「ミス・パーフェクト」天龍寺 あすか プロローグ

~天龍寺あすか小学六年生時の一幕~

 

テストで100点を取る奴は凄い。
足の速い子はカッコいい。
子供は才能と能力に対して正直で残酷である。

故に当然の帰結として、天龍寺あすかはクラスの中心に立った。

彼女は全国統一小学生テストで苦も無く一位を取り、新体力テストでも圧倒的な数値をたたき出した。それでいて驕らず、社交的で、明るく皆に接したのだから必然多くのクラスメイトに好かれた。

「あすかー!一緒に帰ろう!」
「えー!あすかは私たちと帰るのよう!」

そんなクラスメイト達に天龍寺あすかは大人でも見惚れるほどの完璧な笑顔とともに告げた。

「ごめん!環境委員の用事で…花に水やりに行かなくちゃ…」

「役決めのくじ引きで『私が一番に引くわ!』って一番面倒なの引いちゃったんだっけ」

「そうなのよね…ま、お花が少しずつ育つのを見るのは結構楽しいわよ?済ませてきちゃうから裏門で待ってて!」

春風のような軽やかさで天龍寺あすかは駆けていった。

「…やっぱあすかは凄いなぁ…勉強も運動もできるのに花にも優しいって…」

(嘘である)
(生き物に優しい人はいい人、という俗説を活用しているに過ぎない)
(付け加えるならば飼育係のくじは狙って引いた)
(『俯瞰症』により、自分が何のくじを持っているか当然のように把握できる)

「全国一位取った時もさ、『こんなの当然よ』って言ってたけど、僕見たんだよね。凄い書きこまれた参考書を机に入れてたの」

(嘘である)
(天龍寺あすかは参考書を一読して中身を全て記憶した)
(三つ上の兄が使いこんだ参考書を借り受け、わざとクラスメイトに見せただけである)

「あいつそうだよなぁ。運動会の時も圧勝して『楽勝!』とか言ってたけど、校舎裏で肩で息してさ、小さくガッツポーズしてたんだ」

(嘘である)
(天龍寺あすかは運動会程度では体力を全く消耗していない)

このように、天龍寺あすかは自らの心の虚無性を隠しながら周囲に好かれる人物として社会に溶け込んでいた。常に仮初の自分を演じることに特に苦は無く、淡々と“マシ”な生き方を続けていた。

それを虚しいと思うほどの感受性が天龍寺あすかには備わっていなかった。

 

■■■

 

~天龍寺あすか小学六年生時、年末の一幕~

 

12月末。冬休み。
地球温暖化など嘘ではないかと疑いたくなるような冷たい夜だった。
窓の外には東京には珍しく雪が降り注いでいた。

天龍寺あすかは実家のリビングで何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。
来年度からは今のクラスメイトと離れて全寮制の天凌学園で過ごすことになる。
そのことにも特に感傷は無かった。

そんな彼女の前に祖母がゆっくり現れた。

「…あすかちゃん、春には天凌学園に入るのよね?じゃあ、お婆ちゃんのとっておきのビデオ見せてあげるねえ」

「ありがとう!おばあ様!」

天龍寺あすかはすぐに素直で明るい孫の仮面をつけた。

「私も天凌学園の卒業生なのは知ってるよねぇ?もう50年も昔だけどねえ…。あの学園での日々は今でもキラキラと心に残ってるよぉ。その中でも一番は…これだねえ…」

祖母は骨董品のようなビデオデッキを起動させた。
そこに映ったのは天凌学園文化祭の前夜祭にあたる開催宣言の演劇だった。

随分とぼやけた映像だな、と天龍寺あすかは思った。
テレビに映る50年前の人物は丘の上にある古びた鐘について朗々と語っていた。
よく通る声、躍動する体、生の喜びに満ちた笑顔。

ずくん、と僅かに天龍寺あすかの心が揺れた。

なるほど、こういう演技が人の心を打つ演技というものだろうな、と天龍寺あすかは淡々と受け止めた。
こんな自分にすら訴える何かがあるという事は、この演劇は一流なのだろうな、と他人事のように思った。

天龍寺あすかはぼんやりと映像を見続けた。
画面の中の人物はどんどんと解像度が低くなり、更にぼやけていった。

いくら古い映像とはいえ状態が悪すぎないか?と疑問に思ったところで、映像だけではなく世界全体が滲んでいることに気が付いた。

天龍寺あすかは『俯瞰症』を発動した。
そうして自身を把握し、初めて、自分が泣いていることを知った。

次から次へと涙が溢れ、彼女の世界は滲んでいった。
鼻と頬は赤く染まり、口から声ならぬ声を出し嗚咽していた。

その瞬間、天龍寺あすかは『俯瞰症』を解除した。
何故解除したかは上手く説明できない。
ただ、生まれて初めての激情は、俯瞰すべき事態ではないと感じたのだ。

そうして天龍寺あすかはただただ泣いた。
何も考えずに、ひたすらに泣き続けた。
隣で祖母が困惑していたが、どうでもよかった。

泣いて哭いて啼いたあと、彼女は演劇を始めることに決めた。

初めて感じた激情の元を探るために、天龍寺あすかは入学後、真摯に演劇に勤しむこととなる。

■■■

~天龍寺あすか中学三年生時、定期公演での一幕~

 

演劇専修科の定期公演。
舞台の上では主役として天龍寺あすかが華やいでいた。

天才である彼女が、三年間本気で演劇に打ち込んだ結果、紛れもない超一級の役者が生まれていた。
天高く響く声を震わせ、指の先まで躍動させ彼女は舞台で輝く。
足をピンと伸ばしたジュテ(バレエのジャンプ)が華麗に決まる。

「今日こそは約束の夜!不確かなる夢を叶える日!」

仰々しい騎士の鎧を身につけながら、物ともせず跳び、舞う。

「少年よ微かな風に願うがいい、少女よ約束の飾りを見つけるがいい!」

脈拍正常、精神はクール。
正面から確認。表情。問題なし。悲哀7:決意3の研究しつくしたブレンド。
背面から確認。観客から見えない点まで抜かりなし。
側面から確認。全方位の観客が表情を見ることが出来るよう首の動きを調整。

「嗚呼…私は熱砂に誓う…それでも君たちを…」

俯瞰により観客を確認。表情を確認。
自身の演技が響いていることを確認。

 

「愛し続けることを。その果てに報いなどなくても…なかったとしてさえも!!」

 

万雷の拍手が舞台に満ちる。
天龍寺あすかの演技に、観客は涙し興奮に満ちる。

しかし皮肉なことに、天龍寺あすかの演技は彼女自身にはほとんど響いていなかった。
『俯瞰症』で自身を見つめても、心はほんの僅かに揺れるばかり。
あの日のような激情とは程遠い。

それでも、そのことに天龍寺あすかは悲しんだりしない。
ほんの少し、喜びがある可能性がある道を歩む方が“マシ”と思い進み続ける。

 

発表会の幕が下り、主役である彼女に仲間たちが駆け寄る。

「あすかー!完璧だった!」
「助演の俺にも何か…まぁいいや!公演大成功!!」

皆の歓喜にいつものように答える。

「ワタシがやるからには完璧じゃないとね!みんなも最高だったわ!」

指を一本ピンと立て、自慢げに語る。

成功の熱狂に仲間の一人が感極まって泣きながら天龍寺あすかに抱き着いた。

「あすか~!これからも私たち最高の仲間としてやってこうね!」

涙ながらに語る少女に、周囲の皆は頷く。
当然天龍寺あすかも同意する。

「当然!ワタシたち最高の仲間よ!」

 

(嘘である)
(天龍寺あすかは、他の仲間たちと違い苛烈な友情を持ち合わせていない)
(彼ら彼女らが明日死んだとて、「ああ、そうか」と一瞬悲しみ、その後すぐに日常に戻れてしまう)

 

「それにしても最後の台詞の畳みかけ、ジンときちゃった…」

涙をにじませる仲間に、あすかも涙目で応える。

「…ありがとう…えへへ…ワタシも我ながらウルっときちゃった…」

 

(嘘である)
(三年間演劇に勤しんできたが、あの日のように心震えることはなかった)
(演劇をする自分と、それを見つめる衆目の眼が少し気に入っているだけである)

 

───このようにして、天凌学園でも彼女は問題なくやっていた。

当然そんな彼女には文化祭の「七奇跡」の話が持ち掛けられた。

「あすかはさぁ、奇跡、目指さないの?」

「う~ん、…特に奇跡に興味はないなあ…主役はやってみたいけど、他にもっと上手い人いたらソッチでいいかな?」

(本心である)
(天龍寺あすかは奇跡に興味なんてない)
(そのようなものに頼らねばならない程の渇望を感じていなかった)

「奇跡目指すの、別にワタシじゃなくて貴方でもいいんじゃない?」

あすかは話を振ってきた演劇仲間にそう返した。

「あはは…私、魔人能力弱いからさ、向いてないよ」

演劇仲間のひとりは悲しく笑った。

 

「??何言ってるの??演劇に戦闘なんて関係ないじゃん」

 

天龍寺あすかは本心からそう返したが、周囲は怪訝な顔をした。
演劇の主役を勝ち取るために必要な投票。
それを得るための方法は【なんでもあり】である。
一番手っ取り早いのは他の候補者を打ちのめして自身の方が上だと示すこと。

暴力行為は殺人に至るまで容認されている。

しかし、天龍寺あすかは、そのことを知っていながらも実感していなかった。
呆れるほどの純粋さで、
「演劇に戦闘は関係ない」
と答えた。暴力や裏工作を行使して勝ち上がろうとする者がいることを全く想定していなかったのだ。

周囲の反応から自身の思い違いに気が付いた天龍寺あすかはすぐに切り替えた。

「…いやほら~、暴力もありとは聞いてるけどさ、最後には舞台に立たなくちゃいけないでしょ?」

奇跡を叶えるには舞台に立たなくてはいけない
舞台に立つからにはそれ相応の鍛錬が必要だ

天龍寺あすかはその事実を疑いもしていなかった。
天才らしからぬ固定観念だった。

その固定観念を仲間の軽い一言が打ち壊す。

 

「え、でもサキュバス先輩とかキューピッド先輩とか奇跡目指すらしいよ?」

 

「…ハァ?」

 

部屋の空気が凍った。
天龍寺あすかは我知らず殺気を撒き散らしていた。
周囲の仲間はブルリと震えた。

天龍寺あすかは『俯瞰症』を発動。
脈拍が早まっている。血圧が上がっている。
正面から確認。普段より眉間のしわが濃くなっている。

なるほど、私は怒りを感じているのか?と自己分析。

急ぎ普段通りの好かれる笑顔に戻す。

「夢研究会のサキュバス先輩と?弓道部のキューピッド先輩が?演劇の主役に立とうって?」

笑顔に戻しはしたが、口調は固く、声色は冷たかった。
淡々と、天龍寺あすかは疑問を口にする。

「脚本の読み込みとかするのかなあ」

「発声練習はどのくらいしているんだろう」

「あの人たち、ジブリッシュした?架空対象行動やってる?腹式呼吸の繰り返しは?」

天龍寺あすかは独り言のように言葉を宙に飛ばす。
彼女の問いに仲間たちは答えなかったが、沈黙が答えを示していた。

───演劇にろくに向き合ってこなかった人間が、奇跡程度・ ・のために舞台の中央に立とうとしている。

 

それは酷くグロテスク・ ・ ・ ・ ・な願望と天龍寺あすかは思った。
そう思い、憤っている自身に驚きすらした。

 

天龍寺あすかは、演劇の仲間たちと親友というわけではない。
彼ら彼女らが明日死んだとて、 「ああ、そうか」 と一瞬悲しみ、次の日には切り替えているだろう。

しかし、天龍寺あすかに「ああ、そうか」と悲しみを与える存在は他に存在しない。

天龍寺あすかは、演劇に勤しんだとしても心が弾み踊るわけではない。
演劇をする自分と、それを見つめる衆目の眼が少し気に入っているだけである。

しかし、天龍寺あすかには他に気に入っているものなど存在しない。

天龍寺あすかの心は上がらない。
天龍寺あすかの心は沈まない。
天龍寺あすかの心は乾き果てている。

────その心を、ほんの僅かばかり動かすのが演劇なのだ。

 

「ふぅ~~ん??奇跡とかに興味はないけど、ド素人が舞台に立つのは気に食わないわね!」

 

(本心である)
(演劇以外の手段で舞台に立とうとする者がいることに、演劇を馬鹿にされた気がしていた)
(大切な舞台を素人に汚されることは、酷く不愉快に思えた)

「奇跡程度・ ・のために舞台に立とうとするやつがいるくらいなら!この天才!天龍寺あすかが!約束の鐘を鳴らして見せるわ!」

(本心である)
(乾ききった人生に、一縷の潤いが施される)
(天龍寺あすかは、多少の熱情をもって舞台を目指す)
(演劇に真摯でないものは、その天才性をもって徹底的に排除するだろう)

 

天才の参戦表明に、仲間たちは沸き立った。
彼ら彼女らも50年に一度とやらの骨董物の奇跡を信じてはいなかった。

 

「じゃあ行くわよ!みんなついてきて!!」

 

冬の夜。
今にも消えそうな蠟燭の炎。

天龍寺あすかにとって演劇のもたらす熱情はその程度のものである。
しかし、彼女にはそれしかない。

身を温めてくれるものはそれしかないのだ。

その細やかな炎のために、彼女は舞台へ跳んだ。
とても美しいジュテだった。

 

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