている。
よって学校側も風紀委員会を問題にすることはないだろう。
なので、無視しても構わないといえば構わないのだが。
どうせ風紀委員の世話になる連中は何かしら問題があるような人間が多いのだし。
困ってたら何やってもいいと思うなこの野郎。
「とりあえずどう返事する?」
「善処しますと伝えておいて」
「ええ、わかったわ」
適当にあしらいたいという気持ちを隠さない星夢の言葉に織姫が頷く。
「あと、織姫先輩、前からいってるけど、姫はやめてほしい」
抗議するように星夢が言う。
姫とは星夢の通り名「流星の姫君(エトワール・フィラント)」に由来する愛称だ。
流星は気に入っているが姫はあまり気に入っていない。
「何か問題でも?」
「なんか姫ってなんか助けを求められる側っぽい。もっと英雄(ヒーロー)っぽいのがいい。先輩みたいに」
先輩ーーー前任風紀委員長である“北極星(ポラリス)”妙見北斗は宝塚歌劇団のトップスターのような凛とした女性だった。
すらりとした手足、さらりとした短目の髪、大胆で失敗を恐れない大胆な演技。そして圧倒的な存在感。
演劇専修科の代表として劇の主演をつとめる姿は星夢がみても圧巻だった。
1年ながら風紀委員長の職を彼女から引き受けたときは、彼女の名を汚さぬような風紀委員になりたいと思ったものだ。
現実は雑務に振り回されることが多くなったのだが。
上級生も面倒だから彼女の就任に反対しなかったんじゃないかとたまに思わなくもない。
「そういうこと気にする方が英雄っぽくないんじゃないかしら?」
織姫が辛辣な返事をする。
「そうかなあ」
「もっと英雄ってそれに慕われてるからっていうのもあるでしょ。お姫様って国の偉い人だもの」
実際、風紀委員会の中でも人気が高い。
そうでもなければ、一年生にして風紀委員長など続けていられないだろうが。
長く伸ばした前髪で隠れてはいるが、整った容姿。
小柄で背は高くないが、ひときわ目立つ大きな胸。
風紀委員会の中では穏健派であり、人助けが好きな性格。
彼女に助けられた、その中には彼女を慕う人間も多い。
「貴方も風紀委員会じゃ偉いんだから、あながち間違いでもないでしょ」
「まあそうかも知れないけど」
渋々同意する星夢にたたみかけるように織姫が言った。
「あと姫騎士とかもいるわよ」
「負けるじゃん」
例示があまりにも悪すぎる。世の中には姫騎士が勝つ物語もあるのかもしれないが、普通の姫以上になりたくはない。
「とにかくやめてほしい」
「はいはい、わかったわよ姫」
食い下がる星夢をあしらいつつ、少しずれた眼鏡を直し風紀委員室を立ち去っていく織姫。ポニーテールの髪を揺らしながら、その後ろ姿は小さくなっていく。
「なーにもわかってないー」
一人、部屋に残されたのは不機嫌な星夢。
☆☆☆☆
「はあ」
一人、ため息をつく星夢。
誰かを助けたいとずっと願っていた。
誰かの願いを叶える。困っている人を助ける。それはとても素晴らしいことだと信じていた。
それは無邪気な稚児めいた夢。
星夢の魔人能力『道標(サーチライト)』は困っている人がわかる能力。
彼女はその能力を使って人助けをしてきた。
だが、限界がある。
難病を治せたりしないし、暴走する能力を止めたりもできない。
或いは、片方を助けることで、別の誰かが困ることもあるだろう。
世の中は善人ばかりではない。
無力を感じる場面はいくらでもあった。
風紀委員長になればそれが変わるのか。
そんなことはもちろんなかった。
もううんざりしている。
正直、奇跡にでもすがりたいぐらいだ。
「奇跡かぁ」
星夢は風紀委員長室に貼られた一枚のポスターに目を向ける。
それは去年の天凌祭の劇の告知のポスター。
去年北斗が劇の主役にえらばれた記念にそのまま残していたものだ。
奇跡。この学園で単独でそれを用いるなら、それは「七奇跡」と呼ばれる現象を思い浮かべるものが多いだろう。
その中でも今話題なのが、天凌祭の開催式の奇跡だ。
50年に一度、主役を務めた生徒が鐘を鳴らした時に奇跡が起きる特別な年。
くしくも今年がその年だ。
当然星夢も興味がないわけではない。というより、この学園にいて天凌祭の劇の主役に関心がない人間の方が珍しいだろう。
そして主役になりたくないといえば嘘になるだろう。
英雄になりたいという願望も満たされるだろうし。
うんざりしてるが皆の願いを叶えたいという気持ちも変わってはいない。
尊敬する先輩のように、星夢が劇の主演を務めれば、本当に奇跡が舞い降りるのだろうか。
「そうだったらいいなあ」