「悪魔」酒力 どらいぶ プロローグ

鞄にありったけのお菓子を詰め込んで
僕達は夜に旅立った
あのときの僕らは確かに月を目指していた
高く遠く夜を切り裂く蒼褪めた月光を
僕らは掴めると思っていた
初めての夜更かしは孤独の味がした

                ――――What Would Happen If There Was No Moon?

◇  ◇  ◇

―――コイツは、俺の人生における【毒】そのものだ。

「まーたここにいるんスか?」

極彩色の呪いを吐く。
どの日どの時どの瞬間であろうとも、彼は常に呪詛を吐く。

独り、一人。校舎裏で馬が踊る。
碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬が、極彩色の呪いを吐く。

馬の名前は酒力 どらいぶ(さかりき どらいぶ)と言った。

荊木 きっど(いばらぎ きっど)はそんな先輩に話しかける。
鬱屈して鬱陶しく陰鬱な一年下の先輩に話しかける。

「・・・うるさいですよ荊木『先輩』。俺は退部(クビ)になったんです。」
「ここぐらいでしか稽古ができないでしょう。」

呪詛が返る。呪詛を返す。

荊木 きっどは返された呪詛を肩をすくめ。
壁にもたれて、彼の稽古を眺めはじめた。

「センパイ。」
「そもそもなんでこんなことしてんスか。」
「いいじゃないすか、退部(クビ)になったって。」

荊木 きっどが呪詛を吐く。
跳ね返されて跳ね返るだけの呪詛を吐く。

「――――そんだけ熱があるなら、やりたいのなら。」
「ちょっとバイトしてお金でも貯めて。大人になったらそういう事務所にいけばいいだけじゃないんスか?」

すでに答えがわかりきっている質問など、即ち呪詛に他ならない。
跳ね返されて跳ね返るだけの呪詛は荊木 きっどもじくじくと灼き焦がす。

そう。

すでに答えがわかりきっている質問など、即ち呪詛に他ならない。

きっかけが何だったのかは分からない。
ただ、分かっていることがある。
酒力 どらいぶが酒を呑むと。

彼の培ってきた演技力を十全に振るうモノが現れる。

碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬。
その馬の疾走は見るもの全てを灼きつくす。
灼きつくし。魅了して。後に残るは全てが色褪せて見える灰色の世界。
そして酒を呑み舞台に臨み、全てを灼きつくした馬は、今こうしてここにいる。

あの後演劇部がどうなったのかは分からない。
ただ、あの極彩色の呪いに灼かれ。世界が色褪せて灰色になった俺は。
荊木 きっどはこうして今はここにいる。

アイツのことが頭から離れない。
アイツの言葉が耳から剥がれない。
アイツの悉くが口から吐き出される。

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色。

ああ、

あの時の体験のせいで

ああ、

俺の脳は灼かれ

ああ、

人生がイカれてしまった

ああ、

碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬

ああ、

そいつが、俺の命から離れない。

極彩色の呪いを吐く。
あれ以来、どの日どの時どの瞬間であろうとも、彼は常に呪詛を吐く。

「――――――――――――――――」

すでに分かっている。アレを呼ぶことは命を削る。
碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬は。
俺の命と引き換えにココに出る。
それでも。

「手段は、ある。」
「天凌祭がもうじき始まる。ああ、そこでなら――――」
「俺はまた、走れるさ。」

熱はある。いくらでも手段はある。

だけど。

今足を止めてしまえば、もう二度と『アレ』に出逢えない。
そういう確信だけが、ここにある。

故にこれは呪いなのだ。碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬。

足を止めれば。大人になってしまえば。きっともう『アレ』には出逢えない。

「・・・分かってんですか。またあんなことをすれば、今度は退部(クビ)どころじゃすみませんよ?」
今それをする必要があるのかと、惑うように呪詛を吐く。

それに。ハハ、と。笑い飛ばすように呪詛を吐く。
「『今』やらずに将来出来る保証があるのかよ?」
まるで泣き言のように。谺のように。虚ろな強がりが返ってきた。

極彩色が人生から離れない。あれを見てなお、演劇を志すことが出来るのか?
あれを見てしまって、演劇から離れることができるのか?

故にこれは呪いなのだ。唾して棄てるべきまがまがしい極彩色。

荊木 きっどは、踊っている馬を止めずにずっと眺めている。

アイツはどうだ。

あの極彩色をばら撒いて周囲を焼き尽くす、太陽のごときあの男は。
酒を注ぎ命を注ぎ熱と炎を撒き散らさずにはいられないあの蒼褪めた馬は。

あんなことが出来てなお、演劇を志すことが出来るのか?
あんなことが出来てしまって、演劇から離れることができるのか?

分からない。ただ。
彼はきっと舞台の上で死ぬんだろうなと、オレはそう思うんだ。

それでもいいと思ってしまっている自分が居る。
もう俺もすでに。彼の極彩色に灼かれつくしてしまっているのだから。
この色褪せた灰色の世界で。
あの馬だけが、極彩色を振りまいている。

「ならいいッスよ、俺も付き合いますよ。」
「まあそもそも、あんたなんかが主役になれるかどうかも怪しいもんッスけどね。」

ああ、

あの時の体験のせいで

ああ、

俺の脳は灼かれ

ああ、

人生がイカれてしまった

ああ、

碧なす髪を振りかざす蒼褪めた馬

ああ、

そいつが、俺の命から離れない。

だから、きっと、またいつか。
もう一度。何度でも。
いのちの、かぎり。

いつの間にか陽は落ちて夜が来て。
それでもなお二人はずっとそこにいた。

青白い月光が、馬の踊りを照らしていた。
ずっと、ずっと。

◇  ◇  ◇

一人分の陽だまりに二人じゃきっと入れない
でも月の光の下でなら
僕らは
きっと

                ――――it is reckless drive the pale rider!

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