病院の霊安室で一人の少女が眠っている。
俺はこいつが心の中で何を考えていたのか、結局分からずじまいのままだ。
突然俺の前に現れて、引っかき回した挙げ句に、さっさと消えやがった。
血が出るほど拳を握り締め、寝ているベッドを殴りつける。
ベッドがかなり変形するほど大きな音がしたが、こいつは目を覚ますことはしない。
こいつと過ごした学校生活はなんだかんだ楽しかったよ。
「ありがとうな」
冷たい頬をそっと撫でて、俺は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇
「ん~、あかんわ。この新台、前と演出あんま変わっとらんな。保留もイラッと来るし、やっぱオレには合わんな~」
「おい、ショウ。パチンコ雑誌を読んで勉強か?お前昨日も負けたんじゃないか、いい加減やめとけや。」
「なに言うとんのや、ヒビキ。行くとこまで行く、破滅を恐れへんやつこそがギャンブラーの証や。ゼニ失うことが怖くてスリルが買えるかい!」
「おいおい。この間先公に見つかって停学しただろう。またやると次は更に長くになるぞ。」
「はっ!停学が怖くてギャンブルとヤンキーできるかい!せやろ?リョータ」
あの日、珍しく朝から学校に行っていた俺は、ホームルームの時間青年誌を読みながら、ヒビキとショウのバカ話を聞き流していた。
「私語を慎しんでくれないかしら、高橋くん、宮本くん、今はホームルームの時間よ? 体育祭に出場する競技を決めているのだから、あなたたちも聞いほしいのだけれど。」
パンパンと手を叩いて皆の視線を集めるのは、真面目で優等生なクラス委員長、綾瀬だ。学校を代表する才色兼備だ文武両道だなんだで評判が良い。
「お~、綾瀬ちゃん、落ち着いてくれよ~」
「せやでー、委員長、べっぴんが台無しやで~?」
「ふざけないで。いい?体育祭は一人一種目は必ず出場よ?あなたたちだって必ず出てもらうのだから、しっかり話し合いに参加してもらわないと困るわ。それと、綾小路くんも」
あ~、覚えてるな。とにかくあの時、俺は不機嫌だった。
「あ゛~?」
「ッ、そ、そう睨まないでくれてもいいでしょ?」
強気な委員長だったが、ガチで不機嫌そうに睨むと若干怯んだのを覚えている。
そして、不機嫌な俺の睨みでクラス全体が緊張したんだったな。「おい、誰か止めろよ」「怖い」とか
「大丈夫かな~、暴れないかな~、やだよ~、怖いよ~。」
「なんかパナイね~、全然クラスまとまんなくて、綾瀬ちゃんかわいそ。まっ、綾小路くんらが暴れたら、西尾くんが抑えちゃってよ。頼むよ~、空手部のエース~」
「いや、俺、喧嘩は禁止されてるから・・・」
はあ、つまらん、帰りたい。なんで俺はここに居るんだ?マジメにホームルームにまで参加して
てか、『あいつ』は何をやってんだよ。あいつは!俺を無理やり学校に連れて来たくせに、『あいつ』本人がいねーじゃねえかよ。
「やっほほーい!よばれて飛び出て、アッと驚くサ~ナちゃん!とうっ!」
ああ、現れやがったよ、あの騒がしいバカ女。
「咲奈。あなた・・今まで何を・・・」
「いやいや~、ゴメンよ~、綾瀬ちゃん。ね・ぼ・う♪いや~、メンゴメンゴ!」
「あなた!!綾小路くんたちも大概だけど、あなたの無責任ぶりも非常識よ!」
「す、すまんでごわす、綾瀬御奉行様!小職の与えられた任務である、ガンダム製作活動に――」
「どうせ玩具を作ってただけでしょ!本当になんなのよ、あなたまで!」
「のー!ガンダムは玩具ではなく魂だよぉ!」
あのクラス委員長、そのうち心労でぶっ倒れるぞ?
そして田中咲奈。やはり、何度見てもウゼエ。というか、何で俺はあんなのに言いくるめられて、学校に来てんだ?
数日前にヒビキのライブに遊びに来たあの女は、こっちがどれだけ怒声を上げようとも、怯むことなくあのズレた思考と会話で俺たちのペースを乱した。どう言いくるめられたのかは、もはや会話の内容が意味不明すぎてあまり覚えてねえ。
「ん?おっほーー!これはこれは綾小路くんではないですのん!数日ぶりぶり!」
しかも、こっちに話かけてくんなよ、ウゼー!
「いや~、来てくれるかどうか心配だったんだけど、男だね~、綾小路君。ちゃーんと学校に来た、エライエライ」
いい子いい子と俺の頭を撫でようとしてくるが、つか、やめろよ、こんな気安いスキンシップ。やっぱ本気でこの女ウゼー。
「ふっ、学校に来たからエライ・・いいね~、ただのヤンキーはハードル低くて」
咲奈の言葉を鼻で笑う一人の女。
「ちょ、マヂやべーじゃん、ミライ!綾小路に喧嘩売ると、ヤラれるんじゃね?あたし、マヂ、初めてがゴーカンとかマヂ勘弁だから!」
「陽葵、あんたこいつにビビリすぎ。女にそんなことするなら、単純にこいつはその程度ってことだよ」
長身の派手な茶髪ギャル。しかもその眼光は、明らかにこっちに敵意を向けている。女であろうと、カチンと来るな。だが、俺がイラついて立ち上がろうとすると、その前に咲奈がムッとしたように女に言い返した。
「こらこら、ミラちゃん!どうしてそんなこと言うのかな?かな?」
「はあ?つーか、学生が学校に来るのがそもそも当たり前じゃん。フラフラしてるだけのアホが、当たり前のことをしただけで何で褒められるのさ。じゃあ、普段からマジメに学校に通って、誰にも迷惑をかけずに生きている学生はなんだい?神かい?」
「そうじゃ内臓!モツ、ハラミ!そう、綾小路くんは、学校に来るだけでエライのだ!なぜなら、綾小路くんは・・体は高校生だけど、中身は反抗期なオコチャマなんだから!」
・・おい
「ミラちゃんが言ってるのは、赤ちゃんが歩けるようになったのに、人間なんだから歩くの当たり前じゃんって言って、まるで褒めない冷めた親の反応なんだぞー!」
次の瞬間、俺は咲奈の頭を鷲掴みにしていた。
「誰が・・誰がお子様だコラァァァ!」
「うぎゃうおあおおお!」
それじゃあ何か?俺はこいつからすれば、歩き始めた赤ん坊?ふざけんな!
「おおお、まあ、パナイ怒るのは分かるけど、それまでにしたら?女の子にそれはないっしょ」
「あ゛?テメエ、誰に指図してるんだ?チャラ男」
「チャ、チャラ!う、まあ、そんな睨まないでって。咲奈ちゃんがこういうのだって、綾小路くんも知ってるでしょ?」
俺の手を止めたのは、チャラい格好した男。確か嘉藤だっけ?その軽口がやけにイラついたのを覚えている。そして、その時だったんだよな。
「あああああああああ!そうだ! 綾小路くん!」
「あん?」
俺に頭を鷲掴みにされている咲奈が・・・
「ちょっと、綾小路くん、君って足は速い?体育祭のリレーに出てくれたら嬉しいんだけど」
「・・・潰す」
「ほんぎゅわああああああ、ヘルプミー!」
一瞬、「はっ?」てなった。クラス中が「はっ?」となっている。
このバカ女はこんな状況下で何を言ってんだ?
「ちょっと、咲奈ちゃん、何をパナイこと言ってんの!」
「そうよ、咲奈。あなた、綾小路くんをリレーになんて・・」
ああ、チャラ男と委員長の言うとおりだ。何考えてんだ?
すると、うめき声を上げながら、咲奈は俺にしか聞こえない小声でウインクしてきた。
「へっへ~、チャンスですぜ?綾小路の旦那~」
「あ゛?」
「ここで勝ったらスーパーヒーローだよ?クラスの皆を見返すチャンス到来!気になる乙女がいればハートゲットのチャンスですぜ~?」
もっと手に力を入れた。
「ほんぎゃああああああ、いや~、もうギブギブギブ!」
「このドカス女が、何をフザケたこと言ってやがる。俺がかけっこだと?何でそんなもんに出るんだよ。」
いや本当、意味不明だった。何の意味があってそんな面倒なことを?何でそんな晒し者みたいな目に?ふざけやがって。腹立たしかったし、イラついた。テキトーに咲奈の頭を締め付けてから離し、気分が悪かったから俺はそのまま離れた。
「へい、リョータ」
「フケるんやったら、オレらもいくで」
「ちょ、ちょっと、綾小路くん!高橋くんも宮本くんも、戻っ――」
後ろから聞こえる委員長の制止する声に、何も感じることはなかった。ただ、気まぐれで学校に来てみたが、やっぱくだらなかった。
来なけりゃ良かった。そう思わせ・・
「まだ、話は終わってナイナイ、萌える闘魂キーック!」
背中に感じる衝撃は、ドロップキック・・
「ワオッ!」
「オオオ!マジかい!」
「ちょっと、咲奈ッ!」
「ちょ、何をパナイことしてるの! 殺されちゃうよ!」
「西尾くん、お願いです、急いで田中さんをー!」
予想もしない襲撃は、俺を廊下にダイビングさせた。
「はーっはっはっはっは!シュギョーが足りんぞシュギョーが!さっきの仕返しだぜーい、どんなもんじゃーい!」
「リョータ、ちょっと待て。相手は女だ」
後ろから来た衝撃で地面とキスしてしまい、顔を上げたらプロレスラーみたいな構えで「かかってきなさい」とポーズを取っている、あの女。
「こ、、殺すッ!」
このとき俺は顔面の血管が異常なほど浮き上がっていたと思う。なんだこのクソ女は
ブチ殺す!
「そこで帰っちゃったら、赤ちゃんよりダメダメだよ、綾小路くん!」
どういうわけか、このバカ女が突如叫んだ声に、思わず体がピタリと止まっちまった。
「あ?・・なんだと?」
「当たり前のことを漸くやった君は、ようやくヨチヨチ歩きができるようになったのに、どうしてそこで歩くのやめちゃうのさー!」
どうして俺がこいつにそんなこと言われなきゃならないんだ?何様だ?俺の母ちゃんか?
「チョーシに乗るなよ、バカ女が。ウザイことペラペラ喋りやがって。どっかの学園ドラマの影響か?俺には関係ねえ」
そうだ関係ねえ。俺は俺の思うがままに生きている。それを、どうして俺のことを何も知らないバカ女に、あーだこーだ言われないといけないんだよ。
「あらゆるものに反発し、誰の指図も受けねえ。俺は俺のやりたいようにやるし、やりたくねえことはやらねえ!いつまでもナメてっと、テメエの天然劇場を血の舞台に染めてやるぞ?」
「なに言ってルノワール!あらゆるものに反発する?してないじゃん、君は!ミラちゃんに言われたレッテルそのまま受け入れちゃって、それを覆そうと反発してないじゃん!!」
・・・・ぬぐっ
「ヒュ~、一本取られたな。リョータ」
「なるほどな。そういう意味では矛盾しとるな~」
まずい・・言葉が出てこねえ。しかも、ここでこれ以上言葉につまると、それはこのバカ女の言葉を肯定したことに
「ひははは、パナイパナイ。はいはい、それまでそれまで!」
そんな俺たちの間に、またこのチャラ男が入り込んできた。
「っ、テメエ・・・」
「ひはははは、まあ、これで決まりだね、リレーのメンバー」
「はあっ?ざっけんな!何でこの俺が、かけっこするんだっつってんだよ!」
「まあまあ、ここは、咲奈ちゃんの言うことに一理あるっしょ」
チッ・・気安く俺の肩をポンポン叩いてきやがって!
「あっれー?それとも綾小路くん、足には本当は自信がなくて、逃げちゃうパナイ腰抜けだったり~?」
あの後、どうしたんだっけ?
正直、そっから先はよく覚えてねえや。
なんか、怒りのままに叫んで、先公が来て、なんやかんやで本当にリレーのメンバーにされて、ろくな練習しないまま参加させられて、さらに体育祭の総合得点的にリレーで勝たないと優勝できないとかで、クラス中からウザイくらいの期待を寄せられて、でも、なんか俺たちは勝っちまった。
―――おいおい、マジパネエじゃん、綾小路くん!
―――うっひょううええ!!綾小路くんがガチでスーパーヒーローになったよーー
◇◆◇◆◇
この学園の保健室は死んだやつも生き返らせることができるらしい。
だから、ソッコーで保健室の那須先生のところに行った。だけど、期待した返答は得られなかった。
「学校内で発生した死は蘇生できるわ。残念だけど、校外のプライベートで起きた事故による死は無理なの」
ごめんなさい・・と言いながら那須先生は説明してくれた。
「でも・・一つだけ!」那須先生が言葉を続ける
「七奇跡のことは知ってる?綾小路くん、貴方が主役になって鐘を鳴らせばきっと奇跡は起きるわ」
「・・?」
何も知らなかった俺に那須先生は丁寧に教えてくれた。
内容の半分も理解できなかったが、どうやらこの学校をしめて、鐘をぶっ叩けばあいつを生き返らせることができるらしい。
寮に戻り、特攻服を纏った俺は正面玄関を蹴破り、バイクで突っ込んでいった。
俺を変えてくれたあいつに今度こそ想いを伝えるために